6月半ばの北イングランドは昼間もひんやりしている。こっちは長袖シャツにブルゾンという恰好なのに、地元住民は薄着で、20℃でも30℃の着衣なのだ。体験的に鑑みると欧州の人たちは寒さに強く、特に若い世代は季節を問わず薄ものを着ている。
当時、イングリッシュ・ガーデン見学に情熱をそそいでいた。ハロゲイトはノース・ヨークシャー州西部の人口約7万5千人の小規模都市。ハロゲイトにある王立園芸協会所有の「ハーロウ・カー・ガーデン」は、当初10.5ヘクタール(約31800坪)だったが、試験場の設置によって23.4ヘクタールに拡張され、北イングランドの名所のひとつになっている。
6月、ハロゲイトのインフォメーション(観光案内所)へお勧めのランチを食べさせるレストランの情報を得るために寄る。インフォメーションの女性従業員はスワン通りの「Orchid」(オーキッド)という料理屋が味もよく料金も手ごろと言い、徒歩数分、昼間は12時から2時ですとつけ加える。
レストラン「オーキッド」は香港、シンガポール、ベトナム、タイの料理で、「オーキッド」は蘭だから東南アジア料理なのかと納得。「ホタテ貝の貝柱と野菜の炒め物」、「イカの輪切りサラダ」を頼んだ。
一品目の料理を食べていたら、店員が近寄ってきた。「テーブルがすべて占領されて(Occupied)いるので、相席をお願いしてもいいでしょうか?」。ぜんぜん問題ないと応えると、姿をあらわしたのはインフォメーションの女性。
「サンテラスのテーブルも満席でした」と笑顔で語りかけ、あでやかな身ぶりで腰かける。インフォメーションはカウンター越しだったので、整った目鼻やショートヘアしかわからなかったのだが、プロポーションの良さに驚いた。
インフォメーションで別れて30分後のランチの味に満足したのと、再会した喜びも顔に出ていたのだろう、気持ちを察してくれたのだろう、すぐにうち解け語り合った。
女性の名はミリアム。ハロゲイト近郊のナレスボロに住んでいた。ナレスボロは川沿いに美しい民家が建ち、対岸には森があり、川に沿って快適な遊歩道が整備されている。人口1500人の小さな町。
ハーロウ・カー・ガーデンへ行くと告げると、彼女は「きょうの仕事は午前中で上がり。初めて行くのなら案内人がいたほうが便利」と言う。「それとも、ひとりで楽しみたい?」と言うので話は決まり、小生のレンタカーに同乗。ハーロウ・カー・ガーデンはレストラン「オーキッド」から至近距離(2キロか3キロ)、呆気なく着いてしまった。
ハーロウ・カーの庭は初夏の花が競い合うように咲き、人が少ないので見通しもきいた。花はイングリッシュ・ガーデンで見なれており、ここにしかない花のほかはほとんど素通り。そういう気配を感じ取ったのか、ミリアムは「森へ行きましょう」と言った。
様々な花壇のある広い庭園から森に向って進むと、石板を敷いた小道に通じ、沿道にはポピーがいっぱい。そこからが森だった。森は別世界のような静寂、人の気配もなく、ときおり鳥のさえずりが聞こえてくる。すると眼前にギリシャの宮殿跡を思わせる石柱が何本も現われた。
かつてハロゲイトのポンプ・ルームの入口にあったドーリア式円柱群が1961年、ハーロウ・カーに寄贈された。ハーロウ・カーはギリシャ神殿を建設するため再利用する予定だったが、予算の工面がつかず工事は取りやめとなり、ただの列柱として移築したという。ミリアムはこれを見せたかったのだ。
ミリアムとの会話はほとんど思い出せない。おぼえているのは、「ベティズ・カフェ・ティールーム」というステキな喫茶店でコーヒーブレイクしたさい、「コーヒーじゃなく紅茶を飲みましょう」と彼女が言い、紅茶がおいしかったのと、勘定を払おうとしたら、「ダメ。ヨークシャーでは、案内した人が払うという決まりがあるの」と言ったことだけだ。ウソばっかし。魅力的なハーロウ・カーの案内人。ヨークシャーの記憶。

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