2011-02-05 Saturday
二村伸 (三)
 
 2月5日午後6時の「NHK総合ニュース・海外ネット」で久しぶりに紛争地域にいる二村伸をみた。カイロからのリポートである。数日前カイロ入りした二村の顔は日焼けしていた。NHK解説委員としてのスタジオ楽ちん出演(楽ちんでないのは番組のゲストに気を遣うことくらいだろう)は二村のガラでもニンでもない。
砂ぼこりと太陽を浴び、ヒツジの脂料理を食し、テント生活を余儀なくされ、すすけた顔で現地リポートすることによって二村の本領は発揮される。かつてジャララバードで長期テント生活した見返りは歯がボロボロになることだった。あのときのあの顔、気の毒にと思いはしたけれど、報道魂そのものだった。スタジオの顔と前線の緊張感に満ちた面構えを見較べればだれでも納得することで、二村ほど戦場の似合う報道人はいない。
 
 戦場や紛争地域でリポートする二村をみれば血が騒ぐ。二村が前線にいると、ほかのリポーターでは届けることのできない生々しい緊迫が茶の間に飛び込んでくる。私はすぐにでも現地へ飛んでいきたくなる。もはや臆病風に吹かれる年齢ではないし、持病もどこかに吹き飛んでしまうのだ、二村の実況をみていると。
 
 アラブ諸国に充満する専横、欺瞞の多くは長年に及ぶ権力の美酒に酔いしれ、離そうとしない側から発せられる。しかし彼らを追放することによって現状が好転するとはかぎらない。中東におけるエジプトの役割の大きさはEUが『平和裡のムバラク退陣』を促すことでそれとわかるだろう。収入の多くを観光に依存するカイロ市民にしても長びく混乱による収入激減は大迷惑。
 
 エジプト情勢の混乱はEU金融不安の引き金となり、リビアほかの独裁政権国に飛び火することは目にみえているし、少数派スンニー派に押さえつけられてきたシーア派の憤懣が一気に噴出するだろう。内戦によって多くの難民が路頭に迷い、国は疲弊する。
一時的にせよアラブ諸国のガラス細工のごとき秩序が破綻すれば中東は極度の不安定状態に陥り、原油価格高騰と株安が自らの脳疾患に気づきもせずワラをもつかみたい菅政権を、さらに日本を直撃する。イスラムの風は日本に大きな影響をおよぼすが、ふつうの市民なら家計費から拠出するガソリン代を各省大臣は税金から拠出してもらい、ガソリン消費の月額を知らないし関心もない。要するに生活実感がなく、高騰どこ吹く風である。
 
 それはともかく、武力衝突と無政府状態を喜ぶのはイスラム過激派だけであり、ムバラク後の展望(方向性)の確認は必須。エジプトに誤ったイスラム原理主義が擡頭するのを断固阻止せねばならない。そのあたりのことは「イスラーム教を知る事典」、「イスラーム過激運動」の著者・渥美堅持氏や、昭和経済研究所アラブ調査専任研究員・瀧田眞砂子さんの碩学と分析力にゆだねるのが至当。
 
 瀧田さんが三鷹の「アジア・アフリカ語学院」でアラビア語を学んでいたころ、私も同学院の夜学に通ってアラビア語修得にいそしんでいたが、瀧田さんの勧めで時々昼間に行き、渥美さんや西江雅之さんの講義を無断聴講した。そして、渥美・西江両氏のあまりのおもしろさに夜学をさぼって昼間だけ通うようになり、有料のアラビア語は忘却の彼方、二十代半ば(1974年)の話である。
 
 さて二村伸である。二村の学生時代は知らないけれど、まじめにゼミに出て、几帳面にノートをとるといった学生時代を過ごしたとは思えない。エリートにも体育会系にもみえない二村の来歴は、本人はつまらないと考えているのかもしれないが、いつか機会があれば、どこの局でもいいから語ってもらいたいものだ。
テレビがイヤなら「戦場を駆ける」、あるいは「紛争地域を行く」といったタイトルで報道経験上梓という方法もある。土曜夕方のレギュラー出演は、ある意味その日のためかも。そんな一面が二村にあるとすれば、贔屓の楽しみは倍増する。
 
 エジプト以西の北アフリカは二村が支局長だったベルリン支局ではなくパリのヨーロッパ総局の担当なのだろう。以前、二村がエジプトをリポートすることはなかった。ともあれアフガニスタンを含むイスラム教国で大きな異変がおきたとき、二村伸は現場に出向いて報道する使命を担っている。二村のほかに適任者は存在しない。

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