2010-12-12 Sunday
アンコール
 
 国産音楽家に才色兼備の女性はきわめて少なく、画像のヴァイオリニスト松田理奈も容貌はすぐれているが才はいまひとつ、現下発展途上、これからの人である。12月12日、兵庫県立芸術文化センターでのリサイタルは江口玲(ピアノ)がつきあっていた。松田理奈の弦質は繊細というより細く、強靱さともほど遠い。前半のラスト「ツィゴイネルワイゼン」も音大受験の、もしくはコンクールの課題曲を聴いている気分だった。端的にいえばインパクトに乏しく、自分自身の音曲となっておらず、したがって急所に届かないのだ。
 
 ま、そのぶん、ポンセ「エストレリータ」やマスネ「タイスの瞑想曲」を弾いたときに感じられる丁寧で滑らかな弦が松田理奈の特長といえる。いまはまだソリストとしての暗中模索期と思えばそれなりに評にかかるといったところ。激しい旋律を奏でるのが板につくにはいましばらくの時間がかかり、名前を忘れたころ熟成しているのかもしれない。
 
 それはさておき、1985年横浜生まれの松田理奈を紹介したのは、どこかだれかに似ているような気がしてならないからだ。だれかはわからないが。舞台上のじっさいの容貌は長澤まさみ似の、どちらかというと上品なお嬢さんに見えた。しかしそれはこのときだけで、その時々で違った顔を見せるのだろうか。前半は赤、後半は黒のステージ衣装より画像の菩薩ふうの明るいグレーのほうが決まっている。
 
 アンコールは2曲だった。2曲目の「聖夜」はよかった。聴きなれた曲なのに心にしみいったのは、演者のあたたかい持ち味のせいなのだろうか。それとも、ぬくもりを伝えたいという気持ちの発露が客の心に響いたからなのだろうか、ただクリスマスが近いというメッセージゆえなのだろうか。楽曲の解釈に精通していなくても、表現力が豊かでなくても、聴く者に演者の体温ときらめきが届いたとすれば、なによりのクリスマスプレゼントである。
 
 過去10数年、同朋音楽家コンサートのアンコールで胸が熱くなったのは、阪神大震災後のチャリティコンサート・小澤征爾の「G線上のアリア」、「第九」小林研一郎の「ダニー・ボーイ」(アイルランド民謡「ロンドンデリーの歌」)と、この日の「聖夜」だけである。

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