2007-09-13 Thursday
天才とメディア
 
 かつて久米宏はテレビニュースの日常化に一役買い、巷間いわれるようにニュースをお茶の間にもたらした。NHK以外で政治評論家の活躍する場をつくったのは久米宏の功績によるところ大である。野中広務は劇場民主主義と評したが、皮肉でいったつもりの言葉にせよ言い得て妙である。
 
 メディアはたびたび、わかりきったことを金科玉条のごとく報道する。あるいは、正義感面して恥じることがない。久米宏はそこが違った。報道内容を吟味、評価するのはテレビの前にいるあなただという姿勢を崩さなかった。そういう久米のスタイルを継承、といえばきこえはよいが、真似をするアンカーマンも少なくなかった。
この二十年で報道のありようも変わったが、政治への国民のかかわり方も変わった。都市部の投票率が高くなったとはいいがたいけれど、劇場民主主義が功を奏したのか、注目に値する政治家が出てきたときの選挙には関心があつまった。
 
 昨日、安倍首相の辞意表明にみな一様に驚きの表情をみせた。しかしながら自民党内でただ一人驚かなかった男がいたのではないだろうか。
昨年9月、安倍内閣の顔ぶれをみて、これでは風前の灯であると予測し、不祥事あるいは不適切な発言をおこなった大臣に叱責も指導もしなかった安倍首相の命運は尽きたと感じた男が。自民党元幹事長・武部勤をして「この難局を乗り切るのはこの人しかいない」といわしめた男その人である。
 
 メディアのカメラが追う人間が人気者になったり時の人になったりすることがあり、メディアに属する者たちは、自分たちがそういった人間をつくりあげており、それはいわばメディア民主主義だと考えているフシがある。
メディアは追うばかりで、たまには追われる側になればおもしろい。追われる身の気持ちがわかるだろう。議員のように選挙で落とされることもない。政治家批判も一方的になるばかりだ。
 
メディア独特のそういう傲慢さは確かに存在し、野中広務のような政治家はそれを特に毛嫌いしたけれど、政治家のなかにはメディアの特性と傲慢を利用する天才もいた。そしてまた、天才の影にメディア操作に長けた有能な秘書官あり。
 
 メディアの功罪の功の部分は、その男を世に知らしめたことにある。もしメディアが彼を追わなかったら、執拗に取材しなかったら、その類まれな才能はほとんどだれに知られることなく埋もれてしまっていたに違いない。
安倍晋三はその男の下で活躍の場をみいだし首相の座に躍り出た。首相就任前の安倍晋三は文句のつけようがなかった。ブレア、シラクなど欧州の指導者に伍していける、そして将来、立派な指導者になりうるかもしれないという期待を抱かせたのはほかでもない、北朝鮮の理不尽な要求を一蹴し、徹頭徹尾拉致家族側に立った姿勢が毅然として見事であったからだ。
 
 しかしその期待は期待にすぎず、首相の座にすわって一年足らずでポキンと折れてしまった。人事に疎い安倍晋三の退陣により、その男が身命を賭して敷いた改革路線を力強く継承するかどうか疑わしい。武部勤の言はそれを見越してであろう。
 
 そういう意味で自民党次期総裁最有力の福田康夫氏はどうだろう。
インド洋上の給油に関するテロ特措法にしても、延長がなければ米国が圧力をかけてくるのは必至。ハト派路線を貫きたいのは山々なれど、相手はごり押しの米国、共和党、給油活動は国際公約でもあるし、野党の反対をどう押し切るか。首相の仕事は調整ではなく舵取りである。舵取りをまちがえて暗礁に乗り上げる危険はあるが、しばらくようすをみるほかあるまい。
麻生太郎氏はというと、キャリアと発想の豊かさいう点で福田氏より優位に立ち、義理堅いので党三役や外交、地方自治で手腕を発揮する。だが、地域格差を助長しかねない構造改革に消極的な一面もあるようだ。そして、毛並みがよすぎてお坊ちゃん、庶民とかけ離れているキライもある。
 
 
 小沢一郎が政権を担当すれば改革の妨げになるだけであり、欧米の評価も下がり、日本は国際的発言力を失うだろう。国際社会の一員として、一見平和主義にもみえるご都合主義は回避すべきである。テロ特措法反対なのは国連決議を経ていないからといっているが、ホンネは、テロ特措法延長問題で自民党を追い込み、衆院解散・総選挙にもっていきたいのだ。いまなら自民党に勝てると踏んでいるから、小沢が与党との話し合いに応じる可能性はほぼゼロ、応じても形だけのものとなろう。
 
 小沢には日米同盟や国際協調など「どうとでもなる」という認識しかなく、宰相の資質も欠落している。小沢は畢竟つぶし屋なのだ。小沢一郎を評価するとしたら、反安倍内閣の世論を背景に政府を責めたて、その結果、自民党に襟を正そうという気分をもたらしたことである。それはさておき、あのとき、郵政改革イエスかノーかを国民に問いかけ衆院を解散し、国家の安全に真っ向から取り組む姿勢を崩さないことで衆民の多くを瞠目させ、自民党大勝(総選挙)に導いた男なら何を語り、急場をどうしのぐだろう。ないものねだりとわかっていても、そこを知りたい。

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