2004-08-20 Friday
阿武の金
 
 阿武教子が中国の劉霞を倒した。背負い投げが見事に決まった一本勝ちであった。その前の準決勝で阿武はフランスのルブランと延長戦で死力を尽くした。当然疲労は大きかったであろう。しかし阿武は勝った。
 
 思えば長かった。世界選手権4連覇という実力を持ちながら、なぜかアトランタ、シドニー五輪では初戦敗退していた。「三度目の正直」となるか、「二度あることは三度ある」となるか、谷亮子や野村忠宏の華々しい活躍の蔭で阿武の胸中いかばかりであったろう。
 
 真の強者は何があっても勝つという。谷本を育てた古賀‥平成の三四郎‥もオリンピックのさなか、稽古中に足をひどく痛めたが勝った。谷亮子も足のケガを克服して勝った。投手の生命線である右腕に鋭い打球を受けた松坂大輔はキューバの強力打線に勝った。
 
 阿武は準決勝のルブラン戦で力を使い果たしたのではと私はこわごわ決勝戦をみていた。現にルブランは三位決定戦でいとも簡単に敗れている。阿武との死闘がルブランから物理的な力と精神的なねばりを奪ったからである。そうならざるをえないほどルブランと阿武のたたかいは熱気がこもり、迫真のせめぎあいであった。
 
 だが、阿武にとって準決勝のスタミナ切れなど問題ではなかったろう。彼女の辞書には枯渇という言葉は存在しなかったのだ。真の強者は枯渇とは無縁である。阿武の真の敵、獅子身中の虫ともいうべき唯一の敵は自らの心にひそむ魔であり、阿武はその魔との相剋を征したのである。
 
 阿武の勝利、金メダルは値千金の金メダルであり、これまで日本が獲得したメダルのなかでもっとも価値あるものだと思った。阿武が胸にしたメダルは赤々と燃えていた。すくなくとも私にはそう見えた。そしてそれは、阿武が私の亡き母とどこか面影が似ていたせいかもしれない。

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