2004-08-14 Saturday
オリンピック開会式
 
 オリンピック開会式を見てはじめて驚嘆したのは92年のアルベールビル冬季オリンピックだった。開会式の時刻をものみな美しくみえる黄昏時に行い、山影にかくれようとする夕陽を借景にするなんてさすがフランスと思った矢先にミッテラン氏(当時のフランス大統領)が登場し、どこからともなくあらわれた少女と手をつないで歩いてゆく。
少女のコスチュームはサヴォア地方の伝統的民族衣裳を模したデザインと思われ、えもいわれぬ可憐さがただよってくるのだった。
 
 大詰で聖火ランナーがあらわれると、聖火台の下でちいさな男の子が彼を待っていて、ともに手をとって聖火台をのぼってゆく。ねじれたラッパのような、高さ32メートルの聖火台には長い紐が張ってあって、男の子がその紐に聖火を点けると、紐は導火線にかわり、火は一気呵成に聖火台までたどりつき、真っ赤な炎は空高く燃え上がった。
 
 すると、ミッテラン氏と一緒だったはずの少女が一羽の鳩を空に放る。鳩が羽ばたき飛んだ夕焼にむかって少女はフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」を歌うのだが、その清らかで澄みきった声にただただ聴きいるのみであった。
 
 その後のアトラクションには驚くべき出しものがあった。白いゴム紐のような何かに腰を結わえた三十名ほどの男女からなる妖精たちが宙を舞い、華麗でスリルにみちた空中バレエをくり広げたのである、操り人形さながらに。
 
 そのあと、またすごいのがやって来た。長いワイヤで宙づりになった二十数名のドラマーが虚空で太鼓を連打するのである。そして、コルシカ島に伝わる古い民謡が歌われ、奇妙な緑色のコスチュームをまとった、足の長さ5メートルはあろうかという道化たちがあらわれ、透きとおった赤と白の釣鐘状の装束の小妖精が乱舞し、さまざまな意匠をこらした愉快なスケーターたちが滑り、ついには、大天使ミカエルや巨大な怪鳥までもが闇のなかから登場したものであった。
 
 中世以来の大道芸と、現代と、未来を先取りしたかのような、アトラクションの極めつきが一堂に会したのだ。まだ本競技がはじまってもいないのに、2時間をこえる出しものに圧倒され、ヨーロッパの、フランスの底力をまざまざと見せつけられたのでる。それからである、オリンピック開会式に造形美と創造美が加味され、見る者の目を釘付けにするようになったのは。
 
 同年、バルセローナ・オリンピック開会式でもっとも印象にのこったのは聖火台の点灯だった。その映像はことあるごとに放映されている。弓矢をたずさえたひとりの男の放った矢がゆっくり空を飛び、見事に聖火台に命中し、赤々と炎が燃えるのである。何度見ても胸が熱くなる。
 
 しかし、オリンピック開会式がいつも私たちを感動の坩堝に誘い込むとはかぎらない。アトランタのオリンピック開会式は米国が威信を賭けて大金をつぎ込んだにしてはお粗末で、私は途中でテレビを消してしまった。
 
 今回のアテネ・オリンピック開会式は期待以上のものがあり、ヨーロッパの健在ぶり、ギリシャ国民の創造力の充実ぶりを世界に顕示した。古代から現代にいたる歴史の一大絵巻。特筆すべきは古代ギリシャ神話・オリンポスの神々と、古代オリンピックに出場した男たちを模した彫像と、空中遊泳するかのような宙吊りの人間オブジェであろう。
卓球の福原愛ちゃんはあれを人間だとは思わず、ロボットだと思ったそうである。創造性、色使い、造形美、意外性、どれをとってもすばらしく、オリンピック開会式を見るのは一生の得と思わずにはいられなかった。

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