2023-02-27 Monday
魂の叫び
 
 ロシアがウクライナに侵攻して1年たった2月24日、夜のテレビ報道番組はある種の総括を企画、ゲスト厳選で放送した。BSーTBSのゲストは小泉悠氏と兵頭慎治氏。BSフジは高橋杉雄氏と東野篤子氏。プーチンは1年後のこんにちも表情に変化はないが、ゼレンスキー氏はまったく異なる。プーチンのように残忍な人間の顔つきは変わらない。
 
 1年前の2月25日夜、キーウの大統領官邸でゼレンスキー氏は自撮り映像を世界に発信した。「私はここにいる、キーウに残ってロシアと戦う」と国内外に向かって宣言したのだ。1年前の2月24日、独仏政府が何を言っていたか。ウクライナのために祈りますとしか言わなかったのだぞ。
声高に軍事支援を叫んだのは英国のボリス・ジョンソン氏だけだった。米国でさえ亡命の準備なら整っていますと伝えただけである。米国がその気になったのは、2月25日のゼレンスキーの宣言と、一本道を延々と進軍するロシア軍の戦車をウクライナ軍が殲滅、撃退したからだ。ウクライナとゼレンスキー氏の戦う意志が明確になって武器援助も明らかになった。
 
 東野氏は英国をファースト・ペンギンと呼び、武器供与に関してドイツを、ウクライナ訪問について日本をラスト・ペンギンとも呼んでいる。岸田氏が行けばラスト・ペンギンになるが、行かなければペンギンにもなれない。
 
 戦争前のウクライナ、ゼレンスキー氏の支持率は27%、2022年12月には84%となっていた。「ウクライナ大統領の支持率27%は高いほうなんです」と言った東野氏に驚くBSフジの反町氏の表情は滑稽ですらあり、情報戦という話になったときの反町氏の「情報戦だと言うと、いかにもさもしい人間だと思われる」という発言に笑った。彼独特のユーモアなのかもしれない。
 
 子どもが大勢いたウクライナの劇場の爆撃映像を流したことを情報戦(の一貫)ではないかと反町氏が言い、東野氏は事実を流さなければ共感を得られないと応じる。ブチャの虐殺に関してBBCは現地へ飛んで検証した。政府のアナウンスを報道するだけでなく、検証はメディアの使命ではないでしょうかと東野氏。
 
 両局のゲスト4名はいつにも増して気合いが入っており、特に東野氏の熱意あふれる言説は胸に響いた。中国が和平とか停戦とかに言及したことを高橋氏は、美辞麗句を並べていいかっこするのは毎度のことだと吐き捨てるように言い、東野氏は、対米姿勢を維持するために中国は自らの立場(が正しいこと)を述べているにすぎないと斬り捨てる。
 
 結局、中国は自分が責任ある行動をとっていると国の内外に見せかけ、メディアに流布させることが狙いであり、本気で和平や停戦に手を貸す気はない。中国の言う停戦は、ロシアに有利な条件を提示してでもやるべきという意味であり、東野氏は「中身がない」と、バイデン氏は「検討に値しない」と決めつけた。
 
 東野氏は小泉悠氏が発言したとされる、「国が滅ぼうとしているときに国民が立ち上がって何がわるいのですか」という言葉も紹介した。高橋氏が、「(レオパルト2など最新の)戦車の供与が4ヶ月早かったら」と発言したときの口惜しそうな顔が忘れられない。
 
 主だった報道番組をみてゲストの発言が心に残るのは、分析力が鋭いことのみでなく、現場感覚にすぐれているからだ。高橋氏、東野氏など4名に加えて現場感覚と戦況分析に長け、はっきりモノを言う渡部悦和氏にも出演してもらいたかった。
毎日、多くの人が家を失い、死傷している。高みの見物も、血の通わない議論もすべきではない。何が支援疲れだ。予算不足とか物価高が影響しているのだとしても、戦禍も経験せず疲れたとは片腹痛い。
 
 プーチンがいなくてもロシアは変わらないという人々がいる。それはそうかもしれない、が、変わるか変わらないかではなく、まずはプーチンのいないロシアを現出せねばならない。彼にかわる専制主義者が出現しても、またそやつとの戦いを始めるのみである。
生活さえ困窮しなければ暴君でも構わないというロシア人の国民性は将来も変わらないだろう。言いたいことを言えば逮捕されるから黙っている人もいるが、要するに生活の保障があれば黙りもするし逆らわないということだ。民主主義は彼らにとって花にすぎない。花が食えるかいうのがホンネである。
 
独仏にはロシアがNATOの脅威となるから停戦を急げという者がいる。元来、旧ソ連の脅威に対抗するために創設されたNATOではなかったか。なにをいまさら。
最も鋭い現場感覚を持つゼレンスキー氏、前線の兵士、爆撃を受ける市民。言葉を飾り立てても人は感動しない。体を張った行動が感動を呼ぶ。高橋杉雄氏や東野篤子氏には熱意を感じる。兵器や外交の話をしても、ウクライナの人たちと同じように魂の叫びを発していると思えるのだ。
 
 反町氏が過去の放送を振り返って、「あのとき(高橋氏に)出てもらえばよかったのに」と発言し、「(スタジオに)呼んでくれないと出れない」と高橋氏は冗談まじりに言った。1年もの長きにわたって出演するのは使命感によるだろう。使命感が長続きするとすれば天命である。
 
 強大な国と戦った偉大な国ウクライナ。

前頁 目次 次頁