9   映画を愉しむ(3)
更新日時:
2005/03/19(土)
 
 「映像の20世紀」という番組があった。歴史にのこる大作といってもよい20世紀のドキュメントで、制作はNHKである。番組の意図しようとするところは、20世紀は戦争の世紀であり、それも、大量殺戮の世紀であったということである。二度にわたる世界大戦、史上、あれほど多くの国々、多くの人々を巻きこみ、悲惨な目にあわせた戦争はなかったはずである。
 
 「映像の20世紀」で見た第一次大戦はヨーロッパにおいては塹壕(ざんごう)戦だった。兵士がすっぽり隠れるウナギの寝床のような長い塹壕を掘り、その塹壕は敵から彼らの身を守るだけではなく生活の拠点、多くの兵士は塹壕で食事をし、手紙を書き、大小の用を足した。
ヨーロッパ戦線での戦死者の数は、じっさいに戦死した者より、塹壕の不衛生、寒さ、栄養不足により疫病にかかったり凍死した者の数のほうが多かったという学者、専門家もいるほどに塹壕戦は熾烈をきわめた。フランス映画「ロング・エンゲージメント」の特筆すべき点は、その塹壕と塹壕戦をきわめてリアルに再現しているところにある。
 
 そして手の込んだ謎解き。謎解き自体の手法は旧態然としているのであるが、猫が主人公の命を救うという設定は最後までわからない。また、死刑になる5人の兵士のうち、主人公の恋人は生き残っていると推察されるが、あとの4人のうちだれが生き残ったか、どうやって生き残ったかはわからない。そのため私たちはさまざまな憶測をめぐらす。
 
 そういった憶測と映画後半の盛り上がりを著しく損なうものがある。大砲の轟音(ごうおん)、着弾音のすさまじい大音響である。それは単に耳をつんざく轟音というばかりでなく、館内に地響きを生じさせ、あたかも館内が戦場になったという設定の大音響なのだ。
映画のはじめにソニーのデジタル・サウンドという字幕スーパーが出たが、繰り返し繰り返し、これでもかという轟音はこの映画の完成度の高さを阻害する以外になんの役にも立っていない。
 
 若者のクチコミで広がるとすれば、その大音響と地響きであろう。完膚なきまでの大失敗。スタッフはフランス人なのに、米国(ワーナー・ブラザーズ)とソニーの手が入ったばっかりに余韻の入り込む場所がなく、映画の精度がガタ落ちとなった。前半の戦場場面での轟音は許容されるとして、後半の回想シーンにまで執拗に繰り返す愚行。回想シーンをなぜ無音にしなかったのかと惜しまれる。
 
 観客の耳に轟音はこびりついている。無音でも十分に、いや、無音だからこそ映画に独特の味わいをあたえるのである。それを、なにを血迷ったか、名作の評価をうけるべき映画を台無しにしてしまったのである。大詰めがほとんどまったく盛り上がりに欠けるのはそういう理由による。
 
 ところで、キャストとして名前ののらなかった女優が途中で登場する。
米国には数すくない演技派のひとりである。この人のギャラは、主役のオドレイ・トトゥのギャラの10倍ほどの値打ちがあるかもしれない。じっさい、ギャラもそれくらいになっているように思う。フランス語をなんの違和感もなく母国語のごとくあやつっていた。
オドレイ・トトゥもそれなりに奮闘していた‥少女によくみられる「験(げん)をかつぐ」キャラクター設定‥が、役のハラ、経験、表現力などとうていジョディ・フォスターにおよばない。ハラ、表現力ということになると脇役陣が秀逸、だからなお惜しまれるのである。



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