6   映画を愉しむ(6)
更新日時:
2005/04/30(土)
 
 映画の主人公が子供の場合、脇に名優を揃えたとしても、映画の出来不出来は子役の良し悪しで決まる。ふつうなら、主演が大根でも助演の踏んばりひとつで映画がおもしろくなるものだが、そこが大いに異なる点である。子役がひかりをはなっていた映画で今も記憶に残っているのは、「禁じられた遊び」、「ニュー・シネマ・パラダイス」、「太陽の帝国」、「マルセルのお城」などである。
 
 S・スピルバーグに見出され、「太陽の帝国」に主演したクリスチャン・ベールの孤独、複雑な思いの表出は秀逸で、客席で思わず「うまいなぁ」と唸ってしまった。クリスチャン・ベールはその後(1998年)「コーンウォールの森へ」(原題は『ALL THE LITTLE ANIMALS』)でも影のある青年を見事に演じている。
 
 唯一の庇護者であった母の死後、継父が施設に入れようとしたため家出し、英国・コーンウォール地方の小さな森にたどりつく。そこで、車にひかれた野ウサギやリスを引き取っては森に葬る、森番のような役をしているホームレスの男と共に暮らすこととなるのだが‥。
 
 今回みた「アイ アム デビッド」の子役ベン・ティバーも、孤独で屈折した心の表現が図抜けている。時は1950年代、所はブルガリアのいずこかの強制収容所、デビッド少年は母と無理矢理ひき離され、艱難辛苦の日々を送っている。
しかし、収容所内の謎の人物の協力をえて脱走に成功、一路デンマークへ向って長い長い逃避行がはじまった。脱走中に看守に撃たれると思ったデビッドは「撃て!」とひとこと言う。子供といえども男、覚悟はできているのである。
 
 デンマークがどこにあるかも分からず、分かったとしてもなぜデンマークなのか、そうした詮索が雲散するほどデビッドは行く先々で困難に遭遇する。「だれも信じるな」という年長の友ヨハン(ジム・カヴィーゼル)の言葉を守り、心を開くことはない。
 
 北イタリアからスイスにかけて、美しい小さな村が点描のごとくあらわれる。デビッドは謎の男にいわれたとおり村に溶け込もうとする。そうすることで疑われずにすむからである。北イタリア〜スイス、そこに広がる景色はいまなお忘れることのない心の風景の一つである。
 
 美しさのなかで風景画を描く老女(名女優ジョーン・プロウライト)との出会いがデビッドの運命を変える。いや、彼女との出会いがデビッドの運命なのだ。ひと目見て、老女はデビッドの過ぎ来し方、心の裡(うち)を見ぬく。
そして、人は人を信じることによって救われる、人は人によってのみ支えられうる、世の中は捨てたものではない、そのことをデビッドに教える。心を開くことが、開けることがどれほどすばらしいことであるか。
 
 映画の大詰近く、謎の男の正体も明らかになる。子供もおとなも思うところは同じ、いつかきっと探しあてることのできる安住の地をもとめ、心の旅をつづけるのである。



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