1996年に、ある季刊誌に「作家のつぶやき」と題して連載されたものです。

 

その4

釣り師


 「好きこそ物の上手なれ」とは良く言ったものだ。
 私の小学五年生の長男を例にとってみると、二年前のサッカ−との出会いが彼を変えていった。
 一,二年生の頃は成績も悪く、消極的で友達もいなかった。休み時間にはもっぱら校庭の隅の樹に話しかけていたらしい。
 ところが、三年生になりサッカ−部に入ってからは、友達もでき、暇さえあればボ−ルを蹴って遊ぶようになった。
そのうち技術も身に付きサッカ−以外のスポ−ツも得意となり、チ−ムやクラスでも一目置かれるようになってきた。
 しかし、進歩の陰で彼は毎日ボ−ルを蹴り、三キロのランニングを続けていたのだ。
 人から見れば「えらいねえ−」となるが本人は誰に言われることもなく楽しんでそれをやっていた。


「好きこそ物の上手なれ」とは本当によく言ったものだ。
 私も寝る間も惜しんで売れるかどうか分からない作品を20年も創りつづけている。
 人からは「えらいねえ−」などと言われたりもするが本人にとっては創りたいと思って創っているのだから、楽しいことなのである。
 嫌なことをやり続けていくのは本当に大変なことだ。だが好きなことなら苦にならないものなのである。
 私はこの仕事を天職だと思っている。一生やり続けて行くことだろう。
 しかし、同じようにこの仕事が天職だと言っていた仲間が、この不景気のせいで転職していったことは悲しい出来事だった。


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