第二十話   あまご達の挽歌?

毎年、最終釣行を愛知川上流のどの渓にするかで悩むことが多い。 凡人である私は、『有終の美』とか『終り良ければ全てよし』とかの言葉がすぐに脳裏を過ぎり、シーズン中の不振を最終日において何とか帳尻合わせを一気にしたいのである。 裏を返せば何年渓流釣りをやっていてもシーズン中は何時も不振、不本意であり、満足出来た釣行は僅か一日か二日程度である。

さて、何年か前の話である。 この年、最終釣行を茶屋川本流とした。 何時もの駐車地に車を止めゆっくりと本流を釣り上がって行くが全く当りが無い。 釣り人の姿も全く見受けられないのに何故だろうと思い一度林道へ上がる事にした。 林道を少し歩くとそこに小さな広場があり隣県Noの白い軽トラが二台止まっているのが見えた。 山仕事の人のだろうかと思いながら近付き、そこから谷底を覗き見た。 渓には二人の男が投網を打っている最中である。 おっと・・・ 違法漁法による盗み狩りか・・・ よく見るとご丁寧にも網打ち場所の前後には刺し網で仕切ってある。 この方法で今まで私が釣り上ってきた所を根こそぎ獲ってきたのか思うと無性に腹が立って来たが何ともし難い。 彼らは時々林道を見上げ誰も見ていないのを確認している様子である。 彼らが見上げる度に私は首をすくめて軽トラの陰に隠れる。その内、とうとう谷底の一人と目が会ってしまった。 まずい! 相手は二人である、ここは一旦引き下がることにした。 刺し網で仕切って投網を打つやり方は、隣県において鮎獲りでよく行われている方法で、滋賀県ではまずやらない。 隣県よりこの川に入渓するのはR-421を利用し石槫峠を越えて少し走ればいたって簡単であり、かつ上流から入るので集落の人の目を気にすることは無いので安全なのである。 過去においても、ひどい体験がある。 折戸トンネルを越えて直ぐに絶好の淵があるが、何時もそこを終点として茶屋遡行最後の楽しみ場としている場所である。 とある日F君と二人で茶屋川本流を釣り上ったが、二人とも釣果に恵まれていなかった。 しかし最後の望みとしてあの淵に行けば何とかなると思っていた。 最後の望み淵に着き竿を出したとたん林道に隣県Noの軽トラが止まり、黒いウェツトスーツを着て手にヤスを持った男が渓に降りて来て潜水具を着けながら潜って良いかと聞いてきた。 目の前に出された尖ったヤスを目で追いながら、渋々承諾をせざるを得ない事となった。 返す返すも残念であった。 男は散々潜った後に悪びれもせず言い放った、『今年はここには居ないなぁー 毎年、尺アマゴが獲れるのにと』。 毎年このような違法なことをやっているらしい。 ?▲×●★△・・ ・ ムカーツ・・・

かなり横道に逸れたが話を元に戻そう こんな最低男達に係わり合っている場合ではなく、何とか本年最終釣行の釣果を上げねばならないのである。 そうだ!投網が打てないような大淵に行こう?・・・ 黄和田発電所、第二取水口の堰堤下流部は九月末には、産卵で移動しやすくするために取水制限をして大淵となっているはずだと思い出した。  急いで駐車地に戻り林道を第二取水口まで引き返した。 ここは取水口の点検用階段が整備されまた、赤い鉄橋が掛かっているので渓には簡単に降りられる。 通常淵は、渓の流れがS字にくね曲がり固い岩盤にぶつかった所に出来るものだが、ここは取水用の堰堤が川幅一杯に人工的に作られているため、その下流はそのまま幅での大淵となっている。

 階段をおり赤い鉄橋を渡り始めたが、下流にある淵に目を向けた瞬間思わずあっーと小さな声を上げた。 そこには水面より10cm〜50cmの表層の流れの中に、大小のあまご達がいずれも上流に頭を向け、およそ200匹以上も隊列を組んで悠然と泳いでいるのであった。 あれほど追い求めてきた天然のあまごが、これほどの群れで見るのは初めてである。 日はやや西に傾きかけたが、日中でも深い木々に覆われたこの淵には残夏の日差しは、殆ど届かなく薄暗い風情のままである。 あっーと息を呑んだ瞬間には、流れや水の音、風にそよぐ木々の動きも一瞬氷付いたように止まり、渓すべてが息を潜め、まるで静止画像を見ているようであったのだ。 どれくらい時間が経過しただろうか? 5秒、いや10秒後、私は、はっとして我にかえりあまご達に悟られないように身を屈めた。 しかしながら私が立っている位置がその淵の最上流であり、表層をゆったりと泳いでいるあまごからは、如何に身をかくしても見えていると思われた。 身を出来るだけ屈めそろりそろりと鉄橋を渡り終え、橋脚を廻り込んでコンクリート製の堰堤上に立ったが、その間あまご達の隊列は全く乱れることなく整然としている。 普通、人影を感じるとさっと上流や下流に走る彼女らが全く動じないのである。何かおかしい??? サケ、マスが産卵前に見せるペァー組みの為の集合なのだろうか。 私はドキドキと胸の鼓動を感じながら、急いで釣り針にミミズを付け群れの左側へ静かに投げ入れた。 ミミズの付いた針はゆっくりと流れ、やがてあまご達の目の前に到達したが何れのあまごもほんの少しだけ身をくねらして避け、通り過ぎると再び元の位置に戻るのみで全く食い気が無い。 流し方や投入場所を色々変えたりしたが状況は全く変わらない。 ウーム・・・ 餌釣りでは駄目なのか? 次にテンカラを試みたが全く反応しない。 次にタラボ浮きの流し毛ばりを試みたが同じく食わない。 これは一体どういうことだろう??? あまご達のお葬式だろうか? そのように考え始めると瀬音が何となく挽歌に聞こえてくる。 今までに釣られ殺されたあまごや岩魚達の怨念が耳元に低い音で囁いてくるのだ。 ウァー ・・・ ふと我にかえり、辺りを見廻すと夕闇の中に立ちすくむ自分を見出したのであった。 

あまごと岩魚と翌檜   あすなろつぶやき  第二十一話 不思議な爪痕