第十ハ話 

 屋川沿いの林道脇に車を止め、座席のシートを半分程後ろに倒して軽く目を閉じた状態で、あと小一時間程で訪れて来る夜明けを静かに待っていた。 

今日は朝が早く睡魔が襲って来た、うとうとしていたが何となく遠くの方よりキィー、2秒程おいてまたキィーと規則正しく繰り返す不気味な音が聞こえてくるのに気づいた。 最初はおや、何の音だろう??? と思ったが特に気にはとめていなかった。 真っ暗な山中で繰り返し聞こえてくる怪しげな金属板を摺り合わすような音が段々と大きくなるに従って何となく不安になってきた。 そうだ! この音は子供の頃に恐ろしい思いをした音に良く似ているなと思い出した。  生家の前は光厳寺という大きな禅寺があったが、小学1.2年生の時だっただろうか母親にその寺の裏通りにあるお店に、暗くなってから買い物を言いつけられた。 お寺の周囲をぐるっと廻って行けばかなりの時間が掛かるので、勇気を出してお寺の境内を抜けて直進することにした。 恐る恐る境内に入ると左側は大小のお墓がぎっしりと並んでいるのが夜目にも分かるが、明かりは全く無くその黒い影が今にも頭上に伸びて来そうである、右側は鬱蒼とした木立の中に三重の塔が真っ暗の夜空聳え立っていた。怖いので真っ直ぐ前を見て小走りで進んでいったが、丁度三重の塔が建っている前にさしかかった時にキィー、2秒程おいてまたキィーと規則正しく繰り返す音が聞こえて、思わず、わーと叫びながら全速力で駆け出し、真っ青な顔してお店に行きお店の人に笑われた事を。 後で分かったことだがこの音は三重の塔の屋根の四隅に下がっている釣鐘状のものが夜風に揺れて発していたのだ。

うむ・・・何だろう??? そうだ! 手前に支谷に掛かっている橋があるがそれにワィヤーなどがぶら下っていて風にあおられて発しているのだろうと判断した。

その後しばらくしてから分かったことであるが、これはかもしかの鳴く声であった。

                                                              かもしかは希少動物として国の特別天然記念物に指定され保護されているが、私は渓ではよく遭遇している動物の一つである。 最近では昨年、11月14日に立山の称名滝を訪れた山道で私の直ぐ前を何のおくびも見せず二頭のかもしかが横切っていったものである。 また、印象に残っているのは白山の荒谷でF君が立小便中、何処からともなく二頭のかもしかが彼の目の前に現れ真近でしげしげとそれが終わるまでじっーと見て行ったスケベーなカモシカのことである。

2003.4.17撮影 茶屋川にて

渓で足跡を読むことは釣り人の基本中の基本である。
渓の砂地には獣の足跡が多く残されているが、ひづめの型によりそれらは認識することが出来る。ひずめを持つ動物は奇蹄目(馬)と偶蹄目(しか、かもしか、いのしし)に分けられるが、基本的には日本の山には奇蹄目はいないといわれている。

左の拡大写真

いのしし

しか

かもしか

かもしかの足跡

あすなろつぶやき
TOPへ

 速く走る動物は指先だけを使って走るようになり、使用しない指は次第に退化して行った。すなわち、かもしかの二本の蹄は中指と薬指が変化したもので主蹄と呼ばれる。 一方、小指、人差し指は副蹄と呼ばれ足の上部背面に小さく二本付いている。かもしかは僅かな岩かどでも主蹄を開いて引っ掛け足場を確保することが出来、ズリ落ちそうになると副蹄をストッパーとして使用する。 故に、急峻な崖を自由自在に昇り降りが出来る。

かもしかを見る度に、何時も釣り人のため息を誘う・・・

     私にもあの足があればなぁ! ?? 

光厳寺三重ノ塔

夜明け前、渓にこだます不思議な音

第十九話 不気味に光る四つの目