愛知川上流の渓を釣り歩いていると石や岩の上に動物のフンがあるのを時々見かける。それは太さ1cmで全体が黒いタール状であるが、その中に未消化の固形物が混ざっていることが多く、また、そのフンがされている石や岩はかならず渓の周囲が見渡される展望の良い場所で、殆どが少し小高い所にある。

いたちの仲間は行動圏のあちこちにフンでサインポストを作る習性があると云われているので、これらのフンはおそらくいたちあるいはオコジョだろうと思われる。 まさか絶滅したと言われているカワウソではあるまい。 

渓を釣り歩いていると、様々な野生動物に出会う、さる、かもしか、しか、たぬき、へび、等は常に遭遇しているので取り立てて話題にすることは無い。以外に渓の何処にでも居そうな、きつねやいたちにはなかなか会えていない。 ましてや熊には出会ったことが無い。もちろん鈴鹿山地から月の輪熊が姿を消してから随分経つが・・・ しかし、熊が居ると言われている渓への遠征は、それなりに緊張して熊よけ笛を持って行く事にしている。 きつねは霊峰白山より手取り川に注ぐ目附谷で出合ったのが最初で最後であり、いたちは神埼川で黄褐色の綺麗な毛皮姿を一度だけ拝見させてくれた。 いずれも小動物を狩る達人であり、夜向性が強く、釣り人の目にはなかなか触れないのだろうと思われる。

愛知川は上流で三つの支流に別れているが左側の御池川にある日友と二人で入渓した。 御池川は他の二つの支流に比べて川沿いには舗装された道路があり、集落が奥地まである最も開けた人間臭がする渓である。その日の早朝、朝もやが立ちこめ薄ぼんやりとした渓好ポイント求めて遡行していた。 緩やかに渓が曲がり終えたところに良好なポイントがあり、竿を出していると左岸の雑木林よりウサギほどもある大きなネズミに良く似た動物がひょこひょこと歩いて出て来た。 おやーと思いその方向に顔を向けるとその動物はくるーと踵を返して再び雑木林へ消えて行った。 あれは何だろう?  友人が聞いてきた  『かわうそではないだろう 以前見たことがあるヌートリアに似ていたな』と答えた。

ヌートリアは私が子供のころ真向かいの家で毛皮を採るために飼っていたので良く見慣れ動物である。 姿は巨大なねずみそのものであり、オレンジ色をした大きく鋭い前歯を持っているのが特徴である。 水槽がある頑丈な鉄の檻で飼われていたが、生活は一日中殆ど水に浸かって頭を出していた姿を思い出したのである。

しかしながらあれがヌートリアであるとは断言できない。 遭遇はほんの一瞬の出来事でありその野生動物の特徴が良くつかめなかったのである。 かわうそかも知れないな・・・と夢も膨らんでくるのである。
ヌートリアはスペイン語で『かわうその毛皮』という意味であり毛皮は上等で、日本でも飼われていたのがにげて野生化し、各地で増えている。と物の本に記されており、岡山県、岐阜県、愛知県、兵庫県、島根県、京都府、鳥取県、三重県、広島県、香川県など広く分布しているらしく、特に岡山では昨年600頭も捕獲されたとある。 したがって御池川でかれと遭遇しても不思議なことではない。

石の上の気になるフンはおそらくいたちであろう、又、御池川で出会った野生動物はヌートリアだろうと考えられるが、釣り人はそうとは思いたくなく、あくまで神秘に富んだ愛知川上流には今も、にほんかわうそが居るものと大きな夢を抱いて遡行しているのである。  第十五話 完         

第十五話  石の上の気になるフン

いたち? ヌートリア? それともかわうそ? まさか??・・・?

TOP
あすなろつぶやき
第十六話 熊川宿のかわせみ