とある事故

 候が急変してきたのであわてて納竿し帰路の林道で、これから上流へ向かう釣り人の車とすれ違う時にふと思い出す事故がある。 この悪天候のなか事故に遭わなければ良いがと願いつつ・・・
それは今から数年以上前の目撃話である。 事故当事者にとっては非常に悲惨な事故であり、またそれは同じ渓で遊ぶ釣り人としては正直言って他人事ではない話である。
私も若輩の頃は釣果を上げたい一心でハイリスク、ハイリターンなどと分けのわからない事を言って、常識人から言わせれば随分無茶で危険なことを沢山してきたものと反省している。
あの事故から随分経過しており、わたし自身の記憶さえもおぼれげになろうとしている。
ここであの忌まわしい事故のうわべのみですがを知る者として、このような
事故の再発を防止する意味を含めて、あえてこの話を載せます。

何時ものように茶屋川本流に釣りに出かけた。 
当日は前々日より降っていた雨も夜半には上がり、水量も適当にあり釣り人にとっては絶好の釣り日和であり、大いに釣果が期待できた。

林道より渓に降りる道を辿りおりたが、渡渉点で小さな石の上に置かれた腕時計を見つけた、辺りを見渡したが入渓者の姿がない。 手にとって見ると時計はかなり使い込まれたもので止まっていた。 取りあえずザックに入れ釣り上がるが全く当りが無い、仕方なく再び林道に上がり車で移動して少し上流へ再入渓する。

小さな淵の流れ出しにて流していると濃紺ビニールの塊が、目の前を流れていくので竿尻を使って引き寄せてみると雨具の上着であった。 しかしこの時はこの先で起きた事故を推察することが出来なかったが・・・・
しかしさらに上流に目をやるとコンビニの袋がプカプカ浮いて流れてくる。 それも引き寄せ中を見ると先ほどの雨具のズボンであった。
今日は時計を拾ったり、不思議なものが流れて来るおかしな日だなーと単純に思った。
その後食料や箸などが入ったビニール袋など色んな物が次々と流れてきた。 この時点でやっとこれはただ事ではないと気づき、慌てて竿をたたみ上流へ急いで駆け上がったが渓が小さく曲がり前方が見えない。
通常釣り人は川の中にジャブジャブとは行かないものであるが、今回は正しく押っ取り刀である。
ようやく崖を廻り込み上流が見通せる場所で見たものは車の転落事故であった。

 
色の小型ハッチバック車が前部を大破して後部が水に浸っているが、運転席や後部座席には人影が見られない。
ドァーは全部閉っている。 運転者は何処だろうと周囲を注意深く探したしたが見当たらない。 オーイ、オーイと大声でよんでみても返事が無く、こだまがむなしく帰って来るだけである。 しかしながらここからでは林道へは崖が急で容易には上がれない。 無事救助されたのだろうか? 祈るような気持ちで墜落したと思われる崖を見上げる。
車の荷室にはリックサックが二つ収められ竿が二、三本差してあるのが分かる。 後部座席には着替え等が置いてあるようだ、 明らかに釣り人の車であった。
何時転落したのだろうか? 時間かなり経っているかも知れないなぁと思われたが、では先ほど、流れでわたしが拾ったものがドァーの閉ったこの車よりどうして流れ出したのだろう? どうも不思議な話である。

取りあえず釣りどころではないので急いで入渓地点に戻り林度に駆け上がり、転落したと思われるところまで走って行く。
そこは何の変哲も無いほぼ真っ直ぐな林道が有るだけであった。 右側の崖は他よりも少し低くなっており小岩が積み上げられた、いわゆる枯れ沢らしい。 また左側はその個所四〜六メートルだけ木々が茂っていなく垂直な崖であり岩肌が剥き出しである。 大概、渓側は木々が生えており、たとえ運転を誤っても木々に引っ掛かり谷底まではなかなか落ちないと思われるのだが・・・。
どうしてこんなところより転落したのだろうか? ウムー・・・・???
これはあくまで私個人の推測ですが次のように思われた。
林道を走行中、右側崖にある枯れ沢より鉄砲水の直撃を車側面に受け、渓に叩き落されたのだろうか?
それらを裏付ける証拠として左側はガレ場の崖で木が生えていなく時々鉄砲水が発生しているのではないかと?
まあ、元々枯れ沢があったところに人間が勝手に林道を建設したのであるが・・・

転落した原因の推測はさて置きとにかくこの事故処理が気になったので、急いで電話のある集落まで戻つた。
さっそく派出所へ電話入れ事故内容を告げたところ、その事件の処理は済んでいますとの返事がありほっと胸を撫で下ろす。さらにどうなったかを聞くために言葉を続けようとした途端に電話が切れた。 お巡りさんも取り込み中らしいので受話器を置いた。 結局転落は何時発生したのかは分からず仕舞である。 まあ処理が終わったのであれば良いが・・・と納得する。

その後事故車は2,3年ほど錆びたまま渓に放置されたままだったが何時の間にかなくなっていた。

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