2003.7.29

熱を出す


お休みの日、ぼんやりと家で過ごし、
テレビを見ていると、高樹沙耶という人が、
ダイビングをしている番組が始まった。

仕事でイルカと一緒に泳ぐ機会があり、
それ以来、海のすばらしさに取り憑かれ、
自宅をハワイに移し、人にも海のそのすばらしさを
教えたいと思ったが、元・女優というだけで、
わかってもらえないことが多く、
プロのフリーダイバーに挑戦すべく、
競技会に出場するためトレーニングを開始する。

番組はそのトレーニング開始から日本人女性最高記録を
出すまでの高樹沙耶さんを追ったものであった。


単純な私は、テレビにすぐ感化されてしまう。

と、言っても ハワイに行けるわけはなし、
ダイビングなんて、そうそう簡単に始められるものではない。

なにしろ、先立つものが・・・あるわけはなく、


とりあえず、もう一度

「泳いでみよう」

と、思い立った。


沙羅がうちに来る前、私はスイミングスクールに
通っていたのである。
(実はスイミングを始めたのも34歳位からで、
それまではクロールをしたこともなかった私なのであるが、
これまた、テレビに感化されて始めたのだ。
それもトライアスロンに出ようと思って)

沙羅に夢中になって、あっさりとやめてしまっのだが、
「水と戯れる感覚」というのは、実に気持ちのいいもので、
高樹沙耶さんがテレビで話していた、
「人間の祖先は魚であったと言われても納得できる」
に、私も共感できる一人である。

ただ、「速さを競う水泳」は苦手で、
私はスイミングに行っても、タイムなど気にすることなく
マイペースでゆらゆらといつも漂いながら泳ぎ、
後ろから追いついてくる人に迷惑ばかり掛けていた。


そんなわけで
再び「水に漂う」ことを思い出した私は、
4年前の水着を押入から引っ張り出してきたのであるが、

んあんと、

スイムキャップのゴムの部分が溶け出し、
水着やゴーグルに張り付いていた。

それに、水着の方もゴムの部分がダメになっており、
引っ張ったらびろーんと伸びて、
そのままもどらなくなってしまっていた。

こりゃだめだ。

かといって、プールに「泳ぎ」に行くのに、
遊びに行くようなリゾート水着を着ていく勇気もない。

と、いうことでとりあえず
その休みはどこへも行かずに終わる。


次のお休みの日。


いつものように
昼過ぎまで家で過ごしたあと、
沙羅とぶらりと宇治川の河原へ出かけた。

そこは私の好きな「草ぼーぼー地帯」で、
「広大」で「人がいない」。

沙羅のリードを放して歩けるので
結構お気に入りだ。

川のほとりまで来たら、沙羅はさっさと
水に入っていく。

連日の雨で川はかなり増水しており、
何か投げてくれるのを待っている沙羅に
「やめとき」と声を掛けたが、

何も投げてもらえないと、悟ったのか、
川の中央を流れて行く「木の枝」に向かって、
なんと沙羅は泳ぎだしてしまった。


「沙羅っ!!」
呼んでも沙羅の耳には届かない。

やっと「木の枝」をくわえた時にはもう私の
ところより50bくらい下流に流されていて、
沙羅は真剣な表情でこっちへもどって来ようとするが、
どんどん、どんどん 下流へ流されていく。

「沙羅〜」

あっという間に沙羅の姿は草の陰に見えなくなった。


・・・・


どこまで行ったんかなあ・・・


この前、うちの近くで犬を助けようと
川に入って流され、水死した女の人がいる。
その後、犬は自力で這い上がったらしいが
なんとも馬鹿な話である。

そのことを思い、私は沙羅がおぼれても
ぜったいに水には入らないぞ!と心に誓っていた。
人間よりも犬の方が「生きることに逞しい」に決まっているのだ。


しばらく、下流の方をのぞき込んでいると、
ガサッと音がして、沙羅が後ろの草むらから現れた。

「なんのことはない」
という顔をしている。


それから何度か、あまり遠くへ投げないようにして
棒きれを川に投げて沙羅を遊んでやり、
沙羅がヘトヘトにならないうちに切り上げる。

そして

帰りにそのまま
「大型スポーツ店」に寄り、
水着とスイムキャップを購入した。

沙羅に負けてられっか。


一旦家にもどり、
水着に着替えて、上から服を着て、
市民プールに行く、

沙羅も付いてきてしまったので
車で待たすことに・・・


久しぶりのプールはなんだか気恥ずかしく、
すぐに息が上がるし、
息継ぎのタイミングを忘れてしまっていて
大量の水を飲んでしまったが、
やっぱり気持ちがよかった。


約1時間半。

水と戯れたあと、濡れた髪もそのままに、
車で待っていた沙羅と帰宅する。


水泳のあとは、いつも気分がハイになるのは
なぜだろう。

ここちよい疲れとともに、
充実した休みが終わった。



しかし、

市民プールは塩素がきつい。

次の日は、咽が痛く、
体中が筋肉痛で、特に、腕の付け根の痛いこと。
ずいぶん身体がなまってしまったと思いながらも
次はいつ行こうかと思って過ごした。

その次の日、

日曜日であったが、仕事。

朝から寒気がすると思っていたが、
どうやら熱が出てきたらしい。
身体がだるく、足もガクガクしてきた。

しかし、早退するわけにも行かず
(日曜日は人が少ないのだ)
なんとか1日を過ごして帰ってきた。

帰りにコンビニに寄って、食料と飲み物を
仕入れる。(長年の一人暮らしの経験から
こんな時は当面の食料を確保して置く習慣が
身に付いてしまった)


なんだか、風邪のような気がしなかった。

「とっても悪い菌」に
冒されているような気がした。

感覚としては40度近い熱がある気がしたが、
実際に体温を計ってみたら38度だった。


病院へ行くべきか、それともこのまま寝るべきか、
もし、「悪い菌に冒されている」
としたら、ほっておいたらやばいのではないのか。

と思ったけれど、
考えていたより熱はなかったし、
沙羅の散歩をすませたあと、
(こんな時に限って近所の普段喋らない人が、
あれこれ話しかけてきたりするものだ。
「お風呂に入れてやってるの?」とか
「何食べさせてるの?」とか・・・
その質問にいちいち答えながら、内心は
早く帰りたいんだよなあと思っていた)

お腹が減ってメロンパンを一個ペロリと
平らげて、そのまま布団に入ることにした。


付けたテレビでは「さんまのからくりテレビ」
をやっていた。

食欲があることや、
おもしろいテレビを見て笑ってしまうところ
なんかが、やっぱり
いつもの風邪とは違う。


私の咽には悪い菌が張り付いていて、
全身に回り始めている。
熱があるのは、私の身体が菌と戦っているためだ。


「がんばれー がんばれー
菌なんかに負けるなー!」


ああ

でもこのまま
菌が「脳」に回ったりしたら・・・

そう、「脳炎」

脳を菌に冒されたら一体どうなってしまうのだろう。

ただ頭が悪くなるだけなのか?
物事が考えられなくなるのか?
それとも

死ぬのか?

考えてみれば・・・

そう

私は、考えてみている。

ということは、

まだ、脳は大丈夫だ。


私の人生はここで終わってしまうのか・・・

いやいやまだまだ、やりたいことがいっぱいある。

ん?

まてよ

やってて楽しいことはいっぱいあるけど、
やりたい事ってなんだ?

私がやり残した事って?

私が誰かのために一体何ができる?


そうか

ここで、もし、神様が私の命を絶ってしまったなら、
それはそれで
「もうお前の使命は終わったんだよ。」
ということなんだから仕方ないかな。とも思う。

この間テレビで見た「タイタニック」みたいに、
海に投げ出されてしまったら、
私は「死んでいく組」に入るのかもしれないなあ

薄れゆく意識の中でぼんやりと考え始めた頃、


ぷつんっ


と、音がして、突然テレビが消えてしまった。


あれ?


20年働いてくれたソニーのテレビの
あっけない終わりだった。


そうか、テレビが私の身代わりになって
逝ってしまったんだ。
「もう寝なさい」ってことなんだ。


なぜだか、私はそんな風に思って
テレビにありがとうと言いながら、
寝てしまった。


随分眠ったような気がして目が覚めてトイレに行く。
時計を見るとまだ10時だった。

夜はまだまだこれからだ。
それにしても長い1日だった。

頭が痛い。
やっぱり菌が脳に・・・

枕元に置いたペットボトルのお茶を飲み、
再び眠る。


頭の中の意識の「しこり」のような部分を
ひとつひとつ溶かすように、力を抜いていくと、
ストンっ と何度も眠りに落ちる。


誰かが花火をしているらしい。
パンパンっ と音がする。

きっと沙羅は下でこわがっているのだろうな
と思いながら何度も寝返りを打っているうちに
深い眠りに落ちていった。



朝5時

目が覚めた。


身体の調子は?


うん

大丈夫みたいだ。


頭痛もなくなっている。


体温は36度2分。


ここのところ、体温を測る機会がなく気が付かなかったが、
私の平熱は36度5分くらいだったのだが・・
歳とともに平熱も下がってくるものなのか。

身体が汗でべっとりとしていて気持ち悪い。

帰ってきたらシャワーを浴びるつもりで、
ストンと着られるノースリーブのワンピースを着て
沙羅と散歩に出かけたが、少し肌寒さを感じて
上から長袖のシャツを羽織った。

ジョンのおじさんが沙羅に食パンをくれた。


熱を出した次の日は、
汗と一緒に悪い物が出て行ってしまうのだろうか、
身体が軽くなって、
いろんな事がとても新鮮に思える。

生まれ変わったような気分になって、
いつもは喋らない人と、親しげに喋ってしまうのも
なんだか楽しい。


      


あとになってから咳が出るようになったので、

やっぱり風邪だったのかもしれない。



今日は仕事がお休みで、
プールに行こうかどうしようか、
迷っているところである。

せっかく買った水着が活躍するのは、
きっと夏の間だけだろうし、
今年の夏は短いだろうから・・・


ところで、


私の「残された使命」って
なんなのかなあ・・・