シュタイナー通信プレローマ

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編集後記より
マルタの会

「編集後記」(2013年)

No.28

◆この間、食事を作っていて、ふと人参の皮が床に落ちていることに気がつきました。手が離せなかったので、後で拾おうと放置していたら、そのことをすっかり忘れてその皮をふんずけてしまいました。「あ、こういうことか!」宇宙の仕組みって、本当はとってもシンプルなことなのかもしれないと、その時思ったのです(なんと大げさな。笑)。人参の皮を落とした→拾わなかった→ふんずけた…って。放置したからふんずけたというあたりまえなこのことが、私にはとても新鮮に感じました。自分の身に降り掛かるあらゆることには、全て原因があるのだということを。この世の中はいろいろ複雑になりすぎて見えなくなっていることがたくさんあるけれど、こんがらがった糸を丁寧にほどいていくと、きっとこんな風にとっても単純なことなのかもしれないなって。自分のしたことが回り回って返ってくるというけれど、案外、そんなに大回りをせずに返ってきているのかもしれない。そんなことに気がつけるようにならなきゃいけないな…。少しも食事の支度が進まない私なのでした。 (E.O)

No.27

◆猛暑の中、20年に一度の遷宮関連の行事に参加するため、2年ぶりに伊勢に帰省してきた。この夏の西日本は想像を絶する気温で、連日36〜38度を越える中、家族でお白石曳きに参加した。とはいっても私自身は連れていった猫の具合が悪くなり、留守番となったのだが。◆内宮の参道のおかげ横丁は観光客とお白石行事の人々でごったがえし、炎天下、熱中症で運ばれる人が多数いたらしい。次の日はかねてから訪れたかった元伊勢の瀧原の宮に行くことができた。ここは内宮の別宮で、天照が現在の五十鈴川のほとりに鎮まる直前におられた場所。現在は国道42号線となった、かつての熊野街道が宮の前を通り、大内山川が深い渓谷を形作って流れる山の中にある。宮域の地勢は小さな内宮のようだが、清らかな谷水が苔むした岩々を縫って流れる自然の御手洗場や、伊勢湾台風の際のひどい被害を免れた参道の神宮杉の大森林が、本当に、「神さびた」とはこういうものを言うのかと感じ入るような風情で、神宮の起源を見るようで心打たれた。また訪れてみたい場所。 (K.K)

No.26

◆最近、複数の著名人による対談集『知の逆転』を読んだが、チョムスキーのものが一番面白かった。アメリカには軍事・情報的に世界制覇しなければならないという衝動、いわゆる米帝国主義が生き続けていると主張している。40 年以上前、英語教材で彼の「反ベトナム戦争論」を読んだことがあるが、そのときから少しもぶれていないのに感嘆した。アメリカの科学、情報の中枢にいるMIT 教授の発言なので重みがある。◆彼からすれば、今はやりのフェイスブックなどは世界中の個人情報を収集し、アメリカによる世界管理を可能にする一手段なのだろう。シュタイナー的には、今世紀アメリカで起こるアーリマン受肉の準備作業ともいえる。そのようなSNS に登録して喜んでいる人たちは、仏ならぬアーリマンの掌の上で知らずに遊んでいるのかもしれない。◆病名としてのアスペルガー症候群が削除された。知り合いに心理的障害をもった息子がいる。私は彼と母親との幼児期以来の関係、さらには誕生前の関係まで知っている。このような知見があって初めて彼の症状を「理解」できる。この子を友人の精神科医に紹介した。するとあれこれテストしたあげく、「アスペルガー」と診断した。これは彼が何も理解しなかったことを露呈している。医者は病名を付けることが商売なのでやむをえないが、もっとたちが悪いのは、医者でもないのに人を中傷するためにアスペルガーを使うことである。現代の闇には成長できない魂が多い。 (Y.W)

No.25

◆梅信。南京に日本語を教えに行った知人から梅の便りがありました。添付されていた写真は3枚。白一重の梅と淡紅八重、濃紅一重の梅林でした。白一重の梅の写真には、花びらにくっきりと花芯の影が写っています。その大きく切りとられた花びらの写真をまじまじと見つめるほどに、花の形がグロテスクなものに思えてきました。一枚いちまいの花びらに比して、雄しべと雌しべは長く大きく、まるで外へ向けて触手を伸ばしているようです。◆東風(こち)吹かば、匂い起こせよ梅の花主なしとて春な忘れそ。詠んだのは菅原道真。都から東風にのって、左遷された彼を慰めるために梅が飛んできたという伝説があります。梅の精は天女のことです。梅花の天の使いは道真公の守護神だった故に馳せ参じたのでしょう。◆21世紀の梅の匂いは、東風ならぬ黄砂にのって飛んでくるようです。汚染された空気の中でも負けずに自己主張するように花開き、6月梅雨のころに熟していくたくましさは、桜とは異なる精霊なのが分かります。 (M.E)

「編集後記」(2012年)

No.24

◆チェコの作家カレル・チャペックはこよなく園芸を愛した人でした。そんな彼の『園芸家12カ月』は庭を持つ人の12カ月をユーモアとペーソスたっぷりに綴っている愉快なエッセイです。そのなかの「11月の園芸家」の章で、彼は「一年の始めは秋だ…花が秋に枯れるのは、視覚上のイリュージョンにすぎない。じっさいには花が生まれるのだから」と言っています。「未来はわたしたちの前にあるのではなく、もうここにあるのだ。未来は芽の姿で、わたしたちといっしょにいる。いま、わたしたちといっしょにいないものは、将来もいない。芽がわたしたちに見えないのは、土の下にあるからだ。未来がわたしたちに見えないのは、いっしょにいるからだ」と。「わたしたちが現在とよぶ古い作り土のなかに、どんなにたくさんの太った白い芽がぐんぐん伸びているか、どんなにたくさんの種がこっそり芽を吹き、どんなにたくさんの古い挿木苗が、いつかはかがやかしい生命に燃え上がる一つの芽となって、生きているか」もしもそれを見ることができたなら、「おそらくわたしたちは言うだろう。…いちばん肝心なのは生きた人間であること、つまり育つ人間であるということだ」と。 (K.K)

No.23

◆ことばはつくづく深海生物だと思う。日本語教育に携わるようになって、音声学を学んで驚いたのは、誰も自分の声がどのように発声されるのか知らずに、平然と話しているという事実である。例えば、プ・レ・ロー・マ。プは無声両唇破列音[p] 、レは有声歯形弾き音[?]という具合に分類することで、日本語を知らない人にもその音を発声する口腔内の舌と当たる場所の仕組みを説明できる。ということは、理論的に分類できる以上発音できない音はないということになる。音声学は教育上は必要とされる科目ではない。けれど、英語の発音をこんなふうに理路整然と説明されていたら、どんなにネイティブに近い発音ができる日本人が増えていただろう。◆ことばほど、無意識の底深くに置かれている領域はない。動物はことばを持たない。持つのは母音のみである。そして、人間のことばで母音のみの言語は存在しない。子音と母音の二つが音素の二重分節性を生み出す。けれど、母音の中で唯一、類人猿が発音できない音がある。イ[i]は、スーパー母音と呼ばれ、母音の中で最も人間らしい音だと言われる。「わたし」の中のイ、ichのイ。オイリュトミーの[i]は、背骨に光を通し、自我が輝く音である。◆イギリス人ダニエル・ジョーンズによって基本母音図が作成されたのは、ようやく20世紀に入ってからのことだった。ことばへの扉はまだ開かれたばかりだ。 (M.E)

No.22

◆先日、知人たちと共に東北大震災の津波で失われた福島県の家々の跡地に、ひまわりの種と苗を持っていきました。予想以上に地元の方のひまわりに対する思いは強く…。◆小さな漁村でとれたヒラメはお年寄りだけでは、食べきれないので、残りは捨てられていました。若い人は放射能が心配で町を離れていき、3世代で暮らしていた家も老人だけが残されました。断ち切られる人々の生活と思いは、どこに向かうのでしょうか。◆阪神大震災の跡地に、ひまわりを植えた、「ひまわりおじさん」こと荒井さんは、今から8年前に、中越地震の被災地、新潟県小千谷市の山本山へ、ひまわりの種を植えにやって来ました。その時、知人たちは、ひまわりを植える人たちに飲み物と日よけを準備しました。ボランティアを支えるボランティア。支えられる連鎖によっても、人はつながっていきます。そうせざるを得ない状況で、苦しみの中から生まれた絆。政府が宣伝し、誘導してできるものではありません。◆山本山は、毎夏、一面ひまわりの美しい光景が広がります。福島県の浜辺に植えたひまわりは、阪神大震災生まれ、中越地震育ち。たった1つの小さな浜辺の出来事ですが、たくましく成長し、開花することを願っています。 (Ayu.T)

No.21

◆真っ白な雪の中で咲く、赤いさざんかの花が春の日を受けて揺れているのを見ると、さんざん降り続いた雪の季節も過ぎるんだなぁと思います。◆震災から一年経ちました。とても熱い一年でした。被災者を応援しようと日本中で支援の輪が広がりました。支援ライブ、復旧復興支援イベント、東北物産展、応援メッセージ、義援金活動、海外からも留学生受け入れ等々。しかし盛り上がる支援活動の一方では、がれき処理が進んでいないと意見書が出され、いまだ避難所生活の人は将来に不安を持ち、毎日の放射線量測定では福島の値が高く、いつになったら正常値に戻るのか心配です。◆でも被災地の人々も自治体も、希望を持ってがんばっている姿を見ると心が熱くなります。希望の桜や、震災に強いタブの木の植林も期待されています。たくさんの課題を抱えながらも復興応援の輪を更に広げて、絆が深まっていくことを切望します。◆プレローマも新たな気持ちで春号をお届けします。 (E.O)

「編集後記」(2011年)

No.20

◆2012年。マヤ歴では今年時間がゼロ・ポイントになると言われています。あるいは地球がアセンションし新しい太陽系周期に突入する、または滅亡するとも。2011年は誰しもが自分の来し方行く末を思い巡らさざるをえない年になりました。◆この時期、新潟では雷雹とともに雪が散らつき、これから日増しに白い世界へ変わっていきます。まるで時が進んでいるかのように。◆けれど、時の始まりを見た者はなく、時の終わりを見る者もありません。自分の身体に埋めこまれていると信じている「時」だけが、その思いを映しだし、始まりと終わりを見せるのです。移ろいゆくものはその重さゆえに、雪片のように消えていきます。積り積もって壁になった深雪もまた、いつかはまるでその存在が幻想だったように消えてなくなります。なくならないもの、それだけが時を越え、私たちに真実を教えてくれるはずです。光とともに。 (M.E)

No.19

◆十五夜の月が美しく冴えわたった夜空を見上げながら、ちょうど震災から半年の月日が流れたのだと思っていました。被災された方々の心の傷が、どのくらい癒えたのか量ることはできないけれど、大きな悲しみと絶望が日本中を覆った日から、何とか、気持ちを立て直して一歩一歩復興の為に努力を積み重ねてきた日々が、勇気を与えてくれていると思います。◆でも未だに、帰りたくても帰れない福島の人々には、「復興」という言葉が遠くひびいているかと思うと、本当に切ない思いです。放射能で汚染されてしまったものは、すべて排除しなければ安心して暮らせないのです。自然災害で負った苦しみは時が経過することで自然治癒しても、人災は人の手によってしか解決しないと思うのです。早期解決を願いつつ、プレローマ19号をお贈りします。 (E.O)

No.18

◆緑がまぶしいほどに輝いている。梅雨でしっとりとした姿のときは、なおさら。◆美しさをひそかに増している。緑を彩るように、今年は花水木がいつもよりたくさん花をつけた。山ぼうしも緑の葉をおおうように白い花弁を開いている。友人に伝えると、同じように感じていたらしい。夭折した方たちの魂が花たちのもとに降りたっているかのよう。そう思うとなおさら、花々がいとおしく感じられる。◆花はひとつ一つ違う顔を見せて、散りゆく姿も美の観点から語られる。着物の帯も美しく飾るのは後ろ姿。そんな日本人の美に対する感性に思いをはせながら、バラの花びらがひとひら落ちるのを眺めていたら、もう6月。プレローマ夏の号のお届けです。 (Ayu.T)

No.17

◆例年になく頑固に消え残っている庭の雪も、春をつげる日の光の熱に耐えかねて日ごとにひとまわりひとまわりと小さくなっていく。この春は文字どおり、待ち焦がれた春になるはずだった。東北で地震が起こったあの日あの時までは。時間というものが止まってしまったようだ。ささやかでもいとおしい日常のいとなみは、もう粉々に砕け散った。日々報道で目にするあまりに悲しい光景、すさまじい自然の力を前にすると、涙というものがあったことさえ忘れてしまった私がいる。けれど、この桁外れな、それこそ津波のような喪失感から、からっぽの心の地平から、少しずつ、一粒ずつ、種をまいていこう。一歩一歩、ポコアポコ、今日は今日の分だけ。今はそこまでしか考えることはできないけれど。私ができることを確実にしていこうと思う。 (K.K)

「編集後記」(2010年)

No.16

◆師走早々、宮崎から佐賀へと5時間かけて高速で車を走らせた。山中では枯れた木々がしっとりと雨にぬれて色を濃くしている。鹿児島とのJCTを過ぎると、美しいいでたちの霧島連峰が彼方に遠ざかる。長いトンネルを抜けると熊本だった。今度は、はるか遠方に阿蘇五岳がかすんで見える。するとすぐに、草千里の青々と繁った山肌の匂いをかいだ。草をはむ野生馬。風にそよぐカルデア草原。教科書で習った「大阿蘇」の詩の情景が広がった。◆「雨の中に、馬がたっている 〜 雨が蕭蕭(しょうしょう)と降っている 馬は草を食べている」三好達治のこの詩を、何十年も経た今になって思い出すとは。詩の最後はこう締めくくられる。◆「ぐっしょりと雨にぬれて いつまでもひとつところに 彼らは静かに集っている もしも百年が この一瞬の間にたったとしても 何の不思議もないだろう」これが久遠の風景だと詩人は詠った。車を走らせながら、やはりこの一瞬に永遠を感じていた。 (M.E)

No.15

◆夏の夜には、風呂上りにベランダで涼むことが習慣になっている。ベランダと言っても、洗濯物を干すだけの小さな場所だけど、部屋の灯りを消して、キャンプ用の椅子に身を沈めると、気持ちのよい風がときにそよそよと、ときには清々しく通り過ぎてゆく。屋根とベランダの手すりで細長く切りとられた夜空は、近視の私の目には、月とこと座のベガのほかには何も見えない。ベガはおりひめ星として知られている星で、純白の0等星、地球の歳差運動によって1万3千年代には北極星になるのだという。純白の強く美しい光がまっすぐに私に届く。夜風が肌を包み込むように吹き抜けてゆく。いつのまにか雲が晴れるように心が澄み渡ってゆく。地面近くからは、秋の虫たちの歌がわきたって、密やかな晩夏の愉しみをにぎやかな静寂のなかにそっと隠す。今年はどんなにか、この時間がなぐさめとなったことだろう。 (K.K)

No.14

◆木々の新緑と勢いよく伸びていく稲の緑に圧倒されていた、そんなある日のこと、長岡の越後丘陵公園に行くと、バラの花がまっさかり。花の香りやそれぞれの表情を楽しんで、一つひとつ名前を確認していくうちに、すっかり優雅な気分に! わたしの名前のバラも発見しました。でも、気に入らなくて、「隣の『プリンセス・オブ・モナコ』みたいなのが良かった!」と言ったら、一緒にいた友人は困ったような顔をしていました。あとから思い返せば、気品のある白いバラではなくて、赤い茎でちょっと毒気のあるオレンジの薔薇は、私にぴったりだと、同じ名前の花を愛おしく感じて、またどこかで会えたらいいな・・・と時おり思い出しています。 (A.T)

No.13

◆新年度が始まると、それまでゆったりと流れていた時間が先へ先へと動き出すようです。新潟市はこの冬、26年ぶりの大雪とあって、誰もが雪と格闘し、心も体も時間も空間も雪まみれになって雪のことを考えていました。その時間はとても静かで妙に懐かしいのです。そのゆったりした白い時間は心の内のスタートラインのように足元をしっかり支えています。そうして春は三寒四温を繰り返しながら、埃っぽいにおいと共にやってきました。大自然にも、人間の心にも、大風を起こして「さあ活動開始よ」と言っているようです。 (E.O)

「編集後記」(2009年)

VOL.12

◆新潟では木枯らしが吹いて、色様々な化粧をした葉がみんな散ってしまうと、やがて空が鉛色になり雪下ろしの雷が轟きます。晩秋の思いに浸る静かなる時はこの雷を合図にいっきに吹き飛び、さあ舞台は冬へ。寒くなってきたと縮こまっていた背筋もピンとしてきます。
◆今年と来年の間で時間の感覚は急に波打ち、重なり合って、この一年の出来事がよみがえってきます。嬉しかったこと、残念だったこと、交流のあった人たちとの思い出、もっと努力すればよかった課題、等々。こういう気分は夏にはあまり味わえないものです。たとえ一年の区切りが夏だったとしても。やはり身の引き締まる寒さの中で一年を終える、というサイクルが自然な感じがします。それは植物も同じだと思います。葉をすっかり落とした木々の枝や幹は一年の仕事を終えたように、すっきりとした風情でたたずんでいて、なんとなく威厳があります。寒風に吹きさらされながら脈々と樹液を枝々に送り、やがて来る春を準備しているのだと思うと、とても愛おしい気持ちになります。そんな植物たちの思いに包まれていることを幸せに感じます。
◆2010年も皆さまにとって素敵な年になりますように! (E.O)

VOL.11

◆いつになく梅雨明けが遅かった今年の夏。晩夏になってようやく暑さは到来し、遅れをとった蝉たちが青春を生き急ぐように、夜になっても鳴いていた。短かったが目も眩むような太陽の光に我を忘れていると、いつのまにかそれも秋の虫たちの穏やかな音色にかわっている。
◆19世紀のアメリカの詩人、エミリ・ディキンソンの『悲しみのようにひそやかに/夏は過ぎ去った―』で始まる詩を思い出す。「もうとうに始まった黄昏のように/蒸留された静けさ」「ねんごろで、しかも胸の痛むような優美さ」・・・夏と秋のあいだには、決して計ることのできない時間があるような気がしてならない。深い極まりからむこう側につきぬける瞬間の、ひそやかで厳かな虚空が。
(K.K)

VOL.10

◆2009年も半年が過ぎ去りました。今年に入り、相次いで2匹の猫が他界してもう数ヶ月が経つのに、まだその気配とともに生活している自分にふとしたときに気づきます。やわらかな毛並みをなでている感触。吸いこまれそうな大きな瞳で見つめられている幸福感。おそらく19年と20年という歳月を暮らしたこともあるのでしょうけれど、向こう側へいく、こちらの世界での最期の時があまりに凝縮し、かたまったままのエポックに入ってしまった感覚です。
◆最期はこれまで聴いたことのない声を出し、必死にここに留まろうとするように力をふりしぼり、死に対してあらがう畏れと不安に満ちていました。それがやがて、深い深い呼吸の波にあわせるように、次第に、静かに、ひいていきました。体験(=記憶)でつくられた体の抜け殻だけをこちらへ残し、エーテルの記憶の体は、私たち人間界より上に属するヒエラルキアたちのまったき帰依によって運ばれていくのでしょう。その純粋さゆえに、生きものたちの死の一部分は、崇高な存在たちが代わりに体験する行為でもあるからです。
◆どうして、生きているものはこんなに愛しいのだろう、という思いの風が吹き抜けては、また舞い戻ってくる日々です。
(M.E)

VOL.9

◆〜春は、人々に最初の花をもたらすだけではなく、死者たちがどうなっていくのかを見守る可能性をも与えるのだ〜(魂の暦より)
◆雪解け間近の山古志を訪ねて、火祭りを観にいった。私の家から車で40分ほどの山古志の人にとって、春を待つ心は、かなり情熱的だ。ワラを編んで円錐状に美しく形作られた「さいのかみ」は内側から点火されると、炎が中心を勢いよく貫いていった。龍が天まで一気に駆け上るような姿と速さだ。山と谷を漆黒に塗りこめる闇が訪れる前の一瞬の出来事。山のシルエット、木々の姿と巨大な炎が見ている人間を見ている。
◆わずかな時間で、炎は小さくなり、それまで、ワラに包まれて見えなかった竹の骨組みが表れてくる。作り上げた人の労苦とともに炎に包まれ焼けていく。7階建ての建物と同じ大きさとか。近づきがたく、実際、近寄れなくて、するめを焼こうとした娘たちはあ然として火を見つめていた。来年は、少し観光化された「山古志の火祭り」ではなく、1月のどこまでもどこまでも雪一面の山古志で、地元の人の「さいのかみ」に行こうと思った。するめとお正月飾りと書初めの紙を持って・・・。体に炎の熱さを感じながら。
(Ayu.T)

「編集後記」(2008年)

VOL.8

この前の冬、私は突然の不安感に悩まされる日々を送っていました。不安は心を頑なにし、人の幸せを喜ぶことができないというひどく辛い体験をしました。そんな中で読んだ、ヘンリ・ナウエンの『放蕩息子の帰郷』という本が、救いとなりました。そこには、私の陥っている心の状態は自分ではどうすることもできないということが書かれていました。それはどんなに頑張っても自分ではどうしようもないことだったのです。大きな愛に身をゆだねるということは、小さな自分を手放すということ。「私の真の自己が、解き明かされて」いきますように。
(K.K)

VOL.7

秋風を感じて、夜は自然と虫の声に耳を澄ましている。月明かりの下で10月の第一週の『魂のこよみ』(高橋巖訳・筑摩書房)を声に出して読んでみる。

予感と憧れに誘われながら みずからの深みへ降りていく。
おのれを省みながら 自分を夏の日の贈り物と感じる。
今 私は秋の季節に 萌える芽となり 魂の熱い力となって生きる。
外側に開ききった感覚が少しずつ内側に向いてきている。「みずからの深み」へは、なかなか降りていけそうにもないけれど、夏の日に受けとった何かがあるとしたら、それが私の中で芽を出すという。厳しい冬に向かって、魂の熱い力そのものになって生きるとは? 首をかしげつつも、この言葉に励まされ、自分の内側で何かが反応しようとしているような気さえするから不思議だ。
(Ayu.T)

VOL.6

先日旅先で雷に遭った。と言ってもネパール人が営んでいるカレー屋さんの店内にいたのだが。梅雨にはまだ早い、バラの美しい時期だったので、時季はずれの雷雨を不思議な気分でながめていた。ふと、その日に見てきた可愛らしいバラの蕾のことを思い出しなぜ「カミナリ」に草冠をつけると「つぼみ」になるのだろうと思った。 ふっくらとしたバラの蕾を見ていると、心の中にぽっと明かりが灯ったような、なんともわくわくするような気分。それがバラの花でどんなふうに咲くのかわかっていても蕾の前に立つと、背筋がまっすぐになり厳粛な祝祭ムードになる。開いたばかりの花びらが初めて外界を見るように、私は花と対面する。バラの花に限らず、蕾とはそうした神秘にあふれていると思う。 その蕾と雷の関係が私にはトンと腑に落ちないまま、梅雨の時期をむかえた。やがてやってくる強い日差しに向けて夏の花々は準備を整え、木々の葉はいよいよ色を強くする。
(E.O)

VOL.5

ほっこりとふくらんだ土を踏みつけると、足元から春の香が立ちのぼってくるようです。地中にはまだ見ぬたくさんの種子が、厳しい寒さのあいだにためこんだ栄養と期待をふくらませ、光の誘いにあわせて姿を見せつつあります。先日、川沿いを歩いていたら、祠(ほこら)の近くが緑でいっぱいになっていました。数週間前までは日陰で雪が残っていたのに。今まで見えなかったものが目に映ると、それは突然生まれたように思えます。けれど、見えないところで、誰もが思いもよらない場所で、生命は着実に育っています。植物と同じように魂も。魂に彩りがあるとしたら、七色どころか多彩なヴァリエーションで少しずつ変化していくので、まわりの者も、本人すら気づかないことがあるのかもしれません。以前の色を脱ぎすて、新しく自分の内から染めあがってきた色彩の衣を、この季節、みながまとおうとしています。
(M.E)

「編集後記」(2007年)

VOL.4

残暑の影響で、今年の紅葉はどこも遅かったと聞いています。私の小さな庭でも、冬囲いを終えた木々の足元で下草が美しく燃えています。目に染みるような朱色や透きとおる黄色が、過酷だった夏の光の残照のように、静かな輝きを放っています。やがて雪がきて、それも埋もれてしまうでしょう。『指輪物語』のフロドの旅は冬から春へのクエストでした。光が失われゆく世界で、ガラドリエルからもらった、星の光をとじこめた小さなクリスタルを胸に、フロドは旅をつづけます。地上から色彩が絶えてしまう冬、私も心に、この染みるような光の残照をとじこめて進んで行きましょう。冬から春への神秘的な旅が、これからはじまります。
(K.K)

VOL.3

月の光を浴びながら感覚を研ぎ澄まし、月の音楽に心を躍らせ、月の匂いにうっとりする、そんな空想にふけりながら、身も心も微かな秋を楽しんでいます。新潟の秋から冬にかけては、笠井氏とオイリュトミー団ペルセパッサの公演やワークショップから高橋巖先生の講義へと続きます。宇宙空間に果てしなく広がった感覚は、少しずつ内側に向かいつつ、これから起こるであろう出来事への期待と予感に「湧く湧く」する思い。それは自分自身が求めているもので、求めているからこそ、いかに関わっていくのか? 自分自身に尋ねながらきたるべき晩秋と冬を待ちこがれています。
(A.T)

VOL.2

春に誕生してゆっくりと育まれ、生命を得た喜びでわきたつ「気」がゆらゆらと上昇して夏至を迎え、さらに夏の日差しの中へ充ち満ちていくのを感じます。互いに響きあうように流動しているその「気」は、すべてのものの上に降りそそぎます。慈雨のように。私たちの心情が、充実しているときも、空白なときも、そして嵐の日も凪の日も、変わらずにひたひたと包んでくれるような「優しいもの」。それは、つかみ取ろうとしてもつかめず、見ようとしても見えないけれど、でもしっかりと存在していると「信じられるもの」。感謝しつつ、日々の生活を思索し自分自身に向き合うとき、人やものとの出会いから何かが生まれます。春号に続き、「プレローマ」夏号をお送りします。
(E.O)

VOL.1

2007年度・春号から通信の名称が変わります。「ティンクトゥーラ・虹」から「プレローマ」への架け橋は、途切れることなくつながっていきます。「虹」は透明な色光、プレローマは世界に満ち満ちている「氣」です。透明でありながら、虹が私たちの眼に映じるように、氣もまた見えることなく私たちをいつもとりまいています。かつての神々の息吹の名残りとして、地上でともに生きる動物や植物のエネルギーとして、そしてコミュニケーションする人々の間に交わされるものとして。発信し、受けとるやりとりの中から、ある感情や思いが連動していった先にプレローマの状態が生まれます。ときにどこか欠けた一片を求め、あるときにはこぼれるほど溢れながら、プレローマは育っていきます。つながって下さっている方々に感謝をこめて、ここに第一号をお届けします。
(M.E)