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人の話
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ある地域で、鹿が開発によって住む所を追われ、食べ物が少なくなり、数が減ってきているということを知り、鹿を守る運動を始めた人達がいました。
その人達がしたことは、食べ物が少ないからと、食べ物を与え、数が減ってきているからと、鹿を襲う他の動物が入ってこられないようにしました。
しかし、そうしていった結果、さらに自然環境を悪化させてしまい、鹿を苦しめることになりました。
結果が失敗だったから、その人達は間違っているということではなく、はじめから「鹿がかわいそう」という自分の思いを満たそうとする行動しか起こしていないところに問題があります。
鹿のために行動しようとするなら、鹿は、どのような生き方をしている生き物なのか、そして、森の中は、どのような生態系で成り立っているのかを理解し、森の中の生態系の一つとして鹿が生きていけるためには、開発をどこまでして、どこまではいけないのかも含め、人はどのような環境をつくっていけばいいのかを考えられなければなりません。
しかし、そうしたことをしていける知識を学ぶことなく、見たまま知っているだけで理解しているつもりになっているため、自分の考えの中に鹿や他の動植物、環境づくりのことが出てくることはありません。
考えられることは、「食べ物が少なく、数が減り、鹿がかわいそう」という自分の思いだけのことしかありません。
自分が考えようとする鹿のことではなく、「かわいそう」という自分の思いを満たそうとする考えしかできず、鹿のことや他の動植物、環境づくりのことを無視した行動を起こしていました。
そしてその後も、自然環境が悪くなり鹿が苦しむことになった、その環境はそのままで、鹿だけを自分達の手によって生きやすくしていった結果、鹿の数だけが増え、生態系が崩れる速度が速まり、さらに自然環境を悪化させてしまったことに、解決策を見出そうとしますが、考えることはできません。
鹿のことなどを学び、理解し、考えた行動ができないために、「自分達は他にどうすれば良かったのか」「なぜ自分達のやったことが、ここまで悪化してしまうことになったのか」「自分達はこれからどうしていけばいいのか」ということを考え、反省し、償うことはできません。
その人達はただ、「鹿を保護しようとして、こうなってしまった」と言い続けるだけでした。
このようなニュースを見て、「自然の中に人が入れば不自然になり、自然を壊してしまう」と言う人がいます。
人は、そのような生き物ではありません。
人は、他の動植物とは違う特殊な生き物ではありません。
間違った考えをし、間違った行動を起こす人が、自然を潰すのです。
人は、森を見、鹿を見ただけで理解できる生き物ではありません。
知識ではなく、知っているというだけでは行動に移せません。
たとえ何年、何十年と見てきたとしても、それで鹿のことを考えられ、保護でき、共存できる行動を起こせる生き物ではありません。
それをできると思い、行動に移すことは、人という生き物に反した行動であり、不自然な生き方をすることになります。
そのような、人に反し、人として不自然な行動を起こせば、潰してしまうのは当然のことです。 |
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