向かいあう

褒める人 おだてる人

 褒めて育てることは大切なことと言われますが、「褒めて育てる」を「おだてて育てる」と
間違って行動する人がいます。

 褒めて育てるという行動は、子供がわずかでもできるようになったこと、その知識
それを得るまでに努力したことを褒め、その素晴らしさを伝える行動です。

 子供は、学び、できることの素晴らしさを学びます。
 そして、自分の学び得る行動と自分の学び得たものを大切にしていき
そうした自分に自信を持ちます。

 おだてて育てようとする人は、現実に存在していない望ましい姿を子供の前に出し
「これが本当のあなた」と言えば、子供が、この姿にならなければ「落胆される」「否定され
る」「認められない」と思い、否定されないため、認められるために、その姿になろうとする
と見越して、そのような言動を起こす人です。

 そうして子供に対する自分の思い、期待、要求を満たせるように
やらせようとする人です。

 例えば、テストで60点を取った子供に、100点を取って欲しいと思い、取れるように
頑張らせようとして「あなたはやればできる子、頭の良い子なんだから、頑張って100点
を取ろうね」と言い、愛する行動を起こして、勉強をやらせようとする親がいます。

 目の前の60点を取った子供を見ていません。
 ですから、実際には現実の子供に愛を向けていません

 100点を取れる存在を見て、愛する行動を起こしており、このような人が起こしている愛
する行動は、「あなたのためと思って言っている親の思い、期待、要求に応えようとして
頑張り100点を取る存在は、これだけ愛され、認められる」ということを、60点の子供に
教えようとするものであり、偽りの愛です。

 子供の存在を無視し、認められる存在を愛し、「これが欲しければ言う通りに認められ
る存在になりなさい」と言うことと同じであり、見せかけの愛です。

 偽りの愛を見せ、行動自体を出し、それで子供が100点を取れば、「それが親の信じて
いた通りのあなた」と喜び、認め、愛する行動を起こしていれば、子供は
「60点の自分は100点を取るために頑張る存在」「足りない未熟な存在」と
60点の自分を受け止められず、否定し、「100点を取る自分が、完全に愛され、認めら
れる自分」と、親から学んだ通りに考え、感じるようになります。

 そして、自分のやっている勉強のことを理解した行動は起こせず、100点を取る愛され
認められる存在になるための行動を起こすようになり、その存在があるべき自分の存在
と考え、その存在から自分の存在、努力、頑張りを評価するようになります。

 こうして子供も自分自身を見られなくなり、愛され認められる存在になっている自分しか
大切にできず、結果が100点から遠のくほど「愛されない自分」「認められない自分」
「足りない自分」と感じる思いが強まっていきます。

 おだてて偽りの愛を見せ、望む存在、望む結果になるように行動自体をやらせようとす
るのも、実際に否定をし、やらせるのも、中身は同じです。


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