いじめ

心のない大人と子供

 イジメをしている人に「イジメは悪いことと思いますか」と聞けば
「悪いことと思う」と答えます。

「イジメをすれば、相手が苦しむということは分かりますか」と聞けば
「分かる」と答えます。

「イジメは悪いこと、相手が苦しむことと分かっていて、なぜイジメをするのですか」
と聞けば、「分からない」と答えます。

 それ以外の答えでは「あいつが、はっきりしないから」「しんきくさいから」など
相手のことを出し、理由にする人がいます。

「はっきりしない」「しっかりできない」
 これも弱さです。
 それを見てイジメをする人は、自分が幼い頃から親に同じような弱さを否定され
弱者にされたことを無意識の中で見ることになるために、感情が乱れてしまい
不安定になる自分を満たそうと、強者の行動を起こすのです。(後に詳しく説明します)

 このことはイジメをしている人自身、意識の中で分かっていることではありません。
 意識の中では「あいつを見ていると、何かイラツク」というようなものしかありません。

 さらに、イジメを受けている人が「しっかりできない」ことや「毅然とした態度がとれない」
ということで、イジメを正そうとする人の中に「イジメられる方にも問題がある」と言う人が
います。

 しっかりできないと言われるその人が、自分の意見をもっとはっきりと言えるようになり
たいと思うなら、学び、努力しなければならないことがあります。

 しかし、そのこととイジメとは何の関係もなく
イジメを受けている人には、イジメという行動に対して何の原因も責任もありません。

 イジメられる方にも問題があると、そのような考えをする人は「弱さがあれば否定されるも
の」と考える人であり、イジメをする人と同じようなひどい親に育てられ、間違った教育を
受けてきた人です。

 ですから、イジメを正そうとする自分自身のこともイジメをする者のこともイジメを受ける者
のことも、自分の中に出てくることはなく、相手の弱さにも責任があるかのような考えになり
言葉にできるのです。

 イジメをする人は「それは悪いこと」「相手が苦しむこと」と知っています。
 しかし、「なぜするのか」「どうすればいいのか」ということは分かっていません。

 それは、イジメというものの「うわべ」のことは知ることはできても、イジメをする自分自身
のことは理解しておらず、考えられていないということです。

 そして、イジメを正そうとする人も「イジメは悪いこと」「相手が苦しむこと」と知っていても
「なぜするのか」「どうすればやめるのか」ということは分かっていないのなら、イジメをする
人が学び、理解しなければならないことを理解していないということであり、伝えられるもの
は何もないということです。

 それでは正すことはできません。
 正そうとする自分のことができません。

 他者を正そうとか、何かを伝えようとする時に自分が学び、理解していくことは
理解しようとする相手のためでも誰のためでもなく、自分がしようとすることを考え
行動に移せるようになるために必要なやるべきことであり、すべて自分自身のことです。
 理解していなければ、自分が考えることができず、動けません。

 それでも行動を起こそうとする人は、必ず他者に間違った行動を起こしてしまいます。 


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