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虐待
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トイレでする正しい教育がなくても、子供を否定し、愛を切り、脅すことを繰り返しているう
ちに、子供は、「トイレですれば否定されない」「愛される」ということが分かり、そうした理由
でトイレでするようになりますが、それは自分の行動ではありません。
親にトイレでする行動自体をやらされています。
トイレでする理由が、その行動の本来の理由ではなく「そうしないと否定されるから」
「愛を切られるから」というものなら、見た目は正しい教育を受け、自分の考えで行動してい
る子供と同じようにトイレでしていても、実際に起こしている行動は「親に愛されるため」「否
定されないため」の行動を起こしており、親からの否定を恐れ、やらされている行動を起こ
しています。
自分の考え、行動ではありません。
自分が起こしているトイレの事を考え、行動していません。
親からの否定を考え、行動しています。
こうして、トイレでする本来の理由を伝え、子供が学び、理解し、考え、行動するようにな
るより、かなり時間をかけて子供を苦しめ、子供の学び、理解し、考え、行動していく力を失
わせていき、子供からの信頼を失っていきます。
間違った教育を受けた親は、子供が自ら親に「愛されよう」「認められよう」「否定されない
ようにしよう」と考え、言うことを聞けば「親としての自分の存在を認めている」「自分は子供
に信頼されている」と感じ、そう考えますが、実際には、子供が親に「愛されよう」「認められ
よう」とするということは、親を認めているのではなく、親を信用、信頼していないということ
で
す。
「この親は、自分自身ではなく、認められる存在しか愛さず、その存在でなければ自分を否
定し、愛を切ってくる」という考えを持っている子供が、「親に愛されよう」「認められよう」と
す
る行動を起こします。
すべて条件付で愛されていると、親の言動をそのまま受け、そう信じます。
それは子供の誤解や思い違いで、そのような考えを持つことはありません。
無償の愛に触れたことがなく、親に不信を抱いている子供が、親に愛されようとします。
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