行動の理由

正しい教育と間違った教育のたとえ
           
            正しい教育のたとえ

 子供に足し算を教えるなら、1+1という問いの答えは
どうして2になるのかを教えなくてはなりません。

「+というのは加えるということで、1に1を加えて2になる」ということを教えれば
子供は、それを学び、理解し、考え、2と答えられるようになります。

 こうしたことは、親や誰かの言うことを聞いたのではなく
自分が学び、自分が理解したことを、自分で考えた、自分の行動です。

 そうして教育を受けた子供は、7+2や3+6など
その式自体は初めて見るものでも、自分で考え、答えていけます。

 このような子供が、足し算を理解している子供です。


            間違った教育のたとえ

 子供に足し算を教育しようとして
「1+1という問いに、2と答えることは正しいこと。
2と答えないことは、否定されるダメなことだから、2と答えなさい」
と言うだけのものなら、それでは子供も誰も足し算のことは理解できません。
 足し算のことは学んでいないのですから、理解し、考えることはできません。

 そうして学べずに子供が答えられないでいると、今度は答えられないことを
子供の弱さと見て、子供自身を否定し、愛を切り、こんな思いをしたくなければ
2と答えなさいと脅します。
さらに、世間からも否定されると教え込み、2と答えさせようとします。

 それで子供が、そんな思いをさせられたくないために
自ら1+1を2と答えるようになっても、足し算は理解できていません

 1+1を2と答える理由が、足し算から目を離し、親や世間の方を見て
「そう答えなければ否定されるから」「愛を切られるから」「周りからも否定されるから」
というようなものなら、2と答えることは、否定をなくすための考え、行動であり
親や世間からの否定を恐れ「1+1=2と答える」という行動自体をやらされています。
足し算を理解しておらず、自分で考え、答えていません。

 このような子供は、1+1を2と答えられても、1+2や3+6など初めて見る形は
答えることはできず、考えられることは
「否定されないために、認められるために、どうすればいいのか」
というようなものしかありません。

 そして、親に「1+2は3と答えなさい。それは正しいこと」と言われれば
自ら「そうすれば否定されない」「認められる」と考え、1+2を3と答え
それで「自分は足し算を理解し、考えられている」となってしまいます。

 足し算をしているつもりでも、実際には「否定されないための行動」
「認められるための行動」を起こしており、足し算はしていません。


トップへ
戻る
前へ
次へ