鮮やかに残る、あの熱さと優しい笑顔
箱に詰めて、大切に大切にしまっておいた、あの日の記憶
今、キミに届けよう
なぜ、どうして、何故に。
「―――アンタがいるのよ……」
軽く手を上げて近づいてくる忍足には言った。
怒鳴らなかったのは、驚きの方が強かったから。
「今日一緒に帰る約束してたやん。ほら、の鞄」
「してない。そうじゃなくて、私が訊いてるのは、アンタがどうしてここにいるのかってことよ」
鞄を受け取りながら、は忍足を見上げた。
身長が高いから首が痛い。
まだ中学生のくせに氷帝のテニス部員は育ちすぎだ。
忍足は、ちょっと悪戯っぽく笑った。
ものすごく楽しそうな表情にのぴくりと片眉があがる。
「何でやと思う?」
「質問してるのは私。はぐらかさないで早く答えて。……まさかを脅したりしてないでしょうね」
じろりと睨みつける視線を、笑顔で受け止める。
「俺には愛のアンテナってのがあってな。どこにおってもの居場所が判るねん。
つまり愛の成せる業ってやつや」
「……真面目に答えないと怒るわよ」
「俺はいつでも大真面目やで?」
「どこがよっ!!」
思わず叫んでしまい、は慌てて口を押さえた。
そろりと周囲を見回と。
廊下を歩いていた数人の入院患者たちが驚いて立ち止まっている。
おまけに先程の看護婦たちは、好奇心丸出しで忍足とを見ていた。
「病院内では静かにした方がええんとちゃう?」
「…誰のせいだと思ってんのよっ」
笑いを押し殺して言う忍足をは睨みつけた。
羞恥心から顔が真っ赤だったせいだろう。
忍足は堪え切れず、笑い出した。
「ちょっと笑わないでよ!」
「堪忍……っくく…っ」
「〜〜〜」
ツボに入ったのか、笑い続ける忍足のせいで。
さらに注目を集めてしまう。
「ちょっとアンタ、こっち来て!」
好奇心丸出しの視線に耐えかて、は忍足の腕を掴んで足早にその場を後にした。
****
「行っちゃった」
「……何でオレまで隠れなきゃなんねぇんだよ」
と忍足が廊下の向こうに消えた後、跡部とが柱の陰から顔を出した。
忍足に任せたものの、どうしても気になって仕方がないは病院まで来てしまったのである。
引退した日から一緒に帰るようになっていた跡部つきで。
そして、
病室を探してる最中にと忍足を見つけ、反射的に柱の陰に身を潜めて成り行きを見守っていたのだ。
「どこに行ったのかな?」
「さあな」
「屋上だったらどうしよう」
「何でだよ…?」
「がオッシーを突き落としそうだから」
「………しねぇだろ」
「断言出来る?」
不安げに見上げれ、ちょっと返答に詰まる。
「そこまでもキレてねぇだろ。……多分」
「……そうだといいんだけど」
妙な沈黙が二人の間に降りた。
という少女。
普段は物静かな優等生なのだが、時々恐ろしく感情が起伏することがある。
それは親しい間の人間しか知らないことなのだが、はっきり言って怖い。
『喜』の感情ならまだしも、一番恐ろしいのは『怒』の感情だ。
もちろん犯罪まではいかないが、何をされるか判らない。跡部に怒鳴られる方がまだマシだった。
が図書室を出て行った後、は二通メールを送った。
一人は、叔父である律に総一の容態を聞くために。
もう一人は、忍足に。
あの時は、忍足に行ってもらうべきだと、そう思ったのだが…。
真っ赤になって怒っていた親友を思い出し、は思わず身震いした。
「やっぱりに怒られるだろうな、あたし」
「……」
「オッシーも生きてるといいんだけど」
「突き落とされてもアイツなら這い上がってくるから平気だろ」
「それ、人間技じゃないよ」
「ああ見えてウチの天才なんだよ。忍足は」
「……」
褒めているのか貶しているのか。
フォローなのかフォローでないのか。
イマイチ判断に悩むが、跡部は真顔なので突っ込むのは止めておく。
「オイ。もう用がねぇなら、帰るぞ」
「……うん」
さっさと踵を返した跡部に付いて行きかけて、立ち止まる。
やっぱり自分にも非があるので、忍足が無事であるように祈るぐらいしないと可哀想に思えた。
忍足たちが消えた廊下に向かって、「ごめんね」とは合掌した。
****
一方、の勘が的中したのか、と忍足は屋上にいた。
―――そして。
「。ちょ、ちょお落ちつこや?!」
「うるさい」
「ぐえ」
突き落とされはしていなかったが、首は締められていた。
漸く開放され、忍足は肩で息をした。
「……マジで去年逝ってもた祖父さんとご対面するかと思た…」
「アンタがつまらない事ばっかり言うからよ」
思いの他、力が強かった。
どうやら、それほど本気で怒ってたらしい。
言い放つ彼女の声音と睨みつける視線は、恐ろしく凶暴だった。
「もう帰って」
「いる理由言わんでもええん?」
「アンタの相手してて疲れたから、もういいわ。じゃあね」
は踵を返したが、ふと立ち止まり、肩越しに柵にもたれてる忍足を見た。
そして、忍足とは視線を合わせずに、
「……鞄、ありがと」
ぽつりと言った。
それは、小さな小さな声。
けれど、忍足にはハッキリと届いた。
眉を寄せて、でもどこか照れくさそうな表情に、忍足は自然と口が綻んだ。
胸に沸き起こった感情は、恐らくあの日と同じもの。
もう、いいだろうか? 閉まってあった箱を開けても。
―――前だけを見ていた彼女の腕をとっても。
出て行こうとする背中を眺めながら、忍足はゆっくりと口を開いた。
「あの日は、真夏や言うてもお釣りがくるくらい暑い日やったんや」
静かな声。
今まで聞いたことがないくらい、静かで穏やかな声だった。
思わず、はノブから手を離し、忍足に向き直った。
「あの日?」
「俺が初めてを見つけた日」
「変なこと言うわね。アンタと逢ったのは二週間前でしょう? といいアンタといい…一体何言い出すのよ」
「二週間前は、が俺を見た日。俺が言うてんのは、『俺がを見つけた日』のことや」
は不思議そうに忍足を見た。
「ちょお昔話でもせぇへん?」
そう言った忍足の顔には、いつもと違った笑みが浮かんでいた。
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