邪悪王の闇の城

高野一巳



16 邪悪王とのたたかい

その通路の奥に、黒い塊が揺れ動き、何かの形をとり始め、やがて、ギザギザと凶々しい背もたれの真黒い椅子の形になった。 そして、そこに座る人の形が浮かびあがってきた。冷たく鋭く光る目があるばかりで、全身が真黒だった。いや、闇そのものだった。これが邪悪王か。
「よく来たな、ディーン。待っていたぞ」

地獄の底の方から吐き出されるようなおぞましい声が響いた。闇の顔に血のような色の裂け目のような口が笑った。
「ここまで招き入れたのは、これまで4人いた。やつらは、城を守る怪物を打ち破って勝ち進んだと思っていたようだが、選りすぐりの悪のエネルギーに満ちた男を俺が選んだだけだ。そのエネルギーを取り込み、より大きく生まれ替わるためだったのだ。それに奴らは、命と欲を引き換えにすれば、何でも言うことをきく。」

ナムル、ガイ、ユナ、ディーンは無言だった。心の中にざわざわと、恐怖、憎悪、憤怒、怨み、哀しみ、さまざまな負のエネルギーが巻き起こってきたので、それに対抗することに必死だったのである。
ナムルは、必死にこらえた。ディーンを救いたいという気持ちにすべてを集中させるように努めた。
ガイは、強く大きなものに挑む気概を持って、立ちのぞみ、心身ともぐっと引き締めた。心の奥底から、ふつふつと自信のようなものが沸いてきて、心は波1つ立たない湖の水面の ようになり、落ち着いた。そして、周囲に気を配り、ナムル、ユナ、ディーンを守ることに集中した。
ユナは完全に自分の心をブロックした。しかし、ナムル、ガイ、ディーンとの心のつながりは保ち、彼らを精神的にバックアップするように集中した。
ディーンはこれが自分の恐れていたものの正体かと思った。これが自分自身なのかとも思った。 自分自身に向き合ってみよう。自分自身を受け入れるように努めてみようと決心した。 ナムル、ガイ、ユナの支えを、つながりを心強く感じていた。

「しかし、今回はすんなりと俺の防御をすりぬけてきたようだな。」邪悪王は言った。
「俺を倒す意思を感じないのは奇妙だが、ディーンをここに届けてくれたことには礼を言っておこう。
よく来た、ディーン、お前を歓迎する。自分自身だからな。これで落ち着ける。誰にも邪魔されずに、これですべてを終わりにできるのだ。さあここに来るがよい。もうすぐ俺の復讐は完成する。 復讐を果たし終える時、自分が分裂したままだったら、心が残ってしまうところだった。 もうすぐ、この世界は闇に堕ちて、消滅してしまう。それとともに俺も永遠のやすらぎが得られるのだ。」

「いけない。消滅させてはいけない」ディーンが言った。力強い声だった。
「それでは永遠のやすらぎどころか、地獄だよ。 苦しみから永遠に逃れることができなくなる。永遠に救われなくなってしまう」
「そんなことはない。俺を苦しめている元凶を滅ぼすのだ。それを滅ぼせば、すべては終わるんだ。 俺は俺を否定し続けた世の中が憎い。俺を苦しめ続けた世の中が憎い。俺は苦しくて、苦しくてたまらない。もう終わりにしたいのだ。 これは俺を否定し、苦しめてきたものへの復讐だ。復讐は苦しみからの解放だ。人間も世界もすべてを滅ぼしてやる」

「人間や世界を滅ぼせば、自分も滅ぶのだぞ。自分もその1部なのだから。自分は世界と、もともとつながっている存在なのだから」 ディーンはしっかりと邪悪王に向き合っていた。

「俺が滅ぶのは望むところだ。人間も世界も俺ももとより存在する価値などない。人間がどんなに愚かなものか教えてやろう」

邪悪王は、ディーンの目をおもしろがるように覗きこんで笑い、語り始めた。
「人間は豊穣の神の木のおかげで、豊かな恵みを受けて幸福に暮らせてきたはずだ。ところが、人間どもは豊穣の神の木に対する感謝を忘れ、恵みを与えてくれるのが当たり前と思うようになった。 豊穣の神の木に依存し、求めてばかりで、自分で努力しないで、思うものを与えられないと、神のせいにして責める。そればかりか、自分勝手な思いを果たすために、支配しようともしたのだ。

豊穣の神の木は人間の思いを吸収して、それを働かせ他の精神エネルギーや自然エネルギーに作用して、その成果を人間に還元するという循環のしくみになっている。 だから、良い思いを人間が発すれば、良い成果をもたらしてくれるけれども、人間が悪い思いをもてば、悪い成果につながってしまう。 人間どもが苦しんでいるのは、自分たちのせいであることを知らないし、気付こうともしないで、嘆いてばかりいるだけだ。愚かなものよ。

悪い思いは悪いものを引き寄せる。俺は豊穣の神の木に引き寄せられ、合体して、闇の帝王となった。俺が極限の悪い思いを持っていたからだ。 闇の帝王となって俺の復讐が始まったのだ。俺に極限の悪い思いをもたせたのは人間どもだ。 人間どもが俺を否定して俺を排除しようとして、俺を苦しめたからだ。 元はといえば、みんな人間どもが悪いのだ。今人間どもが苦しんでいるのは、本当は自分たちのせいであることを知らないし、気付こうともしない。
そんな愚かなものに、存在する価値などない。人に苦しみを与える悪いものは、滅びるべきなのだ。だから、俺が鉄槌を下す。これは正義だ」

「そういうからくりだったのね」ユナが言った。 邪悪王がユナを睨みつけたが、ユナはかまわず先を続けた。
「私たちの世界のすべては、つながりあい、互いに影響しあい、支え合い、バランスを保ちながら、存在しているのよ」

ナムルはラルウの道場での老人の言葉を思い出していた。そのバランスが崩れていると老人は言っていた。 ユナはさらに続けた。
「豊穣の神の木は、世界中のエネルギーを循環させ、バランスをとる重要な働きをしている。心臓のようなものね。 この世界は、正のエネルギーと負のエネルギーがバランスを取り合うことで存在している。 バランスが取れているのが良い状態なのよ。バランスが崩れれば、悪い状態になってしまう。 人間はどうしても負の精神エネルギーをもつ傾向があるわ。人間はもともと不完全で間違いをどうしても犯してしまうからなの。 人間みんながそうなのよ。どんな偉い人、聖人でも例外はないわ。偉い人、聖人は、間違いにすぐ気付き何が正しいかを知り、すぐに間違いを正せる人なのよ。 でも、あまりにも負の精神エネルギーが偏りすぎてしまったのね。それで限度を超えてしまって分裂してしまったのよ。 そのために一方のディーンが闇になった。もしそうなら、もう一方のディーンには弱くなった光が宿っているはずよ。その光を復活させれば、世界をもとに戻せるわ」

「お前はよく知っているな」 邪悪王はユナに笑いかけた。
「この世界のバランスを崩したのは人間自身だ。 俺を分裂させたのも人間だ。 その報いによって、人間が苦しみ、滅びるのは当然だ。 それが、間違いを犯したものへの罰だ。 人間どもに存在する価値などない。 しかし、俺自身も存在する価値はないことはわかっている。 俺は望まれずに生まれてきて、母親にも人間どもにも否定され続けてきた。 俺は生まれるべきではなかった。そうすれば、こんなに苦しむことも、自分の母親を殺すこともなかったんだ。 世界が滅び、俺も滅ぶのなら、それでいい。 それですべての苦しみを終わりにすることができるのだ。 もともと、なかったことにできる。リセットできるのだ。」

「リセットなんてできない。世界は積み重なって出来ているからだ。過去に戻ることはできないんだよ。」 ディーンは邪悪王の目を見据えて言った。
「それに、罰は苦しめることが目的じゃない。 罰は間違っていたことに気付き、悔いて心を改めるためにあるんだ。 道を間違えていたことに気付かせ、正しい道に戻らせるためにあるんだ。 正義は悪を倒し、滅ぼすことじゃない。正すことなのだ。 悪そのものは決して滅ぶことはないんだよ。 それに、すべてを終わりにしても苦しみは消えない。 かえって、永久に苦しむことになるんだよ。 苦しいからと死んでも、苦しいままだ。何も解決しないからだよ。 世界は決して終わることがない。 苦しみを永遠に閉じ込めた闇の世界になってしまうだけだ。 それはとても不安定な混沌とした世界だ。苦しみに満ちている。 苦しみは出口を求めて暴れるが、出口はないんだよ。 その苦しみは、実はバランスを復元しようともがく力なんだ。 道を与えてやってこそ、光に導いてこそ、苦しみは消えるんだ。 今なら、まだ引き返せる。 生きてさえいれば、幸せになれるチャンスはいくらもあるんだ。 でも、死んでしまったら、永久に幸福には、なれない。 自分で幸福への道を閉ざしてしまうことになる。 自分で苦しみの終わらない道を選んでしまうんだぞ。 僕と行こう、新しい道へ一緒に踏み出していこう。」

邪悪王は椅子から立ち上がりながら言った。
「お前は、あの苦悩の日々を、つらかった日々を忘れたのか。 あの怒り、あのくやしさ、あのつらさ、あの哀しさ、 あの寂しさ、あの心細さ、あの憎しみ、あの怨み、 あの冷たさを思い出せ。 ずっと、存在を否定され続けてきたんだぞ。 母親にさえ否定されたんだ。 俺に生きる資格はない。幸福になる資格もない。 そんな道はもともとないんだ。」

「生きてもいいんだ。幸福になってもいいんだ。 いや、生きなくてはいけない。幸福にならなくてはいけない。 なぜなら、今ここにこうして生きていること自体が、生きる価値がある証だからだ。 そして、幸福になることが、生きることの目的だからだ。 自分の本当の心に耳を傾けてよ。 苦しみこそが、心の底で強くそれを願っている証拠なんだ。
僕はお前で、お前は僕だ。僕は、生きていたい。幸福になりたい。憎しみ、怒り、哀しみ、苦しみ、つらさ、寂しさ、これらはすべて自分が、生きたい、幸福になりたいという気持ちがあるからこそ生まれてくるんじゃないのか。 そうなりたいのに、そうなれないから、苦しいんだ。 そうならないのがこわいから、逃げているんだ。 できないことをこわがり、傷つくことを恐れている。 でも、それではいつまでも道は開かない。前に進めない。 自分が生きていたいから、自分が幸福になりたいから、 他の人たちを利用したり、犠牲にしたり、傷つけたり、 殺したりするんじゃないのか。 死にたいというのも、生きたい気持ちが強いことの裏返しなんだ。 生きたい、幸福になりたいという自分の気持ちに応えられない自分がいやなんだ。 誰かに受け入れてほしい、認めてほしい気持ちが強いから 寂しいんだ。
自分と向き合おう。僕と向き合おう。自分の心に素直になろう。 そうすれば、今まで知らなかった自分に気づけるかもしれない。 自分に自信がもてないのも、自分を好きになれないのも、 自分から逃げているからじゃないのか。 自分を信じて。僕を信じて。自分と向き合おう。僕と向き合おう。僕の言葉を聞いて。 生きていたい。幸福になりたい。この気持ちに素直になろう。そして、一歩踏み出そう。」

邪悪王は、ディーンの前に立ち、睨みつけた。
「お前はそういうが、今までいくらそう思っても報われることはなかった。 しかも、俺は自分の母親を殺してしまったんだぞ。それでも幸せになれるのか。 母親は俺を否定し続けたんだ。生まれた時から俺はいつも邪魔にされた。いじめられ、殴られ、何度もひどい目にあわされ続けた。 母親は俺だって幸福に生きたいのに邪魔した。だから殺したんだ。しかたがなかった。俺には幸せになる資格なんてもともとない。俺は生まれてきてはいけなかったんだ」

「おかあさんも生きるのに必死だったんだ。 おかあさんは貧しかったんだ。おかあさんも苦しかったんだ。 生きるために身まで売らなければならなかったんだ。」

邪悪王はディーンに詰め寄った。
「そうだ、そのせいで、父親のわからない望まれない俺が生まれたんだ。もともと、俺には生まれる資格もなかったのさ。 母親に愛されたことはなかった。生きていく価値なんかない。誰からも邪魔もの扱いだ。 母親を殺してから、それは決定的になった。世界は俺の存在を忌み嫌った。俺はずっとひとりぼっちだ。 俺は誰も信じない。人間なんて誰も信じることなんかできない。 人間は俺を排除しようとした。俺を苦しめた。人間は冷たい。すべての人間が敵だ。 俺をこんなにしたのは人間どもじゃないか。 俺は人間が憎い。すべての苦しみの元凶だ。 母親を追い込んだのも人間どもじゃないか。 俺は人間どもを許せない。」

「人間は、生まれる前からみんなつながっているんだよ。」 ディーンは静かに、しかし力強く、邪悪王に語りかけた。
「今ここにこうして生きていられるということは、 これまで世界や誰かに支えられてきたからだよ。 今もいろんなものに支えられて生きていられるんだよ。 ここに存在していること自体、存在を認められているということなんだ。」
「こんな俺でもか。」
「そうだよ。人間は決してひとりでは生きていけない。 この世界のすべては、はじめからみんなつながっているんだ。もともと1つなんだ。もともとひとりじゃないんだよ。 みんなもともと仲間なんだ。人間もあらゆる生命も、大自然も。すべてがもともとつながりあって、支え合って生きているんだよ。 僕たちはみんな1つにつながっている。みんなが大事なかけがえのない部分なんだよ。 みんな影響しあい、関わりあっているんだよ。だから、みんなの役に立つものは大切にされるけど、みんなに害を及ぼすものは排除されるんだよ。 お前は、人間が自分に害を及ぼすから、人間を排除しようとしている。 他の人間たちも、お前に生きることや幸福になることを邪魔されたから、お前を排除しようとしたんだ。 自分が不幸なのは、苦しいのは誰のせいでもない。自分が招いているんだ。 お前も人間も互いにやりかたを間違っていたから、どちらも罰を受けて、苦しむんだ。 でも、もう十分苦しんだ。間違って、苦しんで悔いたなら、正しい道を求めて、改めていけばいいんだよ。 最初は誰にも認めてもらえなくても、 誰かを幸福にしてあげれば、そのために役立ってあげれば、 自分も幸福になっていける。 生きることを支えてあげれば、生きることを支えてもらえるんだ。それが本当の生きるということじゃないのか。そこに本当の幸福になれる道があるんだ」

「でも、俺は母親を殺してしまったんだ」 邪悪王は首をうな垂れ、力なく首を横に振った。

「もちろん、その罪が消えることはない。一生かけて償っていかなくてはならない。間違えた道を一生かけて修復していくんだよ。 おかあさんに僕を生んだことを後悔させないように、生きていこう。 幸福になった姿を見せてあげることがおかあさんのためになるんじゃないのかな。それが、何よりの償いになるんじゃないだろうか。 人を喜ばし、より多くの人たちを幸福にすることを、そのために役立つことを一生懸命地道に積み重ねていくんだ。 それが、自分の本当の幸福にもつながっていく。実はこれこそが本当に生きるということじゃないだろうか。 人間はみんなこうやって生きていくべきなんだ。そうすれば、みんなが、幸福になっていけるんだよ。 自分が本当に幸福になりたいのなら、みんなを幸福にしてあげることだよ。他の人を幸福にしてあげれば、自分にも幸福が回ってくるんだ。 みんなを幸福にしてあげれば、みんなとつながっていける。 みんなに支えられて、助けられて、みんなと一緒に幸福になれるんだよ。 決して、ひとりじゃないんだよ。 信頼や愛というのは、相手を大切に思い、守ってあげたいという気持ちじゃないだろうか。 互いにそれを持ちあうことができれば、もっと大きな幸福が生まれる。 人間はみんなつながりあって、支え合いながら生きていくものだからだ。 人間はもともと不完全だ。間違わない人間はいない。でも、間違うことは決して悪いことではない。 間違えば直していけばいいいんだ。学んでいけばいいんだ。 いけないのは、間違いを直す努力をしないことだよ。 さあ、僕といっしょに歩みだそうよ。 いっしょに生きよう。そして、いっしょに幸福になろうよ。」

ナムルたちのディーンは、邪悪王に救いの手を差し伸べた。 ナムルはその手を見て思った。 邪悪王は自分の大切なものを奪い去ろうとした。憎しみ、怒り、怨み、おぞましい負の精神エネルギーが自分の心に湧き出してくる。それは苦しみを生みだす。 でも、邪悪王も苦しんでいる。それを知り、それを救おうという気持ちが、結局自分たちを苦しみから救うことになるのではないか。 彼のために今、自分が出来る限りのことをしてあげよう。それが、もしかしたら「許すこと」につながるのかも知れない。 「許し」その言葉が浮かんだ時、ナムルは心の中が次第に澄みわたり、軽くなるような気がした。 邪悪王がもし、手を差し出せば、受け止めてやろう。

「変な知恵をディーンに吹き込んだのはお前たちだな。お前たちも俺の邪魔をするのか。ここまで来たのにせっかくだが、生かしてはいけない。俺の望みを果たすために」 邪悪王は、ナムル、ガイ、ユナに向き直り、邪悪な闇の翼を広げた。鋭い爪が冷たく光った。

「もう誰も殺させはしない」
ディーンはナムル、ガイ、ユナを守るように邪悪王である自分自身の前に立ちはだかり、立ち向かった。 ふたりのディーンの目と目が合い、視線がからみあった。 その時、ディーンを中心に、ナムル、ガイ、ユナの心は1つになった。 ナムルたちのディーンに揺らぎはなかった。ナムルたちのディーンの体があたたかく白い光に満ちはじめた。

「豊穣の神の木の光が復活したわ。あれは、ディーンの邪悪王も含めてみんなを思う心、やさしさが目覚めさせたものよ、きっと。」ユナは喜びにはずんだ声をあげた。

やがて、その白い光がまるでディーンの体から湧き出す泉のようにあふれ出した。 邪悪王のこうもりのような黒い翼に対して、ディーンの体から、天使のような白い翼が拡がり、白い盾のようになり、やがて、まるで母が幼子を慈しみ、やさしく抱くように、邪悪王を包み込もうとした。 だが、その白い翼は小さく弱弱しかった。黒い翼は激しくあらがう。羽が飛び散る。

それでも、白い翼は懸命に立ち向かっていく。 ナムル、ガイ、ユナはディーンを懸命に全力をこめてバックアップした。 すると、白い翼がぐんぐん大きく広がり、黒い翼を包み込んでいった。
「もう、ひとりじゃないんだ。仲間がいるんだよ」

邪悪王を白いあたたかい光が包んでいく。邪悪王の心にも、あたたかい白い光が流れ込んだ。黒いディーンは、とても暖かいものが心に流れ込むのを感じた。 とても暖かいものが体全体をやさしく包み込んでいく。
「何なんだ、この暖かさは」
自分はひとりじゃない。受け入れてくれるものがいる。黒いディーンは、今まで感じたことのないながら、どこかなつかしい安らぎと安心を感じた。そして、自分自身との一体感。 白いディーンは、しっかりといやだった自分自身と向き合い、受け入れたのだった。

黒いディーンの凍てついていた心の芯のどこまでも冷たい氷がその暖かさに触れて、溶けはじめた。その溶けた水がまるで涙となったかのように、黒いディーンの目から止めどなく、涙があふれ出した。白いディーンも泣いていた。

闇に覆われていた真黒い邪悪王から、洗い流されるように闇が剥がれおち、もうひとりのディーンの顔があらわれた。 ナムルたちのディーンがもうひとりのディーンをしっかり抱きしめた。 ふたりのディーンは共に白い光をいっぱいに放ちながら、 重なり合い、なお一層の輝きを放ち、やがて1つになった。 そこから、真黒い小さなかたまりが吐き出された。

もわもわした煤玉のようなものに凶刃のような目と裂け目のような赤い口があるだけだった。それが今は苦しみにゆがんでいる。
「リトルデビルだわ。ディーンにとりついていたのが、出てきたのだわ。やっぱり、これが正体だったのね。」
ナムルは、リトルデビルを初めて見た。
「リトルデビルって?。」ナムルが聞いた。
「人間の負の精神エネルギーから生まれるものなの。負の精神エネルギーを吸収して、大きくなっていくばかりか、どんどん増殖していく、たちの悪いものよ。悪が悪を引き寄せ、新しい悪を生んでいくの。」

そのリトルデビルは、急速に弾けて蒸発するように消えてしまった。 ディーンに巣食っていたそいつが、親玉だった。 それをきっかけに、まわりを埋めていた闇が次々と黒いしゃぼん玉が弾けるように消えていった。 たくさんの小さなリトルデビルが、連鎖するように弾け消えていくのだ。こうして、リトルデビルは消滅していった。


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