邪悪王の闇の城

高野一巳



14 それぞれの思い

ナムル、ガイ、ユナ、ディーンの4人は2頭の馬にまたがり、ナムルの村の邪悪の闇の城を目指して、先を急いでいた。 いくつかの町を通り過ぎたが、しだいに廃墟のような雰囲気が濃くなっていく。闇がどんどん、世界を食いつぶしていっているのがわかる。

ナムルはずっと考え込んでいた。ナムルは自分が、この旅を始めるきっかけとなった邪悪王への憎しみ、怒りのことを 考えていた。生まれて初めての激しい憎悪と怒りだったが、これに突き動かされて、ここまで来た。

しかし、そのそもそもの出発点は、大切な家族を、村人を、村を救いたい一心だった。 邪悪王を倒すことが、大切な人々を救うことになると思い込んでいたのだ。 いつのまのか、邪悪王を倒すことが目的となっていたのかも知れない。 ガイは人を殺してしまったことに深く傷つき悩んでいる。もし、あの時、ディーンを殺していたら、どうなっていただろう。 今のディーンを見ていると、やはりとても苦しんだにちがいないと思う。とても悔やんだことだろう。 結局殺しても、大切な家族を救うことができなかったのだから、これでよかった。大切な人たちを救い守ることこそが、最大唯一の目的なのだから。

でも、もし殺すことで大切な家族が救われたとしたらどうだったのだろう。僕にはわからない。 でも、今はっきり言えることは、この目の前のディーンも今、必死に救いを求めているということだった。 困っている者がいれば、自分のできるかぎり、助けてあげる。単純なナムルはこれしか思いつかなかった。 でも、ディーンを救うことが、大切な人たちも救うことになるのはわかった。ナムルにはそれ以外の理屈はいらなかった。 ナムルは、ディーンにこわい思いをさせたことを詫び、ディーンのめんどうをよく見るようになった。

ガイはあれ以来、ディーンに妙な親近感を覚えていた。似たような悩みを抱えて、苦しんでいる。どこか通じ合うところがあるような気がしていたのである。 ガイは人を殺した自分、人を殺すことが仕事の兵士である自分を受け入れることができずにいた。そして、傷付くのを恐れて、人の目や、自分に向き合うことを恐れていた。 ディーンは、憎悪や怒り、恨みに満ちたもう1人の自分に向き合うのを恐れて逃げている。 もし、あるがままの自分を素直に受け入れ、肯定することができたなら、そこに新しい自分が生まれるような気がした。 もちろん、自分の悩みとディーンのとでは、その内容が異なるだろうし、解決のしかたも違うのだろう。 また、同じような悩みだからといって、アドバイスできるものも持っていない。ただ、じっと見守っていてあげたい、そんな気持ちだった。

ユナは、いつも心をディーンに沿わせるようにしていた。何も聞かない。無理に心の奥に入っていこうとはしなかった。ただ、そばにいてあげた。何か言えば、それに応えてあげた。必要があれば、抱きしめてあげた。 彼の寂しさ、苦しさ、哀しさ、こわさが、痛いほど伝わってくる。ユナはそれをいっしょになって受け止めてあげたのだった。 おかあさんに守られて閉じこもっていたころには、自分を守るのが精いっぱいだった。心を開くのがとてもこわかった。傷つくのを恐れていた。 でも、自分の心を自分で守れるようになると、心に余裕ができ、相手を思いやることができるようになったような気がしている。 自分でも前より少し強くなったような気がする。これが自信なのかしら。 ディーンの心の奥底には、これまで体験したことのないほど危険な悪の精神エネルギーが渦巻いているのを感じる。それは死ぬかと思うほど、恐ろしいものだった。 でも、ディーンを守ってあげたい。守ってあげたいという気持ちの方が強くなっていた。 なぜなら、ディーンは、そのとてつもない恐ろしいものに立ち向かおうとしているのだから。

そんな3人に囲まれて、ディーンは、表情も態度も少し、緩んできたようだった。 ディーンには記憶がない。なぜ、こんなに苦しいものを抱えてしまったのかわからない。 これまで、ただただ、闇の底にうずくまっている感じだった。時折、自分自身が出てきて話しかけてくる。しかし、それが非常に恐ろしく、彼は怯えた。 自分がどこにいるのか。自分が何ものなのかもわからない。どうすればいいかもわからない。叫んでも、手を伸ばしても、誰も教えてくれない。誰も助けてくれない。 いつもひとりぼっちだった。どんなにつらくても、かなしくても、苦しくても、一人で耐えなくてはならなかった。心が押しつぶされてしまいそうだった。 そこに手を差し伸べてくれたユナ。理解してくれて見守ってくれているガイ。一生懸命、気をかけてよくしてくれるナムル。ディーンは少しずつ、力をもらっていた。自分で立ちあがる力をすこしずつ、ためていった。


prev * index * next