邪悪王の闇の城

高野一巳



11 ユナの挑戦

ガイたちは、川にはいなかった。川から遠ざかりながら、別の方向に迂回してナムルの村の方向に向かっていた。馬を2頭調達していたから、かなり距離を稼ぐことができた。ナムルもガイも馬に乗ることができたのである。 途中、山の中にほら穴を見つけ、そこで夜を明かすことにした。そこで、ユナが、Dと呼ばれる少年の心に迫る試みが行われた。

ユナはおかあさんのマリの言葉を信頼していた。おかあさんの言っていたこともわかったつもりだった。でも、やはり心を開くのはとても勇気のいることだった。 「少しずつでいい」とお母さんは言った。

おかあさんの選んだ2人は確かに、練習台にはちょうどいい。失敗しても、深く心が傷つくことはなかった。2人とも本当に悪意というものを持っていなかったからだった。2人とも本当に心の底から、ユナを大切にしてくれていることがわかった。おかげでかなり、心を開いたり閉じたりが自在にできるようになってきていた。

でも、Dと呼ばれる少年との接触は、ユナにとって大きな試練だった。 彼自身が心を閉じてしまっている。非常に冷たく硬い殻に覆われているようだった。そこに潜り込もうとすると、とてつもない苦痛が襲う。彼が拒否しているのである。 ユナは作戦を変えた。いきなり、潜り込もうとせず、まず彼の心に沿わせようと考えた。ありのまま、そのままの彼を全身全霊で感じようとした。

真っ暗闇である。何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。これが彼の心なの?これが彼が今感じていることなの?ただ、深い深い闇があるだけ。虚無ということ? でも、何かが動いている。何かを感じる。しかし、それに触れたとたんすさまじい恐怖がユナの心に流れこんだ。ユナは必死に心を閉じた。

ナムルとガイが心配そうに覗きこんでいる。
「大丈夫か」
「ええ。何とか。この子は何かをとても恐れているわ。その正体を確かめなくては。もう1度行くわ」

再び真っ暗闇。でも、今度は心の向けるところがわかっている。備えることもできる。

来た。恐怖が迫っている。ユナは腹の底に力をこめて、踏ん張った。 見えた。でも、どういうことなの。
「ユナ、大丈夫か。無理するなよ」ナムルが言う。

「大丈夫よ。素早く逃げるコツもわかったような気がする。 それより、彼が怯えているのは、自分自身なのよ。どういうことかしら」
「よくわからないけど」とガイは言った。
「本当の自分に向き合うのを恐れているんじゃないだろうか」
「自分に向き合うのを恐れる?」ナムルが言う。
「ああ、本当の自分を認めたくないのかもしれない。あるいは、本当の自分を知りたくないとか。 俺も、人を殺せない自分を認めたくなかったのかも知れない。そんな自分は兵士として世間から受け入れてもらえない。でも、自分は傷つきたくない。だから、俺は自分がたまらなくいやだったし、世間の目を避けたかった。結局、自分からも世間からも逃げていたんだな」
「それじゃあ、本当に自分と向き合い、受け入れることができれば、道が開けるかも知れないのね」
「わからないが、そうかも知れない」ガイは自信なげに言う。
「やってみる価値ありね。もう1度行ってくる。」
「無理するなよ」ナムルが言ってくれたが最後まで聞かないうちに真っ暗闇に入った。かなり自由度が上がったのか。ユナは少年の心に沿わせながら、自分の心を少し流し込むことを試みた。少年に心の中で呼びかけたのである。
「わたしの名前はユナ。あなたのお友達よ。恐れなくても大丈夫。いっしょにあなたを怯えさせるものの正体を見極めましょう」

ありのままのそのままの彼をまるごと受け入れてあげる。そういう心をこめた。 恐怖の波が伝わってきた。心なしか恐怖が少なくなったような気がする。 少年の顔が見えた。
「あなたのお名前を教えてちょうだい。」

ゆらゆらしているだけで何も答えない。でもようすを伺っているのか、あらわれている時間が長い。
「ディーン」と聞こえた。
「ディーン?それがあなたの名前なの」
「僕の名前はディーン」
「そこで何をしているの」
「自分を探している」
「自分はどこに行ったの」
「逃げた」
「なぜなの」

とたんにすさまじい憎しみや悲しみ、怒り、ありとあらゆる負の感情が火山の噴火のように噴き出した。 ユナは命からがら逃げた。今度は、ナムルもガイも心配そうにユナを抱きかかえ覗きこんでいた。ユナが絶叫したのである。
「何があった。大丈夫か。」
「もう、大丈夫。でも、こんなすさまじい負の心は初めてだわ。死ぬかと思った」
「邪悪王の魂どころじゃなさそうだな」
「いいえ。邪悪王の魂がどこにあるかわかったわ」
「えっ、それは本当か。どこだ」

ユナが指差したのは、Dと呼ばれる少年、ディーンだった。


prev * index * next