邪悪王の闇の城

高野一巳



10 ガイの思案

月の谷の雰囲気は一変していた。Dと呼ばれる少年を探しに、もうここまでやってきたらしい。武装した兵士が町中を動き回っていた。国王の兵士でないことは一目寮然だった。すると、邪悪王の手ものか。 急がなくてはならない。でも、奴らに見とがめられないように迂回した。 ガイは兵士として、地形を把握する訓練を受けていたから、先に町の中を歩き回っているうちに頭の中に地図ができていたのである。

幸いなことに、療養病棟まで無事にたどりつけたが一歩遅かった。Dと呼ばれる少年が連れ出されるところに出くわしたのだった。 こんな時こそ、ガイの出番のはずだったが、ガイは敵と戦わねばと思うと、体が動かなかった。どうすることもできず、みすみす見逃してしまった。
「いったい、どうしたんだ、あんたは兵士じゃなかったのか」

ナムルは強くなじったが、ガイは返す言葉もなかった。
「すまなかった。でも、きっと少年を救いだしてやるよ」
「いったい、どうやって」
「今、考えている」
「あの時、助けていりゃ、何でもなかったのによう」

ガイは無言だった。
「だいたい、兵士のあんたが何で…  」
「まさか、臆病者…   」

ナムルの愚痴は止まらない。それをユナが止めた。
「ガイは、今懸命に考えているよ。そっとしてあげなよ。 それに誰にでも触れられたくないものもあるんだよ」

ナムルはあんぐりと口をあけた。マリと別れて以来、一言も口をきかないユナを見て、無愛想が2人になったと思っていたのだった。
「そ、そうか。あんた、人の心が読めるんだったな。僕の心も読んだの?」
「ううん、少しづつ心を開く練習をしているの」

ナムルはほっとした。つい、なんてかわいいんだとユナに見惚れてしまったのを気付かれなかったようだ。
「かわいいのはおかあさんゆずりだよ。」

ユナがシラッと言った。
(ゲッ読まれているのかよ。こわー なんか疲れるな)
「ごめん、もう読まないよ。でも、かわいいと思ってくれてありがとう。」

ナムルはどう思っていいのかわからなかった。

ガイは考えた作戦をナムルとユナに話して、協力を求めた。邪悪王の兵士たちが野営しているところに潜入しようというのである。

ガイは戦う時には怖気づくくせに、それ以外のことはテキパキと手際よく、素早く動いた。さすがは兵士だとナムルは心の中で感服した。

敵の状況、まわりの環境を素早く把握した。敵の数は多くなかった。わずか15人だった。町ではもっと多いように思ったが、派手な動きをしていたからかもしれない。少年1人を捕まえるだけのことだから人数は必要ないのだろう。国王の手のものも似たようなものにちがいない。

中央に少年を閉じ込めたテントがあり、それを囲むように兵士たちが寝ていた。 テントを見張る兵士は2人。敵の襲来よりも逃げられることに備えているようだった。 敵の襲撃をあまり考慮に入れていないように見えた。酒を飲んで寝ているものも少なくない。 移動手段に新技術のスライダーを利用しているのは意外だったが、これは国王の命で開発されたものだから、国王の兵が寝返ったものに違いない。それとも買収でもされたのか。盗んでも乗りこなすには特別な知識が必要だ。 スライダーとは宙に浮いて走るバイクを想像してもらえば、当たらずといえども遠からずである。ガイも乗ってみたことがあった。

ガイは殺しには抵抗があったが、相手を気絶させることは手際よくできる。小便に立って一人になった兵士を2人気絶させ、縛りつけて隠し、ガイとナムルは兵士になりすまし、隊にもどって寝たふりをした。 そのうち、向こうの方で火が燃え上がった。次つぎと順番に燃え上がっていく。 最初は驚いた兵もこれは、人為的なものとわかる。ガイが仕掛けた火薬につながった導火線に、ユナが火を放った結果だった。 兵士たちは何事かと駆け付ける。もちろん、テントを見張る二人は持ち場を離れない。兵士に化けたガイとナムルは見張りに近づき、ガイが素早く二人を気絶させる。 ガイとナムルは兵士姿のまま、テントに入る。相変わらず、うずくまった姿勢のDと呼ばれる少年がいた。怯える少年に素顔を見せてなだめ、連れ出した。 さすがに敵の大将は異変に気付き、少年を奪われたことを知る。兵士たちが駆けもどった時は、ガイとナムルは敵の乗り物であるスライダーを1台盗んで逃げるところだった。

兵士たちもスライダーにまたがり、後を追おうとするが、スライダーどうしがロープで結びつけられており、スライダーどうしが激しくぶつかりあった。 2台がようやく、後を追う。すでに姿は見えないが、発信機で互いの位置を確認できる。

盗まれたスライダーは川のところに乗り捨てられていた。ボート乗り場になっており、ロープが外されている。ボートで逃げたようだ。川の流れは速そうだが、スライダーなら追いつけるだろう。敵の大将はそう判断した。


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