高野一巳
9 魅惑のマリ
魔女は町では有名で、住んでいるところはすぐにわかった。訪ねると、けげんそうな顔をされたが、深く聴いてくるものはなかった。家は人里離れたところにポツンとあった。畑がまわりにあり、自給自足しているようだった。丹精込めて、手入れされていることは、農民のナムルにはよくわかった。家も小さく粗末だったが、きちんと整えられており、生活のにおいを久しぶりに嗅いだような気がした。 出迎えた魔女と呼ばれている女性は、想像していたいじわるそうなおばあさんではなく、長い黒髪の目がぱっちりと大きい、形のよい鼻に魅惑的な唇をもった、たちまち心をとりこにしてしまうような美女だった。ほっそりした体つきなのに、豊かな胸が印象的だった。 ナムルは顔が熱くなるのを感じた。ガイはと見ると、顔を真っ赤にして、棒立ちになって彼女の顔に釘付けになっていた。 ドアを閉めようとするのをナムルはあわてて引きもどした。 彼女は2人の顔をまじまじと見て言った。 確かに、ナムルには黒髪のセクシーな美女に見えていたが、ガイにはブロンドの華奢で清楚な美女に見えていたのだった。 家の中は決して広くなかったが、こぎれいに片付けられ、暮しやすそうだった。中央にあるテーブルの椅子をすすめられた。 彼女の名はマリと言ったが、テーブルを挟んで改めて向かいあい、微笑みかけられると、ナムルは体中がほてり、宙に浮いているような心地になった.ナムルはどぎまぎしながらも話し出した。 泣き出しそうな勢いのナムルの必死な目にマリは一瞬見入った。 ガイは「守る」という言葉に反応した。この人も娘を守るために戦っているんだ。ナムルも、家族や村の人や村を守るために戦っている。戦うのは兵士だけじゃないんだ。人を倒すだけが、戦いじゃない。 ナムルは渾身の心をこめて頭を下げた。 ガイが深く頭を下げた。
ナムルは一瞬あっけにとられたが、同じように深く頭を下げた。 ガイ自身、自分の行動にとまどったが、心を決めた。 紹介されたユナは無表情だったが、とてもかわいらしかった。短いがつややかな黒髪、色白のすべすべした肌、まつ毛の長い大きな瞳の目、すっとした鼻、かわいい唇。ナムルには、そう見えた。ガイにはどう見えているんだろう。
胸はふくらみかけているようだが、華奢な体つきで、今にも壊れそうな雰囲気があった。おかあさんが必死に守ろうとする思いが理解できたような気がした。
見たところ13歳くらいに見えるけど、おかあさんが800歳だとしたら、いったい何歳なのだろう。ナムルはいらないことを考えた。 おかあさんは、今度はあなたに外の世界に飛び出して欲しいのよ。もう、あなたは自分の心を自分でガードする術は十分学んだと思う。自分の意思で、自分の心を開くか閉じるかを決められるはずよ。その力を、実際の世界の経験の中で鍛えて欲しいのよ。 何が正しくて、何が間違っているか、自分の目で見極めて、自分の心を自分でコントロールできるようになるのよ。自分の足で立って、自分の足で歩き、自分の手で自分の幸福をつかんでほしいの。 ユナ、この人たちの力になってあげてちょうだい。この人たちは本当にあなたの力を必要としているわ。それに応えてあげてちょうだい。おかあさんからもお願いするわ。
この人たちはとても大きなチャンスを運んできてくれた。この経験を通じて、成長することで、あなたはこの苦しみから逃れて、心の自由をきっと手にいれられるようになる。おかあさんはそう信じている。わかる?ユナ」 ユナは消え入るような、でもかわいい何かの楽器の音色のような声で答えた。 やはり、弱よわしい声だったが、芯のある意志の強さを感じさせた。 マリはユナを思いっきり抱きしめていた。 ガイはそのようすを見ながら、師に今回のことを頼まれた時のことを思い出していた。 師のこの言葉とマリの言葉が重なった。師がどれほど自分のことを深く思い、心配してくれていたのか、今さらながらわかったような気がした。そして、その時、心から素直になれなかった自分にも気付いた。 尊敬する師のお願いだから、しかたなくやるという気持ちで動いた自分が何だか恥ずかしかった。 大切な子供を本当に思うが故に、身を切るような思いで自分たちに委ねてくれた。 そんなマリの気持ちを思うと、何が何でもユナを守り通さねばと決意も新たになるのだった。 ナムルは、いつもやさしかった両親を思い出していた。厳しい時もあった。叱る時もあった。怒る時もあった。でも最後にはいつもやさしい笑顔があった。いつも自分のことを思い、心配してくれていた。やさしく暖かく包み込んでくれるおかあさん。厳しくも正しい道を示してくれたおとうさん。 両親は、そうしてりっぱに自分を一人前の人間に育ててくれたのだ。 この力のかぎり、家族を村をきっと救って見せる。ナムルは闘志が湧き上がってきた。 ナムルはさらに唐突にある女性を思い出した。マリを見た時から、どこかで会ったことがあるような気がしていたのだが、幼馴染のメイに似ているのを今思い出したのである。 子供のころはよく遊んでいたのに、大人になるごとに気恥しくなり、いつのまにか、互いに意識しながらも避けるようになっていた。 思い出すと同時に強い愛おしい思いが沸きたった。村に帰ったら、メイに自分の気持ちを伝えよう。 ナムルの心は元気を取り戻していた。何が何でも、邪悪王を倒すぞ。それまで決してあきらめないぞ。 |