高野一巳
7 ナムルとガイの旅立ち
こうして、ナムルとガイのDと呼ばれる少年を探す旅が始まった。 2人とも居心地が悪かった。ナムルは、兵士というのは乱暴でこわいものというイメージがあった。ガイは、師の頼みだから、引き受けたが、やはり農民は自分よりも身分の低いものという考えから離れることはできなかった。 ガイは、師がなぜそこまでナムルを大切にしようとしているのかわからなかった。でも、師の命令は絶対だ。守らなくてはならない。危険が迫った時だけ、守る。ただそれだけだ。 ガイは口もきかず、周囲に目や気を配っていた。 ナムルは、ガイを観察しているうち、無愛想ではあるし、頑固者のようだが、乱暴者でもこわいものでもなさそうだと思うようになった。年齢が近そうなのも、どこか安心感を与えた。 ナムルは自分のために力を貸してくれているという意識があったから、ガイのかゆいところに手が届くように、よく気配りし、働いた。食べ物も水もナムルが調達した。 最初は自分のことは自分ですると意地を張っていたガイだったが、ナムルの方が調達がうまいし、何より楽しそうだったので、仏頂面しながらも受け取るようになった。その方が楽だったし、農民が兵士に尽してあたりまえだとも思っていた。 月の谷へは歩いてまる1日かかった。夜、野宿する時は、ガイは眠りながらも、周囲に気を配っているのが、ナムルにもわかり、ありがたいと頼もしく思えたのだった。 旅の途上は、とても世界が崩れかけているような感じがしないほど、よく晴れ渡り、気持ちのいい道のりだった。しかし、空、草木、山やま、さまざまな花は美しいのだが、まるで絵に描いたように、動きもぬくもりも少ない。音もあまり聞こえなかった。人に出くわすこともほとんどなかった。 まるで、風景が人を拒絶しているというか、少しずつ遠ざかっていくような感じが絶えずしていた。以前と変わらない風景なのに、どこか違和感をぬぐえない。 一人の旅であったら、どんなに心細かったろうか。ガイでさえも、そんなことを思った。 月の谷に入ると、小さな家が立ち並び小さな町のふんいきがあった。人の姿をあちらこちらに見るが、やはり、ふさぎこんでいたり、ぼんやりしている人が多かった。それでもまだ、働いている人も見かける。 Dと呼ばれる少年のことを尋ねてみたが、誰も知らないと首を振るばかりだった。 小さな町だったので、全体がすぐに把握できた。その中に少年少女たちが収容されている施設があることがわかった。 そこに行き、Dがつく名前の子を探すと、3人いた。会わせてもらったが、この子という確証がつかめない。 途方に暮れて、施設の公園で、子供たちが遊んでいるのをぼんやり見ているうちに、ナムルは「D」という言葉を聞いたような気がした。 調べてみると、その少年は記憶を失い、本当の名前がわからないので、持ち物にあったDという文字から、Dとここでは呼ばれているということだった。 これに違いない。ナムルもガイも確信した。 その少年は、施設の療養病棟の一室にいた。その片隅に体を丸めて小さく縮こまっていた。時々何かに怯えたようになるが、ずっと、こんな調子だという。何を聞いても、首を横に振るばかりで、ひとことも口をきいたことがないという。 ナムルも懸命に語りかけてみたが、全く駄目だった。 |