高野一巳
4 ラルウの思い
あの若者は、確か3日前、わしの道場に訪ねてきた者だな。 兵士たちの武術指導をするために、道場を開いている武術家のラルウは思った。そして思い出していた。 ラルウはその若者の目を見た。今時珍しく澄んだまっすぐな目をしていた。大切な人たちを救いたい必死な強い思いがびんびんと伝わってきた。まだ、こんな若者がいたのか。 一瞬、希望の光を見たような気がしたが、あまりにも小さく、すぐに闇に吹き消されるような気がした。 ラルウも、何とかしてあげたいと思った。でも、ラルウにさえ、その方法はわからなかったのである。ラルウも都を救う手立てがないものかと考え続けていたのである。 あの若者は、人目で農民とわかる。たとえ、邪悪王を倒す力がある者でも、彼に従う者はいないだろう。 彼の姿はまるで、ドン・キホーテだなとラルウはその時思った。勝てるはずのない敵に向かって闇雲に突き進んでいこうとしている。 武術家としては、それは勇ましくも愚かなことにしか思えなかった。 ラルウは丁重に断り、引き取ってもらったのである。 この若者の心のやさしさは本物だ。そう感じた時、ラルウの心で何かが動いた。 彼は職業柄、強いものにはとても関心がある。ラルウはその若者に今まで感じたことのない、しかし、どこかなつかしい強さを感じたのである。 気付いた時、ラルウは老人を抱きかかえる若者に近付き、声をかけていた。 若者の驚く顔、それがくしゃくしゃの喜びの顔になり、心のこもった「ありがとうございます」を聞いた時、ラルウは忘れていたなつかしい喜びが、じわっと心に広がるのを感じたのだった。 |