高野一巳
16 復興
レイナは荷物を車に積み込んだ手を休め、ふと空を仰いだ。
抜けるような青い空が果てしなく広がっている。
ぽっかり浮かんだ白い雲がゆっくりと動いている。長い間、人類を見下ろすように上空を覆っていたあの禍々しいものは今はもうない。 どこにでも普通にある風景である。 でも、何年もこんな風景があるのを忘れていた。 命の心配をすることなく、こうしてただ空を眺められることが こんなにも幸せなことだとは思わなかった。 乾ききった土に水がしみ込むように、心がむさぼるように、いつくしむように、その幸せ感を味わった。 もう戦わなくてもいいんだわ。普通の生活ができるのね。 レイナはまだ心の底から信じられないながらも、何ともいえない開放感を体全体で感じていたのだった。 これがヒカルのおかげであることをレイナは知っていた。ヒカルを思い出さずにはいられない。どこに行ってしまったのか。 それとも…、彼女はそれを思いたくもない。 ギャリオンのマザーシップが大爆発を起こしてからすでに2日が過ぎていた。 その影響が地上にも少なからずあったが、それもかなり落ち着いてきていた。 ただ、生活を立て直していくのには、まだまだ時間がかかる。ほとんどゼロからの再出発である。 トノヤマたちはすでにコロニーの解放に取りかかっていたし、 ギャリオンの残党の攻撃も日ごとに少なくなるが、まだ続いている。他の基地の情報もまだしっかりつかめていない。どんな動きをしているのか。まだまだ油断ができない。 レイナとジュンペイたちは、今日は廃墟となったギャリオンの地上基地の中で、 使えそうなものを探しては、車に積み込んでいたのだ。 レイナたちは、医療や日常の生活に役立ちそうなものを探して集めて、 ジュンペイたちは、武器や機械類などの調査を進めていた。 2日めにして、ようやく落ち着いて、混乱の中にも秩序が見え始めた感じがあった。 レイナが空を見上げたのは、もちろんヒカルを思う心があったからである。 いつ、帰ってくるのか、どうなってしまったのか。 ヒカルがどんな活躍をしたのかは、知る術はなかったが、 ギャリオンのマザーシップを破壊したのは、ヒカルであることを誰も疑う者はなかった。 どうか生きて帰ってきてほしい。無事な姿を見たい。せめて声だけでも聞きたい。 レイナは、仕事に追われながらも、ずっと心の奥で、切実な思いで祈り願い続けているのだ。 彼を2度も失うのはあまりにも辛すぎる。 でも、ギャリオンを壊滅させるような大仕事をたったひとりでやり遂げたのだから、 命と引き換えということは十分考えられることだった。 しかし、彼女は決意していた。 たとえ、死んでいたとしても、彼女は一生彼を待ち続けるつもりだった。 きっと、どこかに生きていることを信じ続けていきたいと思っていた。 もし、遺体が見つかったとしたら、一生そのそばにいて守っていきたいとも 思っていた。 とりとめもなく、ヒカルのことに思いを馳せていたので、空の片隅に黒い物体が
あらわれたことに気付かなかった。
それに気付いたのは、ちょうど車にもどろうとして、廃墟となった基地から出てきた
ジュンペイだった。 叫びながら、ちょうどかたわらに携えていたロケット砲を構えた。 狙いを定め発射した。 ぐんぐん迫る攻撃機に見事に命中した。 レイナは車の陰に身を伏せていた。 そのかなたの草原に攻撃機は墜落した。 ジュンペイはほっとしたため、その後にもう1機の攻撃機が迫っているのに
気付くのが遅れてしまった。
次のロケット弾を装着するのに間にあわない。 けたたましい銃撃音が空気を引き裂くように鳴り響く。 火を吹いたのは攻撃機の機体だった。 さらにもう一機があらわれ、攻撃機に銃撃を浴びせかけたのだった。 えっ、どういうことだ。
そのころ、状況を察して、武器を手にした仲間が集まってきていた。
それぞれが攻撃機に狙いを定めようとしていた。
だが、ジュンペイにはひらめくものがあった。もしかすると。
一瞬ヒカルの顔を思い浮かべた。 みんなが武器を構えている前方に攻撃機は静かに降り立った。
ハッチが開き、ギャリオン兵士があらわれた。
みんなに緊張が走り、武器を構えなおした。
しかし、戦闘スーツからあらわれたのは、まぎれもなくヒカルだった。 その前で、ヒカルの体はゆっくり崩れ落ちるようにその場に倒れ込んで しまった。彼の体はおびただしい血の色に染まっていた。 |