ラスト・ファイター

高野一巳



15 爆発

ゾルグは、いらだちをつのらせていた。いっこうに侵入者が網にかかってこない。 怖気づいたのか、それとも別の狙いがあるのか。 その時、警報が鳴り出した。
「何があったのだ。」無線で呼びかけた。
「衛星基地が攻撃されたもようです。攻撃機が一機破壊されました」 奴はこれを待っていたのか?
「持ち場を離れるな、奴がくるぞ」
「敵軍からの急襲あり、全員、緊急戦闘配備に移れ」

サイレンの音と緊急放送が飛び交っていたが、ゾルグはそれを無視して、 今目前の敵に備えた。これは陽動作戦の可能性もある。 さらに緊急放送が入った。
「ギャリオンの大軍をキャッチ。ただちに応戦体制に入れ」

いよいよ始まったな。ゾルグは思った。
「最終兵器は何があっても死守せよ」 ゾルグは、檄を飛ばした。

最終兵器に敵の手が迫っている今、ここを守りきれるかどうかが この戦いの勝敗を大きく左右することをゾルグは直感したのだった。

そのころ、ヒカルはすでに機械室にもどっていた。 ヒカルが着ていたグリゴン兵の戦闘スーツは、ころがされていたが、無事にそこにあった。
「まだ、運に見放されてないようだな」 スーツに手をかけたその時、背後に気配を感じた。
「よし。動くな、お前は何者だ、ギャリオンのペットなのか、どうりでギャリオンが見つからないはずだ」

片耳の翻訳機で聞き取りながら、どう動くべきか、ヒカルはすばやく頭を巡らせた。
「手を上にあげて、ゆっくりとこちらを向くんだ。手に何も持っていないことを見せるんだ」

ヒカルは言われるとおりにした。熊のようなグリゴン兵の銃が間近で狙っていた。
「ほう、言葉を解するのか、そうか翻訳機だな。命拾いしたな。ようし、ゆっくりこちらに来い」

今は言われるとおりにするしかない。ヒカルはできるだけゆっくり動いた。 そして、グリゴン兵の巨大な手がヒカルを鷲掴みしようとした時、すさまじい爆発音が機械室を 揺るがした。

グリゴン兵がそれに気を取られる瞬間を逃さず、思いっきり腹に蹴りを入れた。 体をくの字に折ったところをさらに後頭部に一撃を加えるとグリゴン兵はあっさり倒れた。

ヒカルは実践的な格闘技をいくつも身につけていた。 それはもちろん人間に対するものだが、ギャリオンとの戦いにも工夫の余地はあったが有効だった。 ギャリオン兵の人体構造を研究し、急所を見つけようとしたこともあった。 それを通じて気付いたことは、人間もギャリオンも大きな構造や機能の違いはあるが、基本的な ところでは共通点も多いということだった。

そもそも、同じ宇宙から生まれ、同じ宇宙に育ち、同じ原子分子から成り立ち、同じ宇宙の法則に 従っている仲間、同胞といえるのだ。 心情的にはそれを受け入れることができず争っているが、本当は根本のところでつながっている のではないのだろうか。ヒカルはずっとそう思ってきた。

しかしながら、今は戦争だ。殺さなければ、殺される。非情にならなければ、生き抜いていけないこと もまた事実だった。 ギャリオンとグリゴンは宿敵どうしといいながら、ヒカルから見れば、彼らはよく似ていたのだ。 だからこそ、ヒカルの技はグリゴンの兵士にも通用して、また生き抜くことができた。

この爆発のタイミングをヒカルは計っていたのだ。なぜなら、爆弾を仕掛けたのはヒカルだったからだ。 もとより、ゾラの言いなりになるつもりはなかった。最終兵器を起動させることを考え、 それに有効な場所に爆弾を仕掛けたのだった。最終兵器はマザーシップの心臓部とのつながりを 断たれたら自動的に報復するようになっている。

ヒカルはグリゴン兵の戦闘スーツに身を包み、廊下に出ると、グリゴンの兵士たちが入り乱れて 走り回っていた。それにまぎれて、攻撃艇発着デッキに向かいながら、警報が鳴り響き、最終兵器が 作動を始めたのを確認した。

ゾルグは爆発音とその衝撃を感じた時、自分の感覚を疑った。
「馬鹿な!」

こんなことはありえない。こんなに早く深部を攻撃されることも、ギャリオンが最終兵器を作動させる ようなこともするはずがない。いったい何が起こったんだ。奴は何をしたんだ。

しかし、けたたましい警告音とともに、最終兵器が動き出した。 ゾルグはもちろん最終兵器には精通していた。 万一の事故で誤って、作動を始めることもないわけではない。そんな時に解除する手続きも 心得ていた。もっとも、皇帝と軍部最高司令官、科学技術局長官の3人の認証が必要だ。 だが、それは電気的、科学的、物理的などの衝撃による破損などが発生した場合だ。 マザーシップと最終兵器との連絡部分はマザーシップの中心部、深奥の中核に位置しており、厳重に保護 されている。ここが破壊されたということは、マザーシップそのものが攻撃を受け、再起不能に陥ったと 見なして、最終兵器が自動的に作動するように設定されているのだ。つまり、皇帝、軍部最高司令官、科学技術局長官のいずれか、あるいは3人が亡くなったと見なして報復を始めるのである。 この場合はもはや止める手段はない。敵の妨害を想定して、何も介入できないようになっている。

せっかくの用心がかえって、障害になってしまっている。 ギャリオンが最終兵器に侵入して、作動不能にする場合は想定して、それに備えていたが、 ギャリオンが自ら最終兵器を作動させることなど、あるはずがないと考えることすらしなかった。

もう誰にも止められない。もう、どうすることもできない。どこに逃げればいいんだ。ギャリオンの最終兵器が、こちらの最終兵器発射に反応してすぐに動き出すだろう。 もう逃れることができない。どんな迎撃も受け付けない究極の兵器だ。ここから逃げ出したとしても、マザーシップを失って、どうやって生きていけばいいのだ。 われわれには、もう帰る星がないのだ。 ゾルグは言いようのない絶望感が、心を覆っていくのをどうすることもできなかった。

ギャリオンの皇帝ゾルは、グリゴンの最終兵器が発射されたという報告を受けた時、 一瞬、聞き間違えたのかと思った。何かの間違いではないのかとも思った。 そんなことはあるはずがない。あらゆる場合を想定して手を打ってあったはずだ。 地球人は同胞を守るために、自分の命さえも投げ出すという馬鹿げたところがある。 でも、それは逆にいえば、同胞の命を握ってしまえば言うことを聞かざるを得なくなる という弱点でもある。 同胞の命も当人の命も共にこちらの手のうちにあれば、思いのままのはずだったのに。 いったいどこを間違えてしまったんだ。
「くそ、下等生物は本当に馬鹿だ。何をしでかすかわからない」 どうしようもない怒りと憎しみとくやしさが込み上げてきた。

さっきから、最終兵器が攻撃の最終確認を要請するアラームが鳴り続けていた。 ゾルは叩きつけるようにキーを押した。 そして、グリゴンの最終兵器への迎撃を命じた。 しかし、この事態を回避できる可能性は限りなく小さい。 迎撃はあらかじめ想定されて織り込まれている。どんな迎撃も受け付けない究極の兵器であるのは、こちらの最終兵器と同じだ。

ゾルは逃げるつもりはなかった。この作戦は彼が発案して、彼の総指揮のもとで 準備を重ねてきたものだ。そして、あらゆる場合を想定して手を打ってきたつもりだった。 それが失敗した今、その責任をどうとればいいのだ。 しかし、それよりも。彼にはどこに逃げればいいかわからなかった。 マザーシップが破壊されたら、生きる基盤を失うことになる。生きていける空気を製造できなくなる。 彼らには帰るところがないのだ。

母星はすでに死滅してしまっていた。 自分たちが悪かったのだ。自分たちが母星を駄目にしたのだ。 ギャリオンもグリゴンもかつては同じ惑星に住んでいたのだ。 互いに科学技術を競い合い、繁栄を争った。 われこそ1番としのぎを削るうち、共に文明は驚異的な発展を遂げた。

しかし、競い合って争っているうちに、母星の自然環境はどんどん破壊されていった。 そこで互いに気づけば、何とかなったかも知れない。 しかし、双方とも、科学技術には自信があり、自分の住む環境くらい自分で作り出せると 思い込んでいた。今思えば、何と傲慢だったことよ。何とおごり高ぶっていたことよ。 我こそすべてを支配し、思い通りにできる力をもつと思いあがっていた。 自然は破壊され、激しい戦争は、放射能に覆われた生命の住めない星に変えてしまった。

双方とも、巨大なマザーシップを作り、母星を捨て、別天地を目指して宇宙に飛び出して いったのだ。それでもなお、争い続けてここまで来てしまった。 「愚かなことだ。」ゾルは力なくつぶやいた。 グリゴンの最終兵器はやはり、迎撃をかわしたようだ。まもなく着弾しようとしていた。

ヒカルは廊下を懸命に走ったが、もう彼に注意を払うものは誰もいなかった。 けたたましい警報が鳴り続け、狂ったように走り回る者、放心したように座り込んだ者、 さまざまだった。みんなどうしていいかわからないようだった。 手の甲の数字はもう、残すところ2時間を切り、なおも減り続けていた。 しかし、ヒカルは決してあきらめない。 彼は死ぬその瞬間まで、生き抜く道を探り、試し続けるだろう。

彼の両親はギャリオンによって殺されてしまった。 でも、彼は両親が命を賭けて、彼の命を守りぬいてくれたことに感謝していた。 その命を、だから、何があっても守り抜かなければならない。 彼はいつもそう強く思ってきた。 そのために、今できることに全力をいつも注いできた。 戦争という、常に死と隣り合わせで、いつ死ぬかわからないこの過酷な状況の中で 何が何でも生き抜くことを決してあきらめない強い意志があればこそ、ここまで 生き抜いてこれたのであろう。 たとえ99%が不可能でも、1%の可能性に賭ける、それがヒカルの生き方だった。 それに彼には帰るところがあった。帰りたいところがあった。 レイナの顔があった。ジュンペイの顔があった。トノムラの顔があった。 みんなの顔があった。何としても帰りたい。 彼はそれを目指して、力を奮い立たせて走り続けていたのだった。

ヒカルが発着デッキにたどり着いた時には,大半の攻撃機はすでに飛び立った後だった。 それでも、2機ほど残っていた。不調のためか、操縦士が何らかの理由で不在なのか わからなかったが、ヒカルは迷わず、1機に乗り込んだ。 エンジンスイッチを入れる。問題なく始動した。 彼は思わず幸運に感謝した。しかし、着弾までもうあまり時間がないはずだ。 どこまで逃げ切れるか。スロットルを全開にして、母艦から全速力で飛び出していった。 いくらも行かないうちに背後にすさまじい光があふれるのを感じた。衝撃波がやってくる。 どこまで耐えきれるか、とにかくひたすら飛び続けた。 衝撃波にやられるか、体内に仕掛けられた爆弾にやられるか、 ヒカルは必死に逃れる道を探し続けた。左手のカウントダウンはもう残りわずかだった。


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