ラスト・ファイター

高野一巳



7 ホープジアーズ

ヒカルは慎重に入り組んだ迷路をさらに複雑に動きまわった。 かつて、地下街だったところにもぐりこみ、その通路から大きな建物の廃墟の中に入った。 ここは外から見ればがれきが積まれているようにしか見えないが、中には空間があった。 この建物の地下3階にある機械室がホープジアースの本部として使われていたのである。 本部ではすでに、周囲に張り巡らされたセンサーやカメラによって、ヒカルの姿が 捉えられており、騒然となっていた。 武器のチェックから、人間かどうか、本人かどうかのチェックまで行われているはずである。

機械室に入ったところで、みんながヒカルを出迎えてくれた。
「ヒカル!本当にヒカルなのか?」みんな口々に声をかけてくる。
「ヒカル!生きていたんだな。よく帰った」

今のホープジアースのリーダー、ヒカルの親代わりのトノムラが満面の笑顔で、 両手を大きく広げて迎え入れた。
「ヒカル!生きていてくれたのね!とても心配したのよ。こんなうれしいことはないわ」

恋人のレイナがこれ以上ないと思うほどの笑みと涙で顔をくしゃくしゃにしながら 飛びついてきて、強く抱きあった。

その肩越しに親友のコイデジュンペイが相変わらずニヒルな笑いを浮かべながら、 ガッツポースをしてみせた。
「ちくしょう。心配させやがって、今までどこで道草食っていたんだよ」 二人は固く手を握り合った。
「冷凍保存されていたらしい。いよいよ、奴らも俺を解凍しなければならないほど、 食糧不足になったのかもな」
「相変わらず、食えないジョークだな。お前を食ったら腹をこわすだろうぜ」
「おかえり」
「無事でよかった」
「また会えてうれしい」
「元気な顔を見たらこちろも元気になった」
「またいっしょにやろうぜ」
「これからが楽しみだ」

みんなが口ぐちにこんなうれしいことはないとばかりに話しかけ、握手したり、肩を叩き合ったりした。 ちょっとしたお祭り騒ぎになった。
「とにかく、入って休んでくれ、ゆっくり話を聞こう。今日はお祝いだ。 大したごちそうはないがな」 トノムラが言った。
「ごめん。みんなの元気な顔を見ることができて、うれしいよ。安心した。 でも、ゆっくりすることはできない。今頃、奴らは俺を探しているだろう。 長居をするほど、みんなを危険にさらすことになる。 ちょっと俺の7つ道具を取りに来たんだ」
「7つ道具って、お前、何をするつもりなんだ?」
「悪い、急ぐんだ」 ヒカルは自分の部屋に入って行った。

ほどなく、彼はあらわれた。 見た目には、先ほどとほとんど変わっていないし、何も持っていなかった。 しかし、そのスーツはたくさんのポケットのついたものであることを知っていた。 彼の戦闘服だった。どんな状況でも生き抜けるような装備を施してある。

だれひとりとして、その場を動いてはいなかった。
「お前、これからどこへ行くつもりなんだ」 トノムラが聞いた。
「奴らが俺に勝負を挑んできている。俺は逃げるわけにも、負けるわけにも いかない」

みんなを救うためとはいえ、ギャリオスのために働くと聞けば、ややこしくなる だろうと思い、事実を言うつもりはない。
「俺たちも加勢するぜ」ジュンペイが言った。
「その気持ちを胸に刻ましてもらうよ。それと、レイナ、これを預かってくれ」

差し出されたのは、ヒカルがずっとお守り代わりに肌身離さず持っていた ペンダントだった。 レイナとペアの思い出のものだった。 すれ違うことが多い彼らは、そこにメッセージをこめて、交換しあっていた のである。 小型だが高性能のカメラ機能と投射装置がついていた。3D映像でそこにいるような臨場感を味わえる。 それでありながら、美しい装飾が施されていたので、ふたりのお気に入りだった。 廃墟となったショッピングモールで遊んでいた時に見つけたものを改造したのだ。
「えっ、これは」 レイナは戸惑いの表情を浮かべながらも受け取った。

ヒカルは彼女がチラッとジュンペイの顔を目を走らせたのを見逃さなかった。 レイナの胸にヒカルとの思い出のペンダントはなく、ジュンペイとレイナの腕に 同じようなブレスレットを見つけたとき、すべてを悟った。
「そうか、レイナ、ジュンペイと結婚したのか」 ヒカルの胸にさびしさとくやしさと嫉妬のような思いが駆け抜けた。
「ごめんなさい。あなたを失った悲しみから立ち直れないときに ジュンペイが支えてくれたのよ」
「そうだ、レイナの悲しみようは見るに忍びなかった。ほとんど半狂乱だったんだ」
「そうか、ジュンペイなら、安心だ。きっと幸せにしてくれるだろう。 ジュンペイ、レイナをしっかり頼んだぞ」

ヒカルは決死の覚悟の戦いに向かわなければならない。生きて帰れないかもしれない。 むしろ、ジュンペイがレイナを守ってくれるなら、思い残すことはない。ヒカルは自分にそう言い聞かせた。

ヒカルはトノムラに向き直った。
「俺、行きます。」
「そうか、絶対生きて帰ってこいよ」
「ヒカル、待ってるぞ!絶対戻って来いよ」ジュンペイが力強く声をかけた。
「ヒカル、あなた、まさか死ぬつもりじゃないでしょうね」 レイナはたまらない不安にかられた。
「大丈夫だよ。俺は どんな状況にあっても、決してあきらめない。 最後の最後まで、生き抜くために戦い続けるつもりだ。 きっと帰って来る、みんなの笑顔が俺の希望だ。

レイナ、そのペンダントに俺は俺たちの未来への希望を託す。願いをかける。 人類の明るい未来を信じて最後まで戦い抜く。そしてきっと勝つ」 ヒカルはさわやかな笑顔を残して、扉の向こうへ消えていった。

「ラストファイターだな。あいつは」トノムラがつぶやいた。
「あいつは今も真の戦士だ」
「ラストファイター」
この言葉は、そこにいた人々の心にさまざまな思いを抱かせていた。


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