ラスト・ファイター

高野一巳



3 皇帝

「お目覚めはいかがかな。」 腹の底に響くような、大きなザラついた不快な声で、皇帝ゾラが聞いてきた。

ゾラは食事の最中だった。明らかに人間の脚とわかるものにかぶりつき、 いやらしい音をたてながら、口にほうばっていた。 食べながら、しゃべったのである。

かたわらの皿には、丸焼けにされた人間の頭がころがり、手首が盛られていた。 肉のついたろっ骨や内臓が散らばり、汚く食べちらかしていた。

ヒカルは気分がわるくなり、戻しそうになるのを必死にこらえた。
「脂ののりきった人間の肉は実にうまい。それに、人間は実によく働いてくれる。 わしはこの地球がとても気に入っているのだ。 人間社会には「ありがとう」という言葉があるそうだな。それにお礼という習慣もあるそうだな。 どうだ、よく人間のことを勉強して理解しておるだろう。 ちょっとは見習おうと思ってな。 わしの感謝とお礼の気持ちをこめて、お前に人類を助けるチャンスを与えてやろうと 思うのだ。 協力してくれれば、お前の命はもちろん、お前の仲間を見逃してやろう。それにコロニーを 解放してやってもいい。 なに、難しいことではない。わしらも全面的に協力するから、お前の力と合わせれば、 造作もないことだ。どうだ、こんないい話はなかろう」

ヒカルは無視したが、ゾラはいっこうにかまわず、うまそうに舌づつみをうちながら 人間の骨をしゃぶりながら、話を進めた。
「実はわしらに天敵がおってのう、グリゴンというのだが、ああ口にするのもけがらわしいわい。」

ギャリオスの方がよっぽどけがらわしいとヒカルは思ったが黙っていた。 それよりも、ギャリオスにも恐れるものがあることに興味をひかれた。
「きゃつらめ、この地球に向かってきておるらしいのだ。 きゃつらの手に地球がはいったら、人類など、根こそぎ滅ぼされてしまうだろう。 きゃつらは容赦などない。わしらのように家畜にしてやろうという温情もない。 血も涙もない残虐非道の輩なのだ」

似たようなものではないかとヒカルは思ったがこれも口には出さない。
「そこで、協力しあって、この地球と人類を共に守ろうではないかという話なのだ」

要するに地球と人類を独り占めにしておきたいだけだろうとヒカルは思った。
「もちろん、力を貸してくれるだろう。そうでなければ、お前の命も人類の命運もこれで 尽きるのだからな。 きゃつらは、最終兵器をもっている。これがネックになっておる。 きゃつらの中枢を破壊すれば、自動的にわしらに報復がなされるようになっているのだ。 だから、うかつに手を出せない。 もちろん、わしらも同様の最終兵器をもっているから、やつらも手を出しかねている。 おかげで、互いに敬遠しあう格好になって均衡しておるのだが、これがどうにも気にくわない。 互いに腹のさぐりあいばかりで、まどろっこしくてたまらない。 そこで、お前を使うことを思いついたのだ。お前なら侵入できる。よもや、人間が 入り込むなど夢にも思わないだろうからな。 敵の攻撃機も一機手に入れることができた。

作戦はこうだ。わしらは、きゃつらがあるエリアに侵入した時点で攻撃を加える。 これは前哨戦で、すぐ引き上げる。この時、帰っていく敵機にまぎれこむのだ。 そして、マザーシップに入り込んで、最終兵器をお前が不能にするのだ。 マザーシップの情報も苦労の末、かなり入手できた。最終兵器を不能にする方法もわかっている。ウイルスを仕込むのだ。 その直後、総攻撃を仕掛ける。その戦略や準備もできている。 駒はそろった。今をおいて、絶好のチャンスはまたとない。 作戦もすでに練りに練っている。後はお前の準備を待つばかりなのだ。 きゃつらの動向しだいで決行する。お前は3日以内に準備を終えろ。わかったな。 おかしな考えを持たないように言っておくが、お前の体内に爆弾をしかけておいた。 わしはいつでも好きな時にお前を殺せるのだ。お前はもう逃れられない。 わしの言うとおりにするしかないのだ。」

ヒカルは一言も発しないまま、話は終わった。 ゾラはヒカルの返事など必要なかったのだ。それは命令だった。 ワイングラスに入った血のようなものをうまそうに飲みながら、片手でまるで、 蝿でも追い払うようなしぐさをした。出ていけということなのだろう。 今度はポーターではなく、自分の足で、学習室と呼ばれる部屋に 向かわされた。 ヒカルは一歩一歩踏みしめながら、体中に体力がよみがえってくるのを確かめていた。


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