高野一巳
8 巻き込み地獄
いつのまにか周りは真っ暗で、雨がしとしと降っている。
モトムは地獄の新しい景色かと思ったが、向こうに明かりが見える。
近づいてみると、それはモトムの実家だった。
いやになって飛び出した家だったが、さすがに生まれ育った家だ。
死んでしまって2度と戻れないと思うせいか、なつかしくてしかたがなかった。 どうやら、モトムが自殺した後のようすらしかった。
家の中がひっそりと暗かった。おそらく、葬式を終えて、落ち着いたところなのだろう。
思いも寄らなかった出来事が、突然巻き起こり、何が起こったのかはっきりわからないままに、
よく考える間もなく、周囲に振り回され、あたかも突然の嵐でさんざんかきまわされて、ようやく静まったところか。
たくさんの人たちが去り、ひっそりすると、おそろしいほどの寂しさがしのび寄り、これまで抑えていたものが心から噴き出してくるのだろう。 3人はいつまでもいつまでも、絶えることのない深い後悔にあえぎ、自分を責めながら泣き続けていた。 モトムだって、自分のことばかりで、家族がどんな思いでいたのかなんて考えたこともなかった。 家族の誰一人として、自分の存在を迷惑とは思っていない。むしろ、深く深く嘆いている。 モトムを失くした深い哀しみと喪失感が彼らを完全に打ちのめしていた。暗い家の中で憔悴しきった彼らは生きながら亡霊となったようだった。 家族にこんなつらい思いをさせてしまうなんて。 僕はとんでもないことをしてしまった。 モトムは悔やんでも悔やんでも、悔やみきれなかった。 自殺者が出た家や家族となると、みんな気の毒がるが、どこか避けていた。 彼らにとってもどう対応していいかわからなかったのだろう。 どことなく、よそよそしい雰囲気が高まり、居心地が悪くなるばかりだった。 家族もいつまでも、自分を責め、立ち直ることができなないため、 暗い沈んだ雰囲気が家を覆っていたから、なおさら、周りとの交流も疎遠になり、途絶えていった。 モトムの父もいつも思い悩むように沈み込み、よく笑っていた父はすっかりいなくなってしまった。 仕事に身が入らず、ミスを重ねてばかりいた。 自殺者の家族ということで、みんなの目が変わった。中には興味本位で近づいてくる無礼な者もいた。 弱みにつけこんでくる者もいる。 モトムの父の会社での長年築いた地位ももろく崩れ去ろうとしていた。 酒に入り浸る日々も多くなっていった。 モトムの母はもともと体が弱く、そのショックで寝込んでしまっていた。 いつまでもくよくよと思い悩み、どんどん衰弱していくようにも見えた。 弟は就職難の中ようやく決まった就職先が、自殺者で出たことを知られただけで、断りの連絡を入れてきた。 彼も、兄の電話を切ったことをずっと後悔して、前に進めないでいた。 次の就職先を探す気力も失せて、毎日いらいらしながら、荒れた生活をするようになっていった。 みんなの生活が、ささくれ立ち、しだいに狂い、ゆっくりと、しかし確実に崩れていく。 さらに職場のいじめや、過酷な労働条件が自殺の原因だったかもしれないと、 嗅ぎまわる雑誌社がいれば、刺激されたように、まるで、カラスがごみ箱をあさるように、 いろんなマスコミにさんざんプライバシーを引っかき回された。 もう、モトムの家族はずたずただった。 モトムは自分の家族が自分が自殺したために生きながらに地獄のような日々を送っているのを目のあたりにしたのだった。 自殺する時、先立つことを許してくださいと、いちおう家族のことを思ったつもりだったが、 全く家族のことを本当に思っていなかったことを思い知らされた。 家族がこんなに苦しい思いをするのなら、それがあの時想像できれば、思いとどまっていただろう。 こんな苦しい悲しい思いをさせて、彼らのこれからの人生を、特に前途洋洋と、希望に燃えて出発しようとしていた 弟の人生を自分がぶち壊したかと思うと、どうにもいたたまれなかった。 自分がいない方が幸せになれる、僕がいても迷惑なだけだなどという考え方が罰あたりだったんだ。 モトムは慟哭し、こんな自分をメチャクチャにしてしまいたかった。
地面をこぶしで叩き、頭を地面に打ち付けたが、こんな時は何の痛みも起こらなかった。
自分の心から洪水のようにあふれ出した哀しみの波にいっそ呑み込まれてしまいたい、自分を責めさいなみたいと
とても自虐的な思いに駆られていた。 |