桜の樹の下で





くそっ!くそっ!くそっ!


おもいっきり打球を打ち込んでコートから出ると、英二先輩と不二先輩が待ち構えていた。



「荒れてるねぇ!おチビっ!」

「ホントわかりやすいよね」

「何なんスか二人とも?」



面倒くさい・・

と心の中で呟いて二人の前を通り過ぎると、英二先輩が俺の背中に乗ってきた。



「そう言うなよ!向こうのコート見てみな」

「向こうのコート?」



振り向くと相手コートから副部長が出て行くところだった。

河村先輩からタオルを貰って汗を拭いている。



「おチビの相手、大石だってわかってた?」

「そんなの・・打ち合ってたんだから、当たり前じゃないっスか?」

「そう。じゃあさ。ハッキリ言うけど、大石に八つ当たりしないでよね」



英二先輩が全体重を俺に乗せる。

俺は前のめりになった。



「や・・八つ当たりだなんて・・練習じゃないっスか」

「うそうそ。大石がちゃんと打球返してるからラリーになってたけど、

大石じゃなかったら今のなんて続かないぞ」

「英二先輩なら無理って事っスか?」

「あっ言ったなぁ〜!」

「こらこら二人ともやめなって。英二も越前の背中から降りなよ」



不二先輩が英二先輩の肩に手を置いた。

英二先輩は渋々俺から離れる。

俺は二人を見上げる形になった。



「越前。別に大石の事はいいんだけどね・・」

「良くないぞ不二っ!」

「向こうにもわかりやすく八つ当たりしてる人物がいてさ。流石にほっとけないんだよね」



英二先輩を無視して、不二先輩が1つ向こうのコートを指差す。

そこでは桃先輩と海堂先輩がラリーをしていた。



「相手が海堂だからね。あそこまでラリーも続くんだけど酷いよね?」



不二先輩に言われて見ると・・・確かに酷い。

ダンクスマッシュにジャックナイフ・・桃先輩はこれでもかというほど乱発している。

それを受けた海堂先輩は「こらぁ桃城っ!真面目に打ちやがれっ!!」吠えながらも

何とかラリーに持ち込んでいた。



「今は正確にラリーを続けるのが目的の練習で、あれじゃあ海堂が可哀想すぎるよね」

「だけどそれは俺には・・」

「関係ない訳・・ないよね。越前だって同じような事を今してたんだから」

「・・・・」



不二先輩が、にっこりとほほ笑む。

俺は何も言い返せないまま、桃先輩を見つめた。

桃先輩・・・


結局あれから俺は桃先輩に押しつけられたプリントを拾って教室に戻った。

プリントは捨てる事も出来ず、ラケットバッグに突っ込んで部活の時にでも桃先輩に返せばいいいや。

ぐらいに思っていたんだけど・・

部活に出て来た俺を桃先輩はバレバレな態度で避けてる。

それが無性にムカついて、俺も桃先輩に声をかけるのをやめた。


あんな噂に踊らされたり、俺がちょっと会いたくないって言ったぐらいで、あんな怒る事ないじゃん。

それともやっぱ俺が悪いっていうの?



「なぁおチビ〜原因は何なんだよ?それさえわかれば仲直りして事件解決じゃん!」

「別に・・ケンカなんてしてないし・・そもそも事件って何なんスか?」

「兎に角・・越前。ちょっと休憩しない?汗もかいちゃったしタオル取りに行こうよ」

「タオルならあそこのフェンスにかけてますけど?」

「僕は部室に行って、新しいのに取り換えたいんだよね」

「あっ!俺も!俺も!」

「はぁ?何言ってんスか?レギャラーが3人もいっぺんに抜けてもいいんスか?

 そんなの副部長が許してくれませんよ」



関東大会を勝ちあがって、今はみんな一丸となって全国を目指してるっていうのに

俺達レギュラー3人がコートを出るなんてそんなの許される訳ないしょ。

帽子のつばをあげて、フェンス手前で話す副部長と河村先輩を見ると英二先輩が俺の前に立ちふさがった。



「そんなの全然大丈ブイ!!」



英二先輩は俺に背中を向けると、大きな声で叫ぶ。



「大石っ〜!!ちょっと俺ら部室にタオル取り替えに行くからっ!!」

「えっ英二先輩・?」



急いで副部長を見ると、副部長は両手で大きく○を作っている。

その横では河村先輩が手を振っていた。



「なっ!全然大丈夫だったろ!」



また英二先輩は俺の方を振り向いて、今度は得意げにへへンと笑った。

俺はそんな英二先輩の顔を呆然と見つめる。

その時不二先輩が見透かしたように、俺の肩に手を置いた。



「じゃあ行こうか」


















渋々部室のドアを開けると・・



「ようこそ我が部室へ」



ノートを片手に不気味に笑みを浮かべる乾先輩が立っていた。



「なっ・・んで・・乾先輩まで?」

「それは決ってるだろ?今被害にあっている。俺の恋人の為だ」

「・・・あっそう・・」



海堂先輩・・・

俺はさっき見た桃先輩と海堂先輩のラリーを思い出した。


乾先輩が動くのは当然といえば・・当然か・・・



「で、俺はどうすればいいんスか?」

「まずは揉め事の原因になったものをラケットバックから出して貰おう」

「えっ?」

「そこに何か入っているんだろう?」



乾先輩を見上げると、おもむろにノートを広げている。

そのまま目線を移動させて不二先輩を見ると不二先輩はニコニコして

英二先輩はニヤニヤしていた。



「なんだ・・みんな気づいてたんだ」



俺は小さくため息をついて、ロッカーからラケットバックを取りだした。


ホントこの部の先輩達は、侮れない。

きっと部活が始まる前から俺達の様子見てたんだな・・チェッ・・






「なるほどこの記事ねぇ〜」

「今頃このプリントが出てくるあたりが桃らしいよね」

「この噂は俺達が入学した当初からまことしやかに語られている」

「へ〜ホント乾?俺そんなの知らなかった」

「密かに英二ここで誰かに告白されてるんじゃないの?」

「えっ?俺がぁ?ん〜桜の木の下ってないと思うけどなぁ・・・・あっ!」

「何?」

「大石の奴が誰かにここで告られてたら、どうしよう?」

「それは大石に聞いてみなきゃわかんない事だけどね」

「うっっ・・そりゃあそうだけどさ・・・あったら嫌だなぁ」

「と、まぁ・・桃も同じように悩んだ訳だ」

「なんだよ。乾はやけに余裕じゃん!海堂の事、心配じゃないのか?」

「海堂の事は全てデータに取ってある。それも調査済みだ」

「なるほど〜納得!」



3人が盛り上がっているのを横目で見て、俺は窓の外を眺めた。

ゆっくり雲が流れている。


桃先輩・・まだラリーやってんのかなぁ・・?


それはほんの一瞬だけ、気持ちがここから離れた時だった。



「で、越前・・肝心の告白はされたのか?」



乾先輩の声に気持ちを戻して3人を見ると、3人は興味しんしんで俺を見ていた。



「なっ・・何なんスか?」

「だからぁ〜告白されたのかって聞いたんだよ。おチビ」



英二先輩が嬉しそうに言い直す。



「さ・・れてないっスよ・・たぶん。俺、そこにも載ってますけど寝てたっスから」

「ん〜なるほど・・・越前は寝ていてわからない・・と・・」

「ちょっと乾先輩。何書きこんでんスか?」

「取り敢えずデータに追加しておこうと思ってな・・」

「そんなのデータに必要ないでしょ!消して下さいよ!」

「まぁまぁ越前。それで・・桃にも同じように言ったの?」



乾先輩のノートを指差していると、不二先輩が手で制した。

俺は手を引っ込めて、帽子のつばを触った。



「言いましたよ。同じ事。寝てたからわかんないって。でも絶対無いだろうって」

「そっかぁ〜でも桃は納得しなかったんだぁ。わかるなぁ」



英二先輩は腕を組んで、うんうん頷いている。

そんな事言われても・・・



「じゃあ英二先輩。俺は何て言えば良かったんスか?」



英二先輩を睨むと、不二先輩が肘をついて髪をかきあげた。



「だよね。越前としてはそれ以上の事は言えないよね」

「何だよ〜不二まで。俺はちょっと桃の気持ちもわかるって言っただけじゃん!」

「まぁ要するにだ。気持ちの問題って訳だな」



膨れる英二先輩の横で乾先輩が眼鏡を上げる。


そう・・気持ちの問題じゃん。

桃先輩さえそんな事気にしなきゃ・・こんな事には・・



「そうだね。乾の言う通り気持ちの問題だと僕も思う。だけど越前・・

 それだけで桃がここまで荒れるかな?このプリント見る前にも

 桃と何かあったんじゃないの?」

「えっ?」



不二先輩の目が開けられ、鋭く俺の目を見つめる。



「確かに・・この噂だけでここまで桃が荒れるとは考えにくい。

その前に何かきっかけがあったと考えるのが妥当だな。で、どうなんだ越前?」



2人の姿を見た英二先輩が、驚いて俺を見た。



「おチビ!何かやっちゃったの!?」

「なっ何かって・・・」



思いつく事は1つしかない。

けどあれは・・桃先輩が毎日俺の教室に来るから・・・


俯き加減であの時の事を思い出して顔を上げると、3人が乗り出してジッと俺を見ていた。



「わ・わかりましたよ!言えばいいんでしょ!言えば!でも俺は全然悪くないっスからね」



俺はそれから手短に今日の事を話した。

毎日桃先輩が昼休みに現れる事、それが見世物みたいで嫌だって事。

その事を伝える為に「会いたくない」って言った事。



「それはおチビが悪いな」

「何でですか?英二先輩」

「会いたくない。なんて言われたら俺だって凹むもん!」

「でも毎日っスよ?1年の教室に2年がいるってどれだけ目立つと思ってんスか?」

「そんなの気にしなきゃいいじゃん!」

「気にしますよ。今まで来なかった人が急に来るようになって・・・

どれだけ噂されてるか・・なのに結局教室に残るのは俺の方だし・・」

「そんなの時期慣れるって!

俺なんて大石の教室行って手作り弁当大石に食べさせても誰も何も言わないもん!」

「それはあんた達だからでしょ?っていうか俺、最近羞恥心って言葉覚えたんスけど・・

 英二先輩知ってます?」

「・・・・・・・・不二ぃ〜おチビがいじめる〜」

「はい。はい。英二は取り敢えず少し黙っておこうね。

 で、越前も痛いととこつかれても八つ当たりしないの」

「だから俺は別に八つ当たりなんて・・」

「ねぇ乾。それで桜の木の噂、本当のとこはどうなの?調べてるんでしょ?」

「ん?まぁな・・・」



それまで俺達のやり取りを聞きながら、ノートに何かを書きこんでいた乾先輩が顔を上げた。

みんなの視線が乾先輩に集まる。



「結論から言うと・・噂は噂だということだ」

「そう。やっぱりね」



不二先輩は、フフッと笑みを浮かべると両肘をついてその上に顎を乗せた。



「じゃあ越前。部活が終わったら、桃に告白しょっか」









桃リョなのに・・・他の3人がかなり目立つ感じに・・


でもこれもきっとリョーマは先輩達に可愛がられているんだろうな・・・

という思いからで・・・次はちゃんと桃も出てきます☆

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