守りたいもの

                                                           (side 宍戸)






着替える長太郎を眼の端に捉える。


長太郎は今、長い指でシャツのボタンを一つずつ留めているところだ。

俺は気付かれないように小さく深呼吸をした。



あと少し・・全て留め終わって、ネクタイを締めたら・・・



俺はタイミングを計って、長太郎へ体を向けた。




「長太・・」




だけど長太郎はそんな俺の行動がわかっていたように、体の向きを変え部室を出ようとしていた滝に声をかけた。




「滝さん。俺も一緒に帰ります」




滝は部室のドアを半分開けたところで振り返り、長太郎を見ると少し間を開けて答えた。




「ああ。いいよ」




その答えに長太郎は安心したように頬笑み、滝の傍へと歩んでいくと二人は連れ添うようにドアの向こうへと消えて行った。



何だよ・・・

何だよ・・・何なんだよ!



俺は閉まったドアを暫く見つめた後、自分のロッカーを力まかせに殴った。



あんな事があって、正直俺はアイツが・・

長太郎がテニス部を止めるんじゃないかと心配していた。

もしそんな事になったら、俺のせいだ。

アイツのテニス人生を俺が潰しちまったってな。

でも俺の心配をよそにあいつは次の日もその次の日もちゃんと部活に出て来た。

俺はそれが心底嬉しくて、ホッとしたんだ。

あんな事はあったけど、これからも今までと同じように先輩と後輩として・・・

氷帝のレギュラーとして全国を目指せる。

あの時話せなかったダブルスの話も出来るだろうってな。

だからここ数日、何度も話しかけようと努力した。

あんな事があって、俺もどんな態度をとっていいかわからなかったけど

それでも話しかけなければ、何事もはじまらねぇ・・そう思って・・・


なのによ。なんだ・・あの態度。

部活に来ても俺の顔をまともに見る事もねぇ。

傍に行けば、さりげなく遠のく。

それになにより『滝さん。滝さん』って何かにつけて滝の名前を呼びやがって

いったいアイツは何を考えていやがんだ。



ギリッと歯軋りをすると、ソファの方から声がした。




「荒れてんなぁ宍戸・・」




声の主は読みかけの小説を閉じて、俺の方へと顔を向けた。




「お前・・いたのかよ・・・」

「ああ。ずっと・・おったよ」




長太郎と滝が出て行って、てっきり自分だけがこの部室にいると思い込んでいた。

それがよりにもよって・・・コイツが残っていたなんて・・・



「み・・見てたのか?」

「鳳に話しかけようとして、まんまと逃げられたところとか?ロッカーを殴るところとか?」




忍足が含みのある笑いを浮かべる。


クソッ・・・全部見てたんじゃねぇか。



俺は大きくため息をついて脱力した。

相手が忍足なら、もうどう取り繕っても仕方がねぇ。




「みっともねぇとこ・・見られたな」

「いや・・まぁ・・なんていうかなぁ・・・」




忍足はみっともない。

という言葉に対しては何も言わず、改めて小説をテーブルの上に置くと俺を見上げた。




「鳳に何をしたんや?」

「えっ?」




何をした?

何があった?では無く・・・したって言ったのか?


意表をつく言葉に、俺は近くにあったパソコン用のイスを引っ張るとドカッと座った。



コイツは何でもお見通しかよ?

氷帝一の曲者 

俺はあきらめに近い思いで、忍足に話しかけた。




「どうして・・・そう思うんだ・」

「見たまんまやな。二人を見て、そう思いつかん方が不思議や」

「・・・そうか・・」




見たまんま・・・俺達の姿は、他人からはそう見えているのか・・・

でも問題は、そのした事だ。

忍足はそれにも、やはり気付いているのか・・?


俺は恐る恐る、忍足に眼を向けた。




「なぁ忍足。俺が長太郎に何をしたと思っているんだ?」




忍足はソファに持たれたまま、相変わらず飄々とした態度で答える。




「そやなぁ・・・・鳳に告られて、ふった」

「長太郎が言ったのか!?」




俺は思わず身を乗り出した。


まさか長太郎が・・・




「アホ。鳳はそんな事を他人に言いふらすような奴ちゃうやろ?」



忍足にたしなめる様に言われて我に帰る。



「そ・・そうだよな」



長太郎は、そんな事を容易く人に話すような奴じゃねぇ。

内容だって内容だしな・・・

じゃあ・・・



俺が困惑していると、忍足が呆れたようにため息をつく。




「あのなぁ宍戸。鳳の気持ちに気付いてないんは、レギュラーの中でお前ぐらいや。

 あの岳人やジローでもちゃんと気付いてるで」

「が・・岳人やジローって・・・お前・・・」

「それぐらいあからさまやった。ちゅうことや」

「マジかよ・・」




俺は自分の足元を見つめた。

そりゃあ・・アイツは、気付いたらいつも俺の傍にいたけどよ。

だからといってそんな・・



『宍戸さん』



俺の事を・・・



『宍戸さん』



長太郎が俺を呼んで微笑む姿が浮かんだ。

俺は小さく息を吐いた。




・・・そうだ。

そうだったよな・・・

アイツはいつも俺の傍にいた。

どんな時だって、片時も離れずに・・・それが当たり前だと言わんばかりに自然にいた。


俺はおぼろげに見えた何かを確かめる様に忍足に顔を向けた。




「なぁ・・長太郎は、いつから俺の事を想っていたと思う?」

「そやな。入部して暫くたった頃・・

 いや、ひょっとしたら一目ぼれやったかも知れんなぁ」

「えっ?・・一目ぼれ・・・」

「まぁ。それぐらい早くからお前の事を見てたのは確かや」




忍足が眼を細める。



そうか・・・そうなんだな・・・・

一目ぼれって言葉には、俺も少なからず動揺したが確かに俺の記憶を辿っても、入部してすぐにアイツは俺の傍にいた。

傍にいたんだよな。

あれから・・ずっとなのか・・・・?

ずっと俺の事を・・・


俺が長太郎に思いを馳せていると、忍足の声が俺を呼び戻した。




「だがな・・宍戸。問題は、そこちゃうやろ?」

「えっ?」

「問題は、お前が鳳をふったって事や」

「あっ・・・」




そうか・・・そうだった。

俺はアイツを・・・長太郎をふったんだ。




「まぁ何て言ってふったかまでは聞かんけどな。ふられた方の立場を考えるとやな・・・」

「困るって・・言ったんだ」

「・・・そうか」

「だってそうだろ?俺は男で・・アイツも男なんだぜ?どうしろって言うんだよ!」

「そやな・・」



少し感情的になった俺を忍足は冷静に諭すように見つめた。




「誰も今回の事で宍戸を責める奴なんておらへん。当の鳳でも責めたりはせん筈や

 でもな・・ふった。ふられた。の感情は男も女も同じや。それはわかろやろ?」



あまりにも静かなトーンに、俺も冷静に忍足をみつめる。



「ああ」

「なら、そっとしといたり」



だけど続いた言葉に心がざわついた。




「えっ?」

「ふった方もバツが悪いやろうけど、ふられた方はもっとバツが悪い筈や。

 しかも鳳は男や。男が男に告白するなんて事はどれだけの決断がいったかは想像では語れんぐらいやろ」

「だ・だけどよ・・」

「ダブルスは他をあたり」

「そんなっ!」




途中から忍足が何を言いたいのか、想像はついていた。

だけど・・だけどよ長太郎以外の誰かなんて・・・




「他にも組めそうな奴おるやろ?日吉とか」

「ひ日吉は、アイツはシングルスじゃねぇか」

「何でも経験や。やってみんとわからんやろ?」

「でも長太郎なら、アイツとなら間違いないんだよっ!」



思わず立ち上がって、忍足を見下ろした。

長太郎以外のダブルスなんて考えられねぇ。


そんな思いを忍足にわかってもらいたくて・・

でも忍足はわかるどころか、鋭い視線で俺を見た。




「それは傲慢や宍戸。お前の考えと鳳の考えが必ずしも同じという訳やない。

 鳳ももともとはシングルスや、それにダブルスに転向したとして相手が宍戸とは限らんやろ?」

「それは・・」

「滝かも知れんし?」




た・・滝?

どうしてアイツが・・・アイツは準レギュに落ちたじゃないか?

それなのに・・




「どういう意味だよ?」

「今は宍戸とおるより、滝とおる方がいいと鳳が思ってるみたいやからな」

「長太郎が・・?」




『滝さん。俺も一緒に帰ります』




・・・・確かに

あの事があってから、長太郎の奴は何かにつけて滝の傍にいる。

滝もそんな長太郎を拒む事もないようだが・・・・




「兎に角。ふった相手をいつまでも追いかける様な野暮なまねはやめとき」



そうなのか?長太郎?

お前をふってしまった俺は、お前とはもう組めないのか?



「それに新しい恋の始まりかも知れんしなぁ」



・・・えっ?

驚いて忍足を見下ろすと、さっきまでの鋭い視線は消えてニヤッと含みのある笑顔を浮かべている。

そしてソファにもたれ、右手を顎の下に添えて続けた。



「案外サラサラヘアーの年上が好みなんかもな」



うんうん。と、更に大げさに頷いてみせた。

俺はそんな忍足にカッと熱くなった。



「ばっ馬鹿!そんな訳ねぇだろ?滝は男だろうがっ!」



テーブルを叩いて、忍足を睨みつける。

忍足はニヤニヤしていた顔をスッと消して、指で眼鏡を直した。




「それがどうしたんや?恋愛なんて本人同士の問題や。宍戸は否定的でも

 鳳や滝はそうじゃないかも知れんやろ?」

「そっそれでも・・そんなのは認められない事じゃないのか?」




忍足の言葉に弱々しく反論すると、忍足にピシャリと言い切られた。




「そんなの大きなお世話や。本人達が良しとしてる事を他人が口出す事やない」

「なっ・・・」



んだよ。くそっ!!




・・・・・・忍足が言う事は正論だ。

どんな形にせよ本人達が納得していれば、それでいいのかも知れない。

それは俺にも何となく理解は出来る。

理解は出来るが、納得は出来ない。

俺は、納得出来ないんだ。


長太郎が俺以外の誰かと組むなんて・・・

滝の事を想い始めているだなんて・・・・

頭で理解しても心がついていかねぇ。

それでも長太郎をふった俺は認めなきゃいけないというのか?

納得しなきゃいけないというのか?

もう昔のようには・・・いかないというのか?



何も言い返す事が出来ずにぐっと手を握りこむと、静けさを破るように部室のドアが開いた。




「侑士ー!!お待たせっ!!」

「お疲れさん岳人。今日の委員会はえらい時間がかかったんやな」

「そうなんだよ。跡部の奴がよー。運動活動委員長に無理難題押しつけやがって

 動くこっちの身にもなれって」

「もうすぐ球技大会やからな。しゃあないやろ」

「それでもよー・・・って、宍戸いたのかよっ!?」




勢いよく入ってきた岳人は、ようやく俺に気付いたのか体ごと反応した。




「何だよ暗い顔して?何かあったのか?」

「何もねぇよ」

「そうか?そんな風には見えないじゃん」



岳人は俺の顔を覗きこむように見た。



「何でもねぇって」



俺は顔をそらした。

岳人は付き合いが長いせいか、こういうちょっとした事に敏感だ。

俺の態度で、雰囲気で、何かに気付いてしまうかも知れない。

それだけは避けたかった。

避けたかったのに、岳人はここにいない人物の名前をさらっと口にした。



「ふ〜ん・・・で、鳳はいないの?」



部屋の中を見渡して、また俺に視線を戻す。



「最近一緒にいないのな」



核心をつかれて顔を上げられない。

自然な問いかけが、心を突き刺す。



「そんなの・・お前に関係ねぇだろ?」



それでも俺は何とか言い返した。

力のない声。


今、俺はどんな顔をしているんだろう?




「岳人。おなか空いたやろ?帰りに何処かよって行こか?」




それまで黙っていた、忍足がおもむろにソファから立ち上がった。




「侑士どうしたんだよ?急に?」

「岳人。俺に何か話があったんやろ?だから練習が終わっても待っててくれって言ったんちゃうんか?」

「えっ?あぁそうそう!俺。新しい技を編み出したんだよ!

 それ試合に使えないかな?って思ってさ。早く侑士に相談したかったんだ」

「じゃあ早よその話をしに行こか」

「えっ?でも宍戸が・・・」

「いいから。いいから。はよ歩き」



忍足は岳人の腕を取ると強引に歩き出した。



「じゃあな宍戸お先」

「し・・宍戸また明日な」



二人はそういうと部室を後にした。

部室には、情けない顔をした俺一人残された。



「チッ・・・激ダサだぜ・・・」


























毎日がつまらない。

練習がつまらない。

そんな事を思うのはテニスを始めるようになって初めての事だった。


何でこんなにつまらないんだ?

そんな事は、少し考えただけでわかった。

長太郎だ。

忍足に言われて俺も考えた。

長太郎をふった俺はもう長太郎とは組めねぇ。

長太郎が俺を望んでねぇ。

アイツはもう滝の方を向いている。

だからいつまでも長太郎に固執しちゃいけねぇ。

忍足に言われた日から俺は長太郎に話しかけるのをやめた。

やめたのに・・・

眼はアイツを追いかける。

話しかけないと決めたとたんに、普段会わないような所でアイツに会う。

その度に思い知らされる。

世界は何も変わらないのに、俺と長太郎の間は全く別の物になってしまった。

二人の間には取り返しのつかない溝が出来てしまった。

それがこんなにも俺の世界をつまらないものにする。

髪を切った時は、新しいテニスが始まると思ったんだがな・・・




「ハァ・・・」




大きくため息をつくと、いつの間にか俺の横に人が立っていた。




「おい宍戸。そんなとこで何してんだ?」

「ああ?」




聞きなれた声に顔を上げると、上げた先にはやっぱりという人物が立っていた。



「別に。跡部には関係ねぇだろ?」



そう言って睨むと、跡部は相変わらずの上から目線で俺を見る。



「ふ〜ん・・・まぁいい。それよりも今日の放課後の委員会忘れるなよ」

「はぁ?」

「お前校外活動委員だろうが。今日は合同で委員会がある。必ず出席しろ」

「わかってるよ」



ったく・・・めんどくせーな。

そう思うが、テニスも学校行事も手を抜かない。

跡部の考えは絶対だった。



「ああそうだ。樺地。それよこせ」

「ウス」



仕方ねぇな・・・・


頭をかいていたら、跡部が何かを差し出した。



「ほらよ」

「何だよコレ?」



反射的に受け取って、眼を落とす。

何かの資料みたいだ。



「どうせ暇してんだろ?これを鳳に渡しといてくれ」



えっ・・?



「な・何で俺が長太郎に渡さなきゃいけねぇんだよ」



こんな状態の時に・・・



「さっきも話しただろうが。今日の委員会で必要な書類だ。

 鳳は文化活動委員だからな」

「それが俺に何の関係があんだよ!」

「ア〜ン?俺は忙しいんだよ。他にもやらなきゃなんねぇ事がたくさんあるんだ。

 お前みたいに暇じゃねぇんだよ」

「お・俺だって、別に暇してるわけじゃあ・・」

「この時間なら鳳は音楽室だ。行くぞ樺地」

「ウス」

「って・・おいっ!」



言いたい事だけ言って、跡部は樺地を連れて廊下を歩き出した。



「ったく・・どうすんだよこの資料・・」



俺は手元に残った資料を見て途方に暮れた。
















仕方なねぇ・・仕方ねぇ・・仕方ねぇ・・


何度も心の中で繰り返し、重い足取りで俺は音楽室の前に立った。

中からは微かにバイオリンの音色が漏れている。

長太郎がいる証拠だ。



「跡部の奴・・こんな時に、一番嫌な事を押しつけやがって・・・」



どんな顔でアイツに会えばいいんだよ。

悪態を呟きながら、それでも資料を渡さなければいけない事はわかっている。

これがなければ午後の委員会で困るのは、文化活動委員の長太郎だ。

クソッ・・・


俺は丸めた資料を肩に乗せた。



「もうどうにでもなれだ」



ガラッとドアを開けると、勢いをつけて中に足を踏み入れる。

長太郎は、グランドピアノの奥にいた。



「よっよう・・」



ぎこちなく声をかけながら近付くと、長太郎は眼を丸くして驚いていた。



「し・・宍戸さん・・・」



バイオリンをケースに直すとキョロキョロと周りを見回す、その様子で長太郎がひどく動揺している事が伝わった。

俺は、それでも長太郎の前に立った。



「悪ぃな・・練習中に・・」

「いえ・・それよりどうしたんですか?俺に何か用ですか?」



長太郎は観念したのか、眉を下げたまま俺を見下ろした。

困った時の長太郎の顔だ。

俺は見上げた長太郎の顔を見てそう思った。

懐かしい顔だ。

部活や校内で見かけている筈なのに・・・

10日・・2週間・・・

たったそれだけの期間、目を合わす事がなかっただけで懐かしいと思う。



「ど・どうしたんですか宍戸さん?俺に用があったんじゃないんですか?」

「えっ?ああ・・そうなんだ」



思わず見とれてしまった事に気付いて、俺は慌てて資料を差し出した。



「これを跡部に渡すように頼まれたんだよ。今日の委員会で使う資料らしい」



長太郎は受け取った資料に目を落とした。



「そうですか。ありがとうございます」



そして不意に顔を上げて微笑んだ。

長太郎とまともに眼が合った。



「あ・・いや・・俺は頼まれただけだから・・・」



や・・やべぇ・・・

急に笑顔なんて見せるから、顔が緩むっていうか・・・

俺、赤くなってねぇか?

クソッ激ダサだぜ・・・こんな事ぐらいで・・・


俺は顔を隠すように横を向くと



「じゃ・・じゃあな。資料はちゃんと渡したからな」



逃げる様にそのままドアの方へと歩き出そうとした。



「宍戸さんっ!」



だが不意に、右腕を捻る様に長太郎に掴まれた。



「うわっ!な・・何すんだよ長太郎っ!」



驚いて振り返ると、長太郎が眉間にしわを寄せている。



「この傷っ!どうしたんですか?」

「はぁ?」



見ると右肘に大きく擦りむいた痕が残っている。



「ああ・・こないだ壁でこすったんだよ」



俺は腕をふりほどいて、改めて自分で肘を見た。



「こんな傷たいした事ねぇよ」

「ホントですか?ホントは無茶な特訓しているんじゃないですか?」



長太郎が心配顔で俺を見る。

ったく・・・これぐらいでスグにムキになりやがって、だいたい昔から年下のくせにコイツは変に俺に過保護なんだよ。

・・・・昔から・・・・・俺に?


そう思うと急に恥ずかしくなった。



「宍戸さん?」

「し・・してねぇよ」

「ホントに?」



ヤバイ・・・また顔が熱くなってきやがった。

あ〜クソッ・・一体どうなってんだよ。ドキドキすんなよ俺。



「しつけぇなぁ・・ホントだよ。だいたいあの特訓はお前とじゃなきゃできねぇだろ?」

「えっ・・?」

「あっいや・・特訓なんてしてねぇよ」



シマッタ・・・・

言い直したものの、急に俺達を包む空気が変わった。

まるで音楽室に入った時の様に気まずい雰囲気だ。

・・・不味ったな。

そう思って俯くと、長太郎にまた右腕を取られた。



「そうですか。それじゃあいいんです・・でも本当に無理な特訓だけはやめて下さいね」



優しく右ひじの傷跡を指でなぞると、ゆっくりと俺の腕を離す。

俺はそんな長太郎を見つめた。



なんて切ない顔してんだよ。

長太郎

そんな顔をするぐらいなら言えよ。

もう一度・・・俺に・・・言ってくれ・・・

そうすれば俺は・・・



「引きとめてすみません。俺も教室に戻ります。宍戸さんも早く戻って下さいね。

 じゃあ・・あの・・資料ありがとうございました」

「あっ・・・」



長太郎は頭を下げると、バイオリンケースを持って素早く音楽室から出て行った。

俺はガランとした音楽室に一人取り残された。

長太郎がいなくなった音楽室で、自分の胸のシャツを握った。



ちょっと待てよ・・・今、俺は何を思っていたんだ・・?
















午後からの授業の内容は全く耳に入ってこなかった。

音楽室での出来事が何度も頭に浮かんで、否応なしに考ええさせられる。

あの時俺は・・・何を思った?

もし長太郎がもう一度俺を好きだと言ってくれれば・・・俺はそれに応える。

そう思ったのか・・・?

俺は長太郎をふったんだぞ?

それなのに・・・もう一度なんて・・・・・・・・・・・後悔しているのか?

俺は・・後悔しているのか?

それって・・・・



俺は机におでこをつけた。



そういう事かよ。

認めてしまえばこんなに簡単な事はない。

毎日がつまらないのも、練習がつまらないのも、長太郎が傍にいないからだ。

長太郎が滝と一緒にいるところを見てイライラするのは、相手が俺じゃないからだ。

俺はもうずっと前から・・・



『宍戸さん』



長太郎が好き・・・・だったって事か・・・



俺は顔を上げて窓の外を見た。

でも、どうする?

今頃こんな気持ちに気づいても、俺はあいつに困るって言ってしまったんだぞ?

それにアイツは・・・



『今は宍戸とおるより、滝とおる方がいいと鳳が思ってるみたいやからな』



忍足が言っていた。

それが事実なら、今更俺が好きだったって言っても迷惑になるんじゃねぇのか?

それなら黙っていた方が、このまま距離をとっている方が・・・

いや・・駄目だ。

アイツが滝とくっつくとこなんて黙って見てられねぇ・・・

こうなったら俺から・・・攻めてやる。

そうと決まれば・・・



俺は密かに決意を固めた。
















HRが終わると俺はすぐに教室を出た。

向かう場所は委員会が開かれる教室。

そこに長太郎もいる。

急ぎ足で向かうと教室の前には委員会に来たであろう生徒が何人かいた。

俺はその人の流れに乗る様に教室へ入った。

長太郎は・・?

見回すと委員別に固まって座っているようだ。


長太郎は確か・・・文化活動委員だったよな?


銀髪を目印に探すと、以外にすぐに見つかった。


教室の前の方の集団。アレだ。


俺は真っ直ぐ長太郎へ向かって歩いた。

しかし少し進むと、思いがけない奴も眼に入った。


滝・・・チッ・・そういえばアイツも文化交流委員だったな。


一瞬足を止めたが、俺は覚悟を決めてその集団に割り込んだ。


こんなとこで、怯んでる場合じゃねぇ。



「話込んでるとこ悪ぃ」



俺がそう言うと、その場にいた文化交流委員らしき人物が一斉に振り向いた。



「宍戸」

「宍戸さん」



もちろんその中にいた滝も長太郎も振り向く。



「何か用?宍戸」



滝がその中の代表という感じで俺に声をかけた。

俺はそのまま長太郎の横に立って右腕を掴んだ。



「こいつ借りて行く」

「えっ?」



長太郎は椅子に座ったまま俺を見上げた。



「何言ってんの?もう委員会始まるんだけど?だいたい宍戸も校外活動委員だろ?」

「そんなの他の奴に任せておけばいいんだよ。行くぞ長太郎」

「いや・・でも・・」



長太郎は戸惑いを顔に浮かべている。

滝の顔と俺の顔を何度も繰り返し見た。



「馬鹿な事言うなよ宍戸。跡部がそんな事をして許す訳ないだろ?

 鳳だって困ってるじゃないか」



滝が長太郎の左肩を押さえた。

俺達は長太郎を挟む形で睨みあった。



どうする?

滝が言う事は正しい。

今長太郎をこの場から連れ出して、委員会をサボればそれ相当の罰が下るだろう。

それは俺だけじゃなく、巻き込んだ長太郎にも同じように・・・跡部はそういう奴だ。

それは俺もわかっている。

でも・・・このまま引き下がれば・・・


長太郎の肩に置かれた滝の手を見た。


もう長太郎は俺の許に戻って来ないかも知れない。



俺は長太郎を掴む腕に力を入れた。


やっぱ譲れねぇ・・・



「一緒に来てくれ長太郎。大切な話があるんだ。」



真っ直ぐ長太郎の目を見て言った。


頼む・・・



「宍戸さん・・・」



長太郎はそんな俺の目をじっと見た。



「宍戸しつこいよ」



その横では滝が身を乗り出すように俺を睨んでいる。

一瞬周りがシンと静かになった。



「わかりました」



そんななか長太郎が立ちあがった。

そして滝を見下ろす。



「すみません滝さん。罰は後で受けますから会議はお願いします」



長太郎は滝に頭を下げると、



「行きましょう。宍戸さん」



俺へ目配せをしてドアへと歩き始めた。



「あっああ・・」



俺は周りにいた奴すべての視線を感じながら長太郎に続いた。



「それで何処で話をしますか?」



長太郎は教室を出るとすぐに俺に聞いてきた。

俺はあらかじめ決めていた場所を言った。



「視聴覚室」



中等部の視聴覚室は老朽化で今は使われていない。

あそこなら誰にも邪魔されず話す事が出来る。



「ついて来てくれ」



俺は長太郎の前を歩き始めた。

歩き始めると急に緊張してきた。



長太郎を誘いだすまでは半分勢いみたいなのがあったが・・これから話す事は・・・

長太郎はどう思うだろうか?

今更こんな事を言いだして呆れるだろうか?

拒否されるだろうか?

それとも・・もう一度考え直してくれるだろうか?



俺は頭を振った。


考えても仕方ねぇよな。

今の想いをぶつけねぇ事には、答え何てわかるわけねぇ。

全てはこの部屋に入ってからだ。



見えてきた視聴覚室に俺は躊躇なく入った。


覚悟は決めたんだ。


俺はずっと黙ってついて来ている長太郎に声をかけた。



「長太郎」

「はい」

「いいか一度しか言わねぇからしっかり聞いてくれ」

「はい」



俺が守りたいものは・・・



俺は部屋の中ほどまで進むと、長太郎へと振り返った。



「滝の奴はやめて俺にしろ」

「えっ?」

「だから・・俺にしとけって言ってんだよ!!」




・・・・・この想い・・・・





                                                         (side 長太郎へ)



俺が攻めにかえてやるよ!


の宍戸さんですvvvどうでしたか?

楽しんで頂けたら嬉しいです。

そして長太郎!どうするんですかね?

って答えは決まっているようなものですが・・・その答えは長太郎編で☆

2010.7.17