(side 大石)
その日、武蔵からメールが入った。
『バッジ集めの試合に付き合って欲しい。』
俺はその文を呼んで、一呼吸置いて返信した。
『あぁいいよ。俺も誘おうと思っていたんだ』
そして・・・ゆっくり携帯を閉じた。
この時が来たか・・・
俺が武蔵と知り合ったのは、英二が乾汁を飲んで学校を飛び出した時だ。
心配して街まで追いかけて来たはいいが、途中で英二を見失った。
「どこ行ったんだ・・・英二の奴・・・」
何処かで倒れてなきゃいいが・・・・・
英二の状態を考えれば、一刻も早く見つけ出さなきゃと思うのに、見つからない。
そんな思いが俺の焦りを生み周りを見えなくさせていた。
そして、武蔵にぶつかったんだ。
「うわっ!」
「ごめん!大丈夫か?慌てていたから・・・本当にごめん」
よろめく相手に手を差し出して謝ると、初対面なのに武蔵は俺の焦っている理由を聞いてきた。
「いや、大丈夫だ。・・・けど何をそんなに焦ってるんだ?」
「ちょっと、人を探してて・・・」
ぶつかられたのに怒る事もなく、心配顔を向けられて俺も素直に答えてしまう。
「はぐれたのか?」
「はぐれたと言うか・・・見失ったと言うか・・・」
英二・・・
「そうだ。この辺りで、俺と同じウエアの奴を見なかったか?
たぶん、赤い顔で真っ青になってたと思うんだけど・・・」
ぶつかったという事は、俺が探しに行こうと思っていた方角から来たという訳で・・・
英二がその方向へ行ったのなら、すれ違っているかもしれない・・・と思ったが・・・
「いや。見なかったと思うけど・・・って、なんだそれ?」
「部活で乾汁を飲まされて、猛スピードで飛び出して行ってしまったんだ。
何処かで倒れてないといいんだけど・・・」
返って来た答えは、俺を落ち込ませるのに十分の答えだった。
そうか・・・こっちじゃなかったんだ・・・
ガックリと肩を落とすと、武蔵は更に心配顔を俺に向けた。
「よく分からないけど、大変そうだな。俺も一緒に探そうか?」
えっ・・・一緒に・・・?
この広い街中で英二を探すのに、一人では限界があるのかもしれない・・・
そう思いかけた時だったから、俺はわらをも縋る気持ちで返事をした。
「・・・いいのか?ありがとう、助かるよ」
「なら連絡先を交換しておこう。これが俺の連絡先だ」
携帯を出して気軽に番号とアドレスを教えてくれた武蔵に、俺も連絡先を教えた。
「大石秀一郎・・か。よろしくな。俺は鏡見武蔵だ。
探してるのは、どんな奴なんだ?」
どんな奴・・・そうだな・・・
俺は飛び出した英二を思い出して答えた。
「なんて言ったらいいのかな・・・目が大きくて、髪が少しはねてて・・
ちょっと変わってるかもしれない」
「・・・変わってる?」
あぁ・・・そうか、それじゃわからないな・・・
「菊丸英二っていうんだけど・・・」
「分かった。それらしい奴がいたら呼びかけてみるよ」
「ありがとう。もし見つかったら、連絡を入れるよ」
「ああ、了解だ」
「じゃあ、よろしくな!」
俺達は二手に別れて英二を探し始めた。
何処に行ったんだ・・・英二・・・
「英二!辛かったのは分かるが、もう走っていなくなったりするなよ。
どこかで倒れているんじゃないかと心配したんだぞ」
「ごめん・・・」
やっと見つけ出した英二は、薬局から出てくるところだった。
「まぁ、でも無事見つかってよかったよ。それで気分はそうなんだ」
「うん。もう胃薬飲んだから大丈夫」
「胃薬って・・・それなら俺、持ってたのに・・」
「あぁうん・・ごめん・・・俺だってそれは知ってるけどさ・・・
あの時はそんな事を思い出す余裕もなかったんだもん・・・」
英二が俯く。
そうだな・・・確かに乾汁を飲んだ後は理性を保つのが難しい。
俺も前に飲んで、やはりじっとしていられかった。
だけど・・それでも・・・
「英二・・・次はちゃんと俺を思い出してくれよ」
英二の頭に手を置いて、顔を覗き込んだ。
心配なんだ。英二が何処かに行ってしまうのは・・・
「わかった。次は絶対大石のとこに行くよ」
俺の気持ちが通じたのか、英二は上目遣いで照れたように笑った。
それから俺は人通りの少ない場所を探して英二を待たせると、一緒に英二を探してくれた、武蔵に連絡を入れた。
「もしもし今、何処にいる?ようやく、友達がみつかったよ」
「よかったな。すぐにそっちに行くよ」
暫くして武蔵が現れた。
「鏡見、今日は一緒に探してくれてありがとう。助かったよ」
「いや俺は見つけられなかったし・・・」
頭をかきながら、バツの悪そうな顔をする武蔵
俺は慌てて否定した。
「そんな事はないよ!初対面だったのに・・こんなに親切にしてくれて・・・」
俺が俯くと、武蔵が俺の肩を叩く。
「もう初対面じゃないだろ?お互い名前も連絡先も知ってる。友達じゃないか!」
「そうだな・・・うん友達だ。ありがとう鏡見」
ホントにいい奴だな・・・
笑顔を向けると、笑顔で返してくれる。
「だから、何度もお礼はいいよ」
「そうか・・・・ところで、ずっと気になっていたんだが・・・
そのバッジ・・・お前もストリートテニス大会に出るんだな」
ぶつかった時から気になっていた・・・バッジ・・・
俺は改めて何か御礼がしたいと思っていたから、ずっと気になっていたバッジの話をだした。
「そうだけど・・・」
「俺もなんだ。もしよかったら、今度一緒に練習しないか?」
俺が出来る事で何か・・・恩返しが出来たら・・・
「あぁ、いいよ」
武蔵の返事で、俺のお礼が・・・・恩返しが決まった。
「ごめん大石。今日は梓真の練習に付き合ってやらなきゃいけなくて・・・」
「そうか・・・うん。それなら仕方がない」
「ホントにごめん!」
武蔵と知り合ったあの日、英二も鏡見梓真・・・武蔵の妹と知り合いになっていた。
駆け込んだ薬局で、力尽きそうになったところを助けられたらしい。
あの日の翌日に、詳しくその時の話を聞かされた。
そしてそれ以来、英二は「これもお礼だ。人助けだ」と言いながら、武蔵の妹の練習につきあっている。
「いいって。それより・・・しっかりな」
「うん」
英二から聞く武蔵の妹の話・・・目が大きく、髪形はセミロング
性格は、明るく元気で優しく、素直な女の子らしい
英二が女の子を褒めるのを聞くのは正直複雑なんだけど、それが武蔵の妹だと思うとあまり親しくするなよ・・なんて本音は言えなくて
俺は仕方ないと自分に言い聞かせていた。
それなのに・・・
久し振りに練習が無かった日
英二と立ち寄ったペットショップで偶然、武蔵の妹、梓真に出会ってしまった。
英二の話や武蔵の話からしか知らなかった彼女
俺は自分の中の矛盾と向き合う事になった。
「あれ?今入って来た奴・・」
「ん?どうした英二?」
「今の梓真じゃないかな?あっ!やっぱそうだ!」
英二と一緒にゲージの中の子犬を見ていたら、突然英二が叫んで走りだした。
「えっ?あっおい!何だって?」
英二が誰かを見つけて走りだしたのはわかった。
だけどそれが誰だかわからないまま、俺は仕方なく英二の後をついて行ったんだ。
ったく・・・英二の奴・・・仕方ないな。
そして追いついた先にいたのが、武蔵の妹だった。
あの彼女は・・・・
「梓真どうしたんだ?ずぶ濡れじゃん」
英二が彼女に気さくに話しかけている。
俺はそれを横目に彼女を見ていた。
梓真・・・?武蔵の妹・・・?
入って来たところを呼び止められた彼女は英二に笑顔を向けた後、俺の事を窺うように見た。
「英二さんと、それから・・・」
英二さん・・・?
その呼び方に引っ掛かりながらも、俺は彼女に不信感を与えないように、笑顔で自己紹介をした。
「青春学園3年の大石秀一郎だ。キミは桜臨中2年の鏡見梓真だね」
「そうです・・・。どうして知っているんですか」
「キミの話は英二からいろいろと聞いているからね。よろしく」
「よ、よろしくお願いします!」
少し戸惑いながらも礼儀正しく頭を下げる姿は、とても可愛く英二から聞いていた素直な子そのままのイメージだった。
「大石と俺は以心伝心だもんなっ!」
そんな俺達を見て、英二が俺に目配せをする。
俺はそれに答えるように苦笑すると、彼女へと目を向けた。
彼女の濡れた姿にこのままだと風邪を引かないかと気になっていたからだ。
「その服、雨で濡れたみたいだな。傘は持っているみたいだけど・・?」
「すごい土砂降りで、傘も役に立たなくて・・・」
「こりゃタイヘン。タオルは持ってる?」
「はい。大丈夫です!」
鞄からタオルを出した彼女に、うんと頷くと今度は英二へと目線を向ける。
「そうか、ならいい。英二・・・俺達ももう少しここで時間をつぶそうか」
本当ならこの後すぐに俺の家に行く予定だったけど・・・
土砂降りなら、今はやめておいた方がいいよな。
そんな事を考えていると、タオルで体を拭いていた彼女が俺達に質問をしてきた。
「英二さんと大石さんはどうしてペットショップに?」
確かに男2人でペットショップっていうのは、女の子の目からは不思議に映るだろう。
俺達は顔を見合わせて、彼女に答えた。
流石にデートとは言えないものな・・・
「遊びに来たんだよん!このお店動物とふれ合えるんだよね」
「動物とは気が合うみたいでね」
「ほいほほーい。にゃんこやわんこと遊ぶの楽しいぞ!」
少し苦しい言い訳のような感じだったが、英二の性格を知ってる彼女はすんなり俺達の答えを信じたようだ。
「英二さんって猫っぽいですもんね」
そう言って笑顔で英二を見つめる。
英二は彼女の猫っぽい発言に少し唇を尖らせたが、それでも俺には会話を楽しんでいるのが手に取るようにわかった。
「そうか?どんなところが?」
「えーと英二さんの猫っぽいところは・・・・
それはやっぱり、かわいくてみんなに愛されてるところですよ」
えっ?愛されてる・・・
彼女の急に出てきた言葉に、その視線に動揺してしまう。
まさか彼女・・・英二の事を・・・?
「ほ、ほえ、なんだか照れるぞ・・・。みんなっていうのは、その・・・」
英二もまんざらでもないような素振りを見せて、俺は更に動揺した。
英二お前まで・・・・まさか・・・
俺は2人の姿を、固唾を呑んで見守った。
「大石さんとか」
えっ?俺・・・・?
だけど出てきた言葉は俺の名前で、英二は少しふざける様にわざと肩を落として見せた。
「にゃーんだ、大石かー」
「こら、残念そうにするな」
俺は英二の頭をコツンと叩きながら、内心はホッと胸を撫で下ろしていた。
考え過ぎだったのかな・・・・でも・・・
もし彼女が・・・私とか・・・なんて発言していたら、俺はどうなっていただろう?
嫉妬でおかしくなっていたかもしれない・・・
仮にも彼女は武蔵の妹なのに・・・
俺は2人に気付かれないように小さく頭を振って、彼女を誘った。
自分が動揺した事を、疑った事を気付かれたくなくて・・・
「さて、まだ雨も上がらないみたいだし、キミもここで遊んでいったら?」
「はい。わたし猫も犬も大好きなんです!」
「まずは猫じゃらしごっこだー!」
だけど・・・そんな思いもすぐに後悔した。
彼女が英二の事を英二さんと呼ぶたびに・・・
2人が俺の知らない話で盛り上がるたびに・・・
俺がここにいるのが、不自然に思えてしかたがなかった。
英二が遠い・・・
2人の後姿を見ながらそう思うのに、鏡見達兄妹の境遇を知っている俺としては、武蔵の妹と英二が仲良くするのはいい事じゃないか
俺だって武蔵の練習に付き合う事もあるんだし・・・と思う自分もいて、心の疼きと、理性の間で揺れていた。
「英二さん今度また練習付き合って下さいね」
「もちろんいいよ!」
練習・・・?
そういえば・・勝手に俺は跡部の主催するダブルスの試合も英二と出るつもりでいたけど
英二はどうなんだろう?
このまま鏡見の妹とペアを組むんだろうか?
彼女だって試合に出るにはペアが必要だもんな・・・
それに彼女にペアが必要という事は武蔵も必要という事で・・・
今までは何処か英二に遠慮して、練習以外は付き合っていなかったけど・・・
もし今度試合に誘われたら・・・一度ペアを組んでみるのもいいかもしれない。
それで何かを得られたら・・・・
俺と英二のダブルスもまた高みに上る事が出来るだろう・・・
そうだよな英二・・・俺達のこれからを考えれば・・・
色んな奴と組むのは絶対にプラスになる。
ヤキモチなんて妬いてる場合じゃなかったんだよな・・・
もし試合に誘われたら・・・その時は・・・
それから数日・・・武蔵の誘いに乗った俺は、武蔵と一緒に海辺のコートへと向かった。
2人でする始めての試合、相手が誰でも必ず結果を出したいと思いながら行った先には
英二がいた・・・・
大石・・・ヤキモチの末・・・責任転換?って感じですが・・・
それだけの男じゃない・・・はず・・です・・きっと・・・たぶん☆
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