今。君について考える

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今までも君を見ていると、無性にイラつく事があった。


先輩に媚びる事の無い強さ、弱みを見せ無い態度。

そのわりに、大石に時々見せる弱さ・・・

不器用な君らしいと言えば、それまでなんだけど・・・

もう少し要領良く、出来ないのだろうか・・?

それにその態度が、自分で自分の首を絞めている事に、気付いていないのだろうか・・?

君を目で追いながら、声にならない声で呟く。


『気付いているんだろ・・・手塚?』


大石は誰に対しても、親切で優しい。

部活の事も、部員の事も、人一倍考えている。

困っている奴がいれば、見捨てる事が出来ない・・・

その行為は、誰にでも等しく見えるかも知れないけど・・・

だけど大石には、例外がいる。

無条件に手を差し出す相手がいる。

大石の特別な人

その事に気付いているんだろ?

それなのに君は、大石の優しさに・・・差し出した手にすがりつくの?






あの雨の日の時もそうだった。君は大石の差し出した手を握ったよね。

悠々と雨の中を歩く君。駆け寄る大石。

君の肩を心配して、雨に濡れる事も気にせず自分のジャージをかけて、寄り添うように 僕の前を過ぎて行く。


『手塚・・・それでいいの?』


あまりにも、君の姿が痛々しくて、また僕は心の中で呟いていた。

だって大石は、君の肩を心配しながら、それ以上に英二の事を気にかけているじゃないか・・・

それなのに・・・




だから、あの時、思わず声に出してしまったんだ。

病院の帰りだった君に偶然会った時に・・・



「やぁ手塚!」

「・・・不二か・・・」



ゆっくり振り向いた君に、笑顔を向ける。



「どうしたの?まだ家に帰ってなかったの?」

「ああっ今から帰るとこだ。それよりお前はどうしたんだ?」

「僕は姉さんにお使いを頼まれてね」

「そうか」



僕は、話しながら手塚の横に並んだ。



「そこまで一緒に歩いていいかな?」

「ああ」



今頃こんな所を歩いているという事は、大石とあの後、病院に行ったんだろう・・・

左腕は大丈夫なのだろうか・・・?



「今日は、大変だったね」

「んっ?」



珍しく手塚が戸惑いの表情を見せる。

僕が気付いていない・・・なんて思っていたのかな・・?

それとも気付かれたくないのかな・・・?

僕は笑顔のまま話を続けた。



「もう少し要領よくは出来ないの?」

「なんの事だ?」

「ん〜いろいろかな?」



そう・・・色々。

先輩との確執。

大石への想い。

僕は手塚を見据えて、また微笑んだ。

ずっと心の中で呟いていた事を声に出してみたのは、それで少しでも、君が変わってくれたら・・?

そう思ったからなのか・・・

ただ単に、歯痒かったのか・・・

兎に角この時の僕は、もう少し君に楽になって貰いたかった。

だけど・・・



「お前は要領よく出来ているのか?」

「フフッ・・君よりはね」

「そうか・・・」



手塚・・・君は黙ってしまった。

やはり、触れられたくない部分だったんだね。

この問題は、元々君の問題なのだから、僕がとやかく言う資格はなかったんだ・・・



「じゃあ手塚。僕はココで。また明日」

「ああ」



もうこれ以上、君の気持ちを覗くような事はしてはいけない・・・

そう何処かでは、わかっているのに、あの日決定的な事を言ってしまった。






英二が最近落ち着かない・・・何かを考え、答えを出そうとしているみたいだ。

その答えというのは、英二を見ていれば容易に想像ができた。

そんな時、英二に呼ばれて人気のない踊り場で、英二が大石に告白するって話を聞いた。


いよいよ・・・動くんだね。


ずっと傍で見てきた英二が、僕に自分の決意を話してくれたのが、素直に嬉しかった。

『英二には幸せになって欲しい』心からそう思った。

だから、まだ少し不安顔の英二の背中を押すように、声をかけた。


『まぁ頑張って来なよ』


まさか、そんなやり取りを君が聞いていたなんて、気付かずに・・・



「てっ手塚・・・いつからそこにいたの?」



階段の踊り場から、下へ降りて行こうと目線を階段に落とした時に、そこに手塚がいた。



「・・・・・」

「ひょっとして、今の会話聞いてたの?」

「・・・ああ。すまない。聞くつもりはなかったんだが・・・」

「そう?」



本当に聞くつもりがなかったら、この場に居ないよね?留まらないよね?

わかり易い・・・嘘。

だけど君は、凛とした態度で僕の眼を見かえしてきた。

その態度が、僕をイライラさせる。

本当に・・・君という人は・・・

僕は、そのまま大きく溜息をついて話し始めた。



「まぁそれはどっちでもいいけど・・・それより君はいいの?」

「何がだ?」

「英二。大石に告白するんだって」



淡々とした口調で君に告げる。

これ以上大石に深入りしない為の、これは僕からの、最終警告。

今思えば、なんて傲慢な事を考えたんだ・・と思うけど、その時はそれが全てだった。



「・・・・何故それを俺に言う」

「それを僕に聞くの?」



君にそう言われて、一瞬動揺の色を出してしまった。

精一杯誤魔化したつもりだったけど・・・



「・・・・イヤ。すまない。しかし俺には関係ない事だ」



君にそう告げられて、思い知らされた。

僕はなんて事をしてしまったんだ・・・

君は僕の横を通りそのまま階段を上へと登って行く。



「手塚!!」



足を止めて、ゆっくり振り向いた手塚の顔は、とても辛そうだった。



「なんだ・・・?不二」

「ごめん。手塚」



僕はそう告げてそのまま階段を駆け下りて行った。

そして走りながら、無闇に君を傷つけてしまった事を後悔していた。

手塚だって、本当はわかっていた筈なんだ、だけど止められない想いもある。

相手に気付かれない様に、そっと想いをよせる事だってある。

只、何も出来ずに傍にいるだけ・・・

僕は、その後何事もなかったように、手塚に接する事にした。

たぶん大石と英二を見ていれば、二人がどうなったかは・・嫌でも気付く・・

君はそれを黙って受け止めるしかないだろう。

そして何事もなかったように、過ごして行くのだろう・・・

僕と同じように・・・






だけど、僕と君は違った。

君は、何も出来ずに傍にいるだけの存在ではなかった。

僕とは、まったく似ていなかった。

何もしない、動かない僕とは違う。

想いを寄せる人の為には、自分を犠牲にする・・・情熱家だった。




あの氷帝戦



「手塚っ これ以上のプレイは危険だよ」



あの試合は、本当に目を見張る試合だった。

試合が長引くにつれて、どんどん追い込まれる左腕。

緊迫する試合。

そして、とうとう左腕が悲鳴を上げた・・・

それなのに君は、勝利への執着を捨てない。

それも全て大石との約束の為・・・


『全国へ』


いつだったか、英二が漏らした不安。二人の間の約束。

英二から聞いた時は、その約束がこれ程深い物だとは思わなかった。

だけどあの試合の二人を見て、思い知らされたよ。


君が左腕を痛めて倒れ込んだ時に、一番早く駆けよったのは大石だった。

みんなが止める中、君を見送ったのも大石だった。


英二が不安を口にする筈だね。

君と大石の間の絆

僕もその絆に嫉妬した。

君の大石への想いの深さに嫉妬した。




そして嫉妬しながら、一方では自分の中に眠っていたものが、呼び起こされる気がしていた。

僕の心の奥底に眠っていた情熱。

僕の君への想い。



一生告げる気なんて、無かったのに・・・

君の九州行きが決まって、君から大石の事を頼まれたあの日・・・

僕の心のリミッターが外れてしまったんだ。

              


 

                                                                        5へ続く






いよいよ次は・・・不二が手塚に・・・


2007.7.23