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「英二。何を見てるの?」
「別に〜〜 何でもにゃ〜〜い!!」
何でもない・・・ね。
英二がそう言った時、必ず英二の目線の先にいる人物が同じって事に気付いたのは、英二と同じクラスになって、少し経ってからだった。
1年の初めの頃の英二は、同じクラスの竹本達と仲が良くて、教室でも部活でもいつも一緒にいて、僕とそれほど親しくはなかった。
特に僕もその事に関して意識はしていなかったんだけど、日が経つにつれて、英二は竹本達と疎遠になっていき、気が付けば、チョコンと僕の傍にいる。
そしていつのまにか、それが当たり前のようになっていた。
いつもの僕なら、こんな簡単に親しく人と関わるのは避けるんだけど、何故か英二は自然と受け入れる事ができた。
明るい英二。気分屋の英二。
コロコロ表情が変わる英二を見ているのはとても楽しい。
真っ直ぐで、正直で、嘘をつけない・・・
思った事は何でもスグに口にする・・・
僕とは全く逆のタイプ。
英二を自然と受け入れられたのは、そんな所が気に入ったからなのかもしれない・・・
そんな英二が気付いたら、いつも誰かを探している。
意識しているのか?無意識なのか?
いつも当たり前のようにキョロキョロと辺りを見回している。
そして見つけた時の表情・・・
それはいつもの英二の笑顔とは比べ物にならないぐらいの、特別な笑顔。
そして嬉しそうに彼の名前を呼び駆け寄って行く。
『大石っ!!』
僕は何度も英二の横で、そんな光景を見ていた。
その姿は微笑ましくて、本当に大石が気に入ってるんだなって思っていた。
でもその意識は、ある日を境に変わることになる。
「俺辞めます!!」
あの日、手塚が左利きだという事が、先輩に知られてしまい左腕をラケットで殴られた。
それはとても衝撃的な出来事で、その場にいた全員が凍りついた。
僕も手塚の左腕の事はもちろん、『辞めます』って言葉に心がざわつき、言いようのない不安に襲われた。
本当に君は辞めてしまうの?
手塚に目を奪われながらも、隣に立っている英二の事も気になって、そっと横を見ると英二は大石をじっと見続けていた。
菊丸君・・・?
そんな時、大和部長の声が響いた。
「何を揉めているんですか?グラウンド100周ですね。みんな連帯責任です」
その声に辺りがざわめきだすと、英二もようやく大石から目を離し、僕の方を見る。
「さぁさぁ早く走らないと陽が暮れますよー!」
僕達は大和部長の声に後押しされるように、コートからグラウンドへと出て行った。
僕は英二の横を走りながら、またそっと英二の顔を盗み見る。
複雑な顔・・・何か考え込んでるような顔・・・
あんな場面を見てしまったら誰でも動揺はするだろう・・・
だけど菊丸くんは、手塚くんではなく大石くんを見ていた。
殴られていたのは手塚くんだというのに・・・
みんなの視線は手塚くんに集中していた。
僕だって例外ではない・・・だけど菊丸くんは大石くんを見ていたんだ。
これはどういう事を意味するのだろう?
そんな事を考えていると、目の前に手塚・・・君が走っているのが見えた。
そしてコートフェンスを曲がった所で、大石が両手を広げて立っていた。
「この程度の事で諦めてどうすんだよ!!手塚君キミが辞めるんだったら僕も辞めるぞ!!僕は本気だよ・・・」
大石の真剣な叫び声がこだまする。
僕達は、その声を聞いて金縛りにあったように足を止めた。
手塚くんが辞めるなら、大石くんも辞める?
今・・・そう言ったよね?
大石くんはそこまでしても、手塚くんを辞めさせたくないのか・・・
そう思った時、少し胸が痛んだ・・・
その時は何故胸が痛んだのか、理解出来なかったけど・・
今ならわかるよ。
何故なら、それは僕が君に言いたかった言葉だったんだ。
僕は傷む胸を誤魔化すように、同じ様に足を止めた英二に話しかけようとした、だけどその姿は、一瞬声をかけるのを躊躇う程だった。
全身の血の気が引いたように、青い顔をして、かすかに唇が震えている。
大きく見開いた目は、瞬きもせず大石を見つめたままだった。
「菊丸くん大丈夫?顔が青いよ・・・」
それでも、このままずっと足を止めている訳にもいかないと思い、英二に声をかけると英二はそのままジッと地面を睨んで
両手をグッと握り締め、暫くそのまま固まっていた。
そして何とか搾り出した言葉が
「大石が・・・」
たった一言『大石が・・・』それ以上は何も言わない英二。
だけどその言葉だけで、十分英二が固まっている理由がわかった。
菊丸くんは大石くんが辞めるって言った事に傷ついて、動揺しているんだ・・・
そう直感した僕は、大和部長が二人に歩み寄って行くのを見て、なるべく英二を刺激しないように、指をさしながら優しく声をかけた。
「大丈夫みたいだよ。ほら大和部長が二人に何か言ってるみたいだし・・・二人とも辞めなくて済むんじゃないかな」
そう言うと英二は顔を上げて、二人の方を見た。
ちょうどその時、大和部長が大石の肩に手を置きながら、手塚に何か話をしている所で、話が終わると手塚と大石は何事も無かった様に、二人でまた走り出した。
「ほらね」
僕が笑顔で、英二の顔を見ると、英二は顔を真っ赤にして照れていた。
「おっ俺達も行こうぜ!」
照れている所を見られたくないのか、そう言うと英二は僕を置いて先に走り出す。
「あっ待ってよ!菊丸君!」
僕はそんな英二を急いで追いかけた、走って走って・・・ようやく追い着いた英二は、手塚と大石の後ろを距離をとりながら、追いかけるように走っていた。
そしてその目は、大石と手塚の背中を睨みつける様に真っ直ぐ二人に注がれていた。
その次の日からだ、いつも誰かを探すようにキョロキョロする仕草は同じなのに、大石を見つけた時の英二の目が変わった。
熱い視線
真っ直ぐ大石だけを見つめる目は、只たんに気に入っているって言葉では収まらない。
それはまさしく、恋焦がれる者の目だった。
菊丸くんは大石くんの事が好きなんだ・・・
そう理解してから英二を見ていると、英二の行動一つ一つが納得行くものになる。
大石の気を引きたくて、からかったり、おどけたり・・・
一緒にいたいが為に、口実を作っては大石を誘ったり・・・
寝ても覚めても、大石・・・大石・・・
英二の口からは、いつも大石の名前ばかり出てくる。
大石が好きでたまらない・・・
英二の想いが、傍にいるとヒシヒシと伝わってくる。
そんなに大石の事が好きなんだ・・・
男なのに?
最初はそんな思いもあった・・・だけど英二を見ていると・・・
そんな考えは、すぐに消えてしまった。
誰かを好きになる事に、理由はいらないんだ。
男とか女とか・・・年上とか年下とか・・・
そんな事はまったく関係がない。
好きなものは好き
たまたま好きになった人が男だったというだけ・・・
英二の純粋な想いが伝わってくる。
いつのまにか僕はそんな英二を応援したいと思っていた。
男が男を好きになる。
世間では非難される事なのかもしれない・・・
それ以前に、相手にこの想いを嫌悪されるかもしれない・・・
それでも英二を見ていると、この恋が叶いますように
そう心から思うようになっていた。
だけど、そんな心配はいらなかったよ。
英二の恋は既に叶っていた。
英二を見ていて気が付いたよ・・・
彼もまた英二を探している。
熱い目線で英二を見つめている。
大石秀一郎
彼もまた、英二だけを見つめていた。
すごく中途半端な所で終わった感じがしますが・・・まだまだ続きます☆
すみませんが・・・もう暫くこのペースでついて来て下さいね☆