「英二。宿題持ってきたか?」
「えっ?何?」
「だから宿題。遊ぶ前に済ませる約束だろ?」
「ちぇっ。そんなの後でやればいいじゃん。まだまだ時間あんだからさ」
「駄目だ。先にやっておかないと、後回しにしたら、結局やらないまま終わるだろ?」
「あ〜〜信用無いな。今日はちゃんとやるもん」
「英二」
「・・・わかったよ。やればいいんだろ?じゃあさとっととやっちゃって早く遊ぼうぜ」
大石に教えて貰いながら宿題をする。
宿題は嫌いだけど、大石の説明する声は好き。
シャーペンを持つ長くて綺麗な指が好き。
優しい眼差しが好き。
「英二この問題で最後だよ。 ん?どうした?何ボーっとしてるんだ?」
「えっ?あぁ・・・大石って男前だなぁ〜て見とれてたんだよ」
「バッ・・バカ。何言ってんだ・・そんな冗談を言う暇があるなら、さっさと問題とけよ」
「ホ〜〜〜イ!」
大石が『ったく・・・』と言いながら、耳を赤く染めている。
そんな大石を見て俺は、何だかテンションが上がってきた。
「よし終わりぃ!もうこれで文句ないよな大石」
「あぁ。よく頑張ったな英二。じゃあ飲み物でも入れ替えてくるよ。あとお菓子だよな」
「あっ俺も行く」
二人で下に行って、飲み物とお菓子の用意をする。
今日は俺達以外誰も居ないから、何だかいつも以上に家の中が広く感じた。
「大石〜!勝手に冷蔵庫開けちゃっていい?」
「あぁ」
大石がコップやお菓子を用意してる横で、俺は冷蔵庫を開けた。
「すげぇ〜〜!! 何だよコレ! ひょっとして今日のおかず?」
飲み物を取ろうと開けた冷蔵庫の中には、たくさんのおかずと果物が用意されていた。
「あぁそうだよ。英二が来るっていうんで、母さんがたくさん入れといてくれたんだ」
「へぇ〜〜流石!大石の母ちゃんだな」
「ハハ・・そんな事ないよ。それより英二、早く飲み物取って冷蔵庫閉めろよ」
「おっと・・・そうだった。おかずは後でのお楽しみだな」
たくさんのおかずと果物を見て、これを後で大石と二人で食べるのか〜と思うと、更に俺のテンションは上がっていた。
部屋に戻って、一緒にゲームして・・・それに飽きたらテニス雑誌を見て・・・
少しずつ近づく俺達の距離。
上がり続けるテンション。
「ね〜大石。このシューズかっこよくね?」
「どれどれ?ホントだな」
雑誌を覗き込む大石と至近距離で目が合った。
・・・大石の方が、かっこいいよな・・・
綺麗な目・・・少しだけ開かれた唇・・・俺は吸い寄せられるように、大石の顔に自分の顔を近づけた。
だけど大石は、それを避けるように体を起こして、立ち上がる。
「あ〜〜英二・・・その・・そういえば、もうお菓子も残り少なくなってきたし・・・
このままだと、確実になくなると思うんだけど・・・今のうちに買いに行かないか?」
「なんだよ・・・急に?」
「あっ!なんなら俺一人で買いにいってもいいぞ!」
ハハハハハ・・・って空笑いする大石・・・確実におかしい・・・
今のは、絶対に俺のキス・・・避けたよな?
「大石っ!」
「なっなんだ?」
「座れよ」
「えっ?」
大石が固まった・・・
やっぱり・・・なんか誤魔化そうとしてたな・・・
ホント大石の奴・・・急に何だってんだよ・・・
座らない大石の代わりに、俺が立ち上がって近づく。
「大石・・・どうしたんだよ?」
「英二・・・」
大石は俺の顔を見ないように、少し顔を横に向けて俯いた。
それが俺を避けてるみたいで凄く嫌で、俺は大石に抱きついて、上目遣いに大石の顔を覗きこんだ。
「大石・・・俺を見てよ」
ジッと大石の目を見つめると、大石はどんどん眉間にシワを寄せて、辛そうな顔をする。
そして耐え切れなくなったとでもいうように、両手で俺を引き離した。
「駄目だよ・・英二」
「何でだよ・・・何が駄目なんだよ?」
大石はまた俯いて、黙ってしまった。
「ハッキリ言えよ!俺なんか悪い事でもしたのか?」
さっきまでのテンションも何処へやら・・・一気に気持ちが暗くなる。
大石の腕を掴んで、体を揺さぶった。それでも大石は黙ったままだ。
「何だよ・・・本当は俺が家に来るの嫌だったんだろ?
最初に言った時もお前渋ってたもんな?嫌なら・・・嫌ってハッキリ言えよ!」
俺が大声で叫ぶと、ようやく大石が俺の方を見た。
そして重い口を開く。
「だから・・・あの時も言ったじゃないか・・・そんなんじゃないって・・・」
「じゃあ。何なんだよ?」
「だから・・・だから・・・その・・・今日は俺一人しかいないって言っただろ?」
「それがどうしたんだよ?そんな事、わかってた事じゃんか」
「わかってない!英二はそれがどういう事なのかわかってないんだよ」
大石はまた眉間にシワを寄せて、辛そうな顔をする。
「何だよ・・・じゃあもっとわかるように言えよ!」
俺の言葉に大石は暫く何も答えず、黙ったまま何か考えてるみたいだった。
俺もここまできて、引き下がれない・・・
静かな部屋の空気に押しつぶされそうな気がしたけど、じっと大石の言葉を待った。
「自信がないんだ・・・」
「えっ?」
急に話し始めた大石の声が余りにも小さくて、思わず聞き返してしまった。
大石は眉間にシワを寄せたまま、どんどん顔を赤く染めていく。
「だから・・・理性を保つ自信がないんだ」
そう言い終わった大石の顔はすっかり真っ赤に染まっていた。
理性を保つ自信がない・・・?
俺は大石の顔を見ながら、何度も心の中で、その言葉を繰り返した。
理性・・・理性・・・理性・・・?
そしてようやく大石が言おうとしてる事がわかって、どんどん自分の顔が赤く染まっていくのがわかった。
そうゆう事だったんだ・・・
「なっ・・・なんだよ理性って・・・そっ・・そんなの保たなくてもいいだろ?」
「そんなのって・・わかってて言ってるのか?!」
大石がギッと俺を睨む。
そんな辛そうな顔すんなよ大石。
わかってるよ・・・っていうかわかったよ。
大石の気持ち・・・俺だって・・・俺だって・・・
「だから・・・前にも言ったじゃんか・・・俺は最初から覚悟出来てるって・・・
大石になら何されても嫌じゃないって・・・同じ事・・何度も言わせんな・・・」
大石に抱きついて、ギュッと抱きしめた。
「英二・・・」
大石の鼓動が聴こえる。いつもよりずっと速くドキドキしている。
俺の鼓動も大石に聴こえてるんだろうか?
そっと見上げたら、大石と目が合った。
俺達はそのまま見つめ合って深くキスを交わす。
「英二・・・愛してる」
「俺も愛してるよ大石」
耳元で囁き合って、また抱きしめあう。
そしてそのまま、ベットの上に倒れ込んだ。
ベットの大きく軋む音が部屋の中に響く。
見つめ合ってキスをして・・・どんどん息が上がってくる・・
頭もボーっとしてきて、意識が遠のいて行く様な感覚に襲われる・・
「英二・・・」
そんな時に大石に呼ばれて、大石を見上げた。
「本当にいいのか? その・・嫌なら嫌でいいんだよ」
「だから・・・何度も言わせんなよ・・・」
お互い真っ赤な顔をして、これから起こる事を確認しあった筈なのに・・・
俺はこの後・・・やっちゃったんだ・・・
「英二・・・わかった。俺も覚悟を決める・・・」
そう言って大石は俺の手を強く握りこんで、そして唇を重ねる。
深く長いキス・・・
そのキスが首筋に移動し始めた。
たったそれだけなのに・・・いつもと違う行動に急に緊張しはじめた。
どうしよう・・・
そう思うとさっきまでボーとしていた頭まで冴えはじめて、大石の行動1つ1つに意識が集中する。
大石が自分を求めてくれるのは凄く嬉しい・・・けど・・・
色んな想いが心の中にあふれ出して支配していく。
そんな時に大石の手がそっとTシャツをくぐって横腹に触れた。
「あっ・・・」
自分でもビックリするぐらい甘い声が出た事に驚いて・・
恥ずかしくて・・・訳わかんなくて・・・
自分の声なのに、その声が俺の頭をショートさせた。
駄目だ・・・
そう思った瞬間に、大石を思いっきり突き飛ばしてた。
大石は何が起こったかわからないって顔をして俺を見ている。
俺は急いでベットから降りて、
「やっぱ・・・ごめん」
それだけ言って、何も持たず大石の部屋を飛び出した。
そして不二の家に来たんだ。
大石の奴・・・今頃家に戻ってんのかな?
誰もいない家に一人で、今頃自分の事、責めてるんだろうか?
イヤ・・・責めてるよな・・・
アイツの事だから絶対に俺のせいになんかしない・・・
自分が手を出したから・・・俺が傷ついた・・・とか考えてる・・
そんなんじゃないのに・・・
俺がビビッて逃げ出しただけなのに・・
恥ずかしくて・・・逃げ出しただけなのに・・・
大石・・・ごめん
お前は誰もいない家で二人きりになるの避けてたのに・・・
それなのに俺、無理矢理約束させて・・・
覚悟出来てるとか、大石になら何されても嫌じゃないとか言って・・・
最後だって大石は『本当にいいのか?』って聞いてくれたのに・・・
ホントに俺は何やってんだよ・・・
だけど・・・覚悟は出来てる・・・本当にそう思ってたんだ。
大石になら何されても嫌じゃない・・・
この言葉だって、嘘じゃないのに・・
それなのに俺は、逃げ出してしまった。
大好きな大石を残して・・・
アイツの・・・大石の・・・俺が出て行く時の顔が目に焼きついてる。
困惑したような・・辛そうな顔してた。
全部俺のせいだ・・・
どうしよう・・・
今思えば、大石の手だって震えてた。
『本当にいいのか?』
あの言葉は、俺だけじゃなくて、大石自信にも向けられてたんじゃないのか?
俺の事『好き』って言うのにだって、半年以上かかったんだ・・
迷わない筈ないよな・・・
そんな大石が『俺も覚悟を決める』って言ったんだ。
もうこんな事二度とないかもしんない・・・
イヤ・・・絶対ない・・・
大石はもう俺には手を出さない・・・
それどころか、今頃別れる事を考えてるかもしんない・・・
・・・・・・・・・
そんなのヤダ・・・別れるなんて・・・
「絶対ヤダ!!!!」
クッションを抱いたままガバッと起き上がると、目の前に目を見開いて驚く不二がいた。
「えっ英二・・・起きてたんだ・・・目を瞑ってるから寝てるのかと思ったよ」
「あっ・・・ごめん。色々考えててさ・・・その・・・やっぱ・・戻る」
そう言って俺は立ち上がった。
「大丈夫なの?」
玄関で靴を履いてると、心配そうに不二が俺を見つめる。
「う〜ん。まだわかんないけど・・たぶん大丈夫!」
「そう。ならいいけど・・・気をつけて・・・」
「あんがと不二。 じゃあ行ってくる」
玄関先で不二に見送られて、俺は大石の家に走り出した。
大石ごめん・・・俺もう絶対逃げないから・・・
さぁ英二・・・頑張れ〜☆
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