赤い水中花


                                                                   (side 大石)




「英二・・・本当に大丈夫なのか?」



英二の体は心配だけど、さっきの英二が寝転がりながら両腕を空に伸ばしてユラユラ揺らしていた姿も気になっていた。

アレは一体何をしていたのだろうか・・・?

それにその後の英二は、バテてるってだけじゃなくて、何だか不安そうな顔をしていたし。

だから本当は、午後は体を休める為に貰った休みだったが・・・

英二の『ホントにホントに大丈夫だから!』って言葉を信じて、英二を誘う事にした。



「じゃあ・・・昼からプールにでも行こうか?」



これだけ暑いし、少し泳いで気分転換にでもなれば・・・って思って誘ったけど・・・

スグに喜んで喰い付くと思った英二の顔は、少し動揺を見せた。



「あっ・・・えっと・・・」

「嫌なのか・・・?じゃあプールは止めとこうか?」



喜ぶと思ったんだけどな・・・・今の顔は、明らかに困った時の顔だ。

仕方ない、他の場所を考えるか・・・

だけど俺のそんな思いを見透かすように、英二が俺の腕に縋る。



「行く!っていうか行こう!そういえばこの前、大石時間が出来たら泳ぎたいって言ってたもんな」



確かに・・・そんな事を言った気もするけど・・・



「英二。無理するなよ。別にプールじゃなくてもいいし・・・」

「俺は、プールがいい!!」



英二の真剣に見つめる目に押されるように、プール行きが決まった。
















待ち合わせは、いつもの区民プール。俺がたまに泳ぎに来ているプールだ。

ここには25mのプールと50mのプールとがあって、50mのプールには水深が2m程もある競技仕様のプールもある。

本格的に泳ぎたいと思った時なんかは、よくここに来ていた。

英二はそれを知っていて、このプールに決めたんだろう。



「じゃあいつもの区民プール前に、14時に集合な」



午前中の練習が終わって着替える時に、そう言っていた・・・が

もう既に14時を回っていた・・・

英二の奴・・・何やってるんだ・・・?

俺には、絶対遅れるなって言っておいて・・・

待ち合わせの時間から10分が過ぎた頃、流石に心配になって携帯に電話しようとしたら英二が手を上げながら走って来るのが見えた。



「おーい!大石っ!」

「英二!」



俺の前まで来て、ハァハァと息を整えている。



「ごめん。出際にチイ姉に掴まって・・・大石と約束してるって言ったのに・・・」

「いいよ。それよりお姉さんの用事は済ませたのか?」

「ん。何とかね」



へへっと英二が笑顔を向ける。

お姉さんの用事なら仕方ないけど・・・携帯に遅れるぐらいはあってもいいんじゃないか?と思いながらも英二の笑顔を見ると顔が綻ぶ・・・

俺は相変わらず英二の笑顔に弱い・・・



「じゃあ入ろうか」

「うん」






中に入ると勝手知ったるなんとかで・・・使い勝手のいいロッカーを選んで着替え始めた。

久々に二人でプール。

実は帰り際に、プールの話を聞き付けた桃と越前が『副部長。俺達も連れてって下さいよ』と言ってきたが、適当に理由をつけて断った。

なんていうか・・・

英二と一線を越えてから、英二の裸をあまり他の奴に見せたくないというか・・・

部室で着替える時に散々見られてるんだけど、プールなんて明るい所で見せたくない。

こんなに明るい所で見られたら、英二の肌が綺麗で絹みたいな肌をしている事がわかってしまう。

その事は俺だけが知ってればいい・・・なんて思うのは俺の勝手な独占欲で・・・

やっぱり・・・断ったのは悪かったかな・・・

ぼんやり部室でのやり取りを思い出していたら、英二が顔を赤くして俺を睨み付けていた。



「何じっと見てんだよ・・・」

「えっ・・?」

「何じっと見てんだって言ってんの。着替えにくいだろ!」



どうやら俺は、無意識に英二が着替えてる所を見ていたようだ。



「バッ・・・ちっ・・違う・・・」

「大石のスケベ!」

「だから!勘違いだって!」


俺がアタフタ言い訳してる間に、さっさと着替え終わった英二は、スポーツタオルを首にかけて耳元で囁く。



「じゃあ先にプールで待ってるからな、ス・ケ・べ」

「だから・・・違うって・・・」



俺の言葉は虚しく・・・二ャハハって笑う英二の後ろ姿を見送る形になってしまった。


まぁ・・・確かにちょっと英二の絹の肌・・とか色々・・・思い出したけど・・・


う〜〜〜ん・・・流石にこれ以上は、思い出すの不味いな・・・


俺は頭を振って、急いで着替えて英二のもとへ向った。






シャワーと消毒槽をくぐって、プール室内に入ると英二の姿を探した。



「英二は何処かな?」



キョロキョロと見回していると、プール室内に英二の声が響く。



「大石こっち!こっち!」



25mプールの中から手を振ってる英二が見えた。

もう泳いでたのか・・・



「英二っ!」



傍に行って俺もプールの中へ入ると、英二は待ってましたとばかりに目を輝かせた。



「大石っ競争しようぜ!」



英二と来ると、毎回初めに競争になる。

ホント好きだよな・・・



「で・・・何を賭けるんだ?」

「そうだなぁ・・・ラーメン!」

「了解。いつでもいいぞ英二」

「んじゃあ。行くよ。よーい・・・ドン!」



一斉にスタートして、結果は・・・俺の勝ち。

実は今まで何度も勝負しているが、英二に負けたことはまだ一度も無い。

だからかな・・・英二は意地になってて、一緒に来る度に毎回勝負を挑んでくる。



「くそ〜〜今日こそは勝てるって思ったのに!」

「ハハ・・・残念だったな」

「ム〜〜!ムカつく!その余裕な笑い!いつか見返してやるからな!」

「ハハ・・・こりゃ大変・・・」



この後何度かまた競争したり、少し冷えたらプールの横にあるジャグジーに入ったり のんびりした時間を過ごした。

英二を誘った時は、少し戸惑ってた気がしたから気になったけど・・・

英二も楽しんでるみたいだし、俺も十分気分転換になった。

来て良かったな・・・

プールに来て数時間経って、そろそろ帰ろうかって雰囲気になった時に、英二が俺の肩を叩いた。



「大石っ。最後は競技用プールだろ?」

「あぁ。そうだな」



ココのプールに来た時は、いつも一番最後に競技用プールで泳ぐ。

最後にしっかり泳いで、帰るのがいつの間にかココに来た時の俺の習慣になっていた。

そんな俺を、英二はいつもプールサイドで見ている。

前に一緒に泳ごうって誘ったが、深さ2mのプールは当たり前だけど、疲れたからといって立ち止まる事は出来ない。英二はそれが怖いらしい。

『足が着かないプールは嫌』って言いながら、俺の泳ぐ姿をいつも見ていた。



「じゃあ英二。ちょっとだけ待っててくれ」

「別にー。気が済むまで、泳いでいいぞ」

「ハハ・・・今日はそんなに泳がないよ」



まぁいつもそんな事を言いながら、いつの間にか真剣に泳いでいて英二を待たせてるんだけど・・・・



「いいよ。俺、大石の泳ぐとこ見るの好きだから」



英二に微笑まれて、顔が赤くなる。

参ったな・・・・

そんな事を言ってくれるのは、英二だけだよ。



「じゃあ。行ってくるから」

「うん」



英二に手を振ってプールの中に入り、首にかけていたゴーグルをつけて、泳ぎ始める前にもう一度英二に手を振ろうとプールサイドの英二を見た時に、ギャーギャーと騒いでいた小学生の子が追い駆けあいをしながら英二の方に向って走ってくるのが見えた。

このままではプールサイドでしゃがんでいる英二にぶつかる・・・



「英二っ!後ろ!危ない!」



咄嗟に声をかけたが、『えっ?』と立ち上がりながら後ろを振り向いた英二とその小学生はおもいっきりぶつかってしまった。

ぶつかった反動で、小学生の子の方はプールサイドに尻餅をつくような格好で済んだが、ぶつかられた方の英二は

スローモーションの様に背中からプールへ落ちていった。



「英二っ―――!!!!」



俺は急いで英二の沈んだ所へ泳いで行って潜った。


英二・・・英二・・・英二・・・


潜った先に見えた英二は、コの字型に背中からゆっくりと沈んでいっている。



ユラユラと揺れる腕と足・・・そして綺麗な赤い髪

俺は一生懸命に英二へ腕を伸ばした。


あともう少しで届く・・・英二っ!!


その光景に見覚えがあった・・・コレは・・・思い出した・・・今日見た不思議な夢

とても綺麗なのに見ていると不安な気持ちにさせられた赤い水中花。

俺は夢の中で、何故か一生懸命にその花に手を伸ばしていて・・・

そしてやっと届いたって思って見た赤い水中花は、花ではなく・・・英二だったんだ。


くそっ・・・正夢か・・・


俺は必死になって、英二の腕を掴んで水面へと浮上した。



「しっかりしろ!英二っ!」



俺の声がプール室内に響いた。







あともう少し・・・(残り1ページ)