おそめひさまつうきなのよみうり
於染久松色読販

【別の名前】
おそめのななやく
お染の七役

【見どころ】
なんつっても通称にあるように、ひとり七役もの早替りでしょう。
特に、序幕は芝居の登場人物の紹介も兼ねているから、
町娘のお染と丁稚で恋人の久松、久松の許婚で村娘のお光、奥女中の竹川
芸者の小糸、お染の母親の貞昌、そして悪婆土手のお六と、
ほんにまぁ、どんどん替わる、あっちゅう間に替わる。
それも、お客さんが注視している面前で、傘やゴザなどの小道具を巧みに使って、
ふたりの人物がぶつかったと思ったらすり替わっていたりする。
目をサラのようにしてご覧あれ。
この主役、花形の女形もしくは兼ねる役者がつとめる役みたい。
それぞれにまったく見た目も性根も違う七役の演じ分けも見どころかも。

【あらすじ】
「妙見」
浅草瓦町の質屋油屋の娘お染は親の決めた許婚がいながら、丁稚の久松と恋仲に
その久松を供に妙見神社に参詣に来たのだが、途中ではぐれてしまった。
入れ違いに、久松もお染を探している。そのあとに来たのは、久松の許婚のお光
お染との噂を聞きつけ、心配になってお百度を踏みに来たらしい。
そのあとで鳥居をくぐってきたのは奥女中の竹川。実は、久松の姉である。
千葉家重宝の名刀義光を父親が紛失したために、父親は切腹、家は断絶。
竹川と久松は、何とか名刀を探して汚名を晴らし御家を再興しようと考えていたのだ。
久松が丁稚奉公しているのも実はそのための一計だったが、
竹川もまた、このところのお染との噂が案じられてならず参詣にきたらしい。
そのあとに千葉家中の侍鈴木弥忠太が芸者の小糸を連れてやってくる。
小糸と実は恋仲の、お染の兄多三郎は気がもめて仕方がない。
そんな多三郎に小糸の身請けをそそのかし、店の蔵から名刀義光の折紙(保証書のこと)
持ち出させたのが番頭の善六で、店をわがものにせんがための悪知恵。
そこを見てしまった丁稚の久太も江戸から追い出して、しめしめ。
だが、手に入れた折紙を隠した先が、野菜売りの百姓久作
(久松の乳母の息子で、今は久松のカタチ上の兄)のワラづつみだったことから喧嘩騒ぎに。
そこを納めたのが、お染の許婚の山家屋の清兵衛だった。
ちょうど駕籠で通りかかったのはお染の母親の貞昌。お染の噂で婚儀が遅れていることを
清兵衛にわびて帰る途中、すれ違った駕籠から土手のお六が降りてくる。
以前仕えていた竹川に呼びだされて料理屋へと向かうところだった。

「莨屋」
土手のお六が洗濯もしながら暮らしを立てているたばこ屋
竹川から頼まれたのは、金の貸手を世話して欲しいというものだった。
名刀義光の行方は突き止めたが、質から受け出すには百両いるというのだ。
その日暮らしの身ながら恩人の頼みを何とかしたいと思い悩む。
そのお六の亭主は鬼門の喜兵衛。実は、かつて仲間だった弥忠太に言われて、
名刀義光を盗みだした張本人なのだが、女房のお六はそれを知らない。
刀を渡せと来た弥忠太の遣いに、欲しけりゃ百両持ってこいと居直ってしまった喜兵衛。
質から刀を受け出すためにも百両を何とかせねば、と思う。
夜になって、昼間の妙見様でのいさかいで受けた傷の手当てをしてもらいに
久作がやってきて、ついでに、もらった袷(あわせ。裏付きの着物のこと)の仕立て直しと
半纏(はんてん)の修繕も頼む。袷はどうやら油屋から出たものらしい。
折しも、預けられたままの早桶の中には行き倒れの死体があった。
はた、と金の工面を思いつくお六と喜兵衛。目的はそれぞれ別々なのだが・・・。

「油屋」
翌日、油屋に、野菜売りの姉だと名乗る女がやってきた。お六だ。
お六は、店の者が野菜売りの男をなぐったかと確認すると喜兵衛に声をかけ、
運んできた死体を店の中に放り出した。半纏を着せて野菜売りに仕立てたものだ。
よってたかって叩き殺されたのだ、番所に届け出るぞ、と息巻くふたり。
主人の太郎七はのれんを気遣い金を出すが、はした金じゃ引き下がれない。
人の命を買うには百両!」とふっかける。
しかし、たまたま店の奥に来ていた薬屋の清兵衛
念のためにと死体の脈をとると、どうやら死んでいない様子。
しかも、そんな騒ぎのところに、久作本人が来るからお六はヒヤヒヤ。
一方、番頭の善六も、よくよく見れば死体が久太だったから、
こっちはこっちでヒヤヒヤで、早く連れて帰れといきまいて
死体を蹴飛ばしたら、なんと息を吹き返したから、びっくりぎょうてん。
結局、お六と喜兵衛の強請は失敗。カラ駕籠をかついで帰るはめになってしまった。

「油屋裏手二階」
強請に失敗した喜兵衛は名刀義光を盗もうと油屋に忍んでくる。
が、そこを弥忠太に見つかって、刀を返せとしつこく言われて、ついだまし討ち
番頭の善六を呼び出し、お染の拉致を条件に、名刀義光を盗み出してもらうことに。
一方、不義の罪で土蔵に入れられた久松は、明日、在所に帰される予定になっていた。
お染は思い詰めて床に伏せっていたが、一緒になれないなら死ぬと書き置きを書く。
その思いを、蔵の窓越しに思いを伝え、久松も同様の覚悟をする。
ところが、名刀義光を盗んだ喜兵衛とお染が鉢合わせ。
当て身をくらわせたお染めを、善六の用意した駕籠に押し込め連れ去るところに、
久松が蔵の壁の崩れ目から抜け出して来た。
追いかけようとするのを妨害する喜兵衛ともみ合い、久松は喜兵衛を斬ってしまう。
が、名刀義光を手に入れると、お染のあとを追いかけるのだった。

「向島道行」
隅田川で、お染の駕籠を待ち受ける久松。が、駕籠屋は善六に頼まれているので、
久松を突き倒して行き過ぎる。あとを追う久松。
許婚の久松がお染と駆け落ちしたと知って、お光は気が狂いさまよい歩く。
やがて会えたお染久松。覚悟の心中をしようとしたところに割って入ったのはお六
御家再興を願い出るようにとの必死の説得に、心中するのをやめるお染と久松。
これで、旧主へ御恩が返せたと喜ぶお六であった。

【うんちく】
文化十年(1813年)初演。四世鶴屋南北作。
お染久松の悲恋を、歌舞伎が実は得意とするスペクタクルな見せ物に仕立てている。
なんでも早替りが流行した時代に作られた作品らしい。
とはいえ、作者は大南北。土手のお六が活躍するくだりには、
乞食、棺桶、死体と南北好み(?)のものが出てくるし、
わっちの好きな(笑)悪婆の芝居もじっくりと見せてくれる。いいねぇ。
ところで、やたらと出てくる百両ですが、
今のお金に直すと750万ぐらいらしいですな(こちらで換算)。
命の値段にしちゃ安すぎる気がするけど、昔と今とじゃ物価も違うからなぁ、
いちがいには判断できないんでしょうね。