いせおんどこいのねたば
伊勢音頭恋寝刃

【見どころ】
この芝居、全体のストーリーとしては御家騒動なんすけど、
殺し場のある「油屋」のくだりがいちばんのクライマックスでして、
そこだけ上演されることが多いでする。だから、やっぱ見どころは殺し場かなー。
妖刀の青江下坂があまりにも切れるので、主人公の福岡貢(みつぎ、と読む)が、
思わず殺人を重ねていく籠釣瓶みたい。でも籠釣瓶の方がこっちを真似たのかな)ってとこに、
いろんな演出の工夫がなされていて見ものでする。
でも、わっちゃぁ、そこに至るまでの仲居の万野意地悪ぶりが好きよ(笑)
この万野ってのはヒロインでもないのに立女形が演じたりする役なんでさーね。
つまり難しい役ってことかいな、と・・・。
あとは、貢の恋人のお紺の同僚のお鹿さんの女の意地の張りあいもおもしろい。
わっちゃぁ、ブスという設定だけにお鹿さんに肩入れするけどね(笑)
んで、主人公の福岡貢は辛抱立役でもってピントコナっていう妙な名で呼ばれる役柄。
和事師の中でもキリリとした強い面を持つ役なんだって。ふーん・・・。
ちょっとカタイ印象があるのは、そのせいか???(←いまいち把握できていない。苦笑)
もっとも、この芝居は上方系と江戸系とで演出や役のニュアンスが異なるみたいだから、
両方を何度か見比べてみないとハッキリしたこたぁ言えないんですが、
どうも江戸系の方が全般的にスッキリした演出みたい(貢もスッキリした二枚目だし)
両者ともに同じなのは、この芝居が夏芝居だってこと。
なんでも明治のはじめ頃までは、これって五月狂言に決まってたらしいんですな。
貢をはじめ登場人物はみな夏衣装だし、扇や団扇などの小物も夏らしく涼しげでする〜。
あと、「油屋」の前段にあたる「伊勢二見浦」の場が上演されたら、
だんまりの立ち回りがあったのち、鶏の声とともにチョンと黒幕が落とされて、
有名な夫婦岩の向こうに朝日が昇る、ってな場面も見ものでござんすよぉ。

【あらすじ】
上演されることの多い「油屋」のくだりを中心に説明しますが、
いちおー御家騒動だったりするんで、その辺も少しだけ。

阿波の国の当主の叔父にあたる蜂須賀大学ってのが御家横領を企んでいたのね。
で、殿の信望厚い家老の今田九郎右衛門を失脚させようとして、
名刀青江下坂紛失の罪を、今田の息子の万次郎になすりつけるのさー。
なくなった名刀を探す万次郎は、かって自分とこの家来だった男の息子で、
今は伊勢神宮の下級神官を勤めている福岡貢に助力を頼むわけ。

「古市油屋店先」
かつての主筋の頼みを引き受け、青江下坂の詮議に走り回っていた福岡貢は、
やっと所在を突き止め、名刀を取り戻すことができた。
これを一刻も早く手渡そうと、伊勢古市の遊廓「油屋」で万次郎を待つことに。
ところで、この店には、貢が馴染みにしている遊女お紺がいた。
貢は、お紺に会いたいと仲居の万野に言うのだが、
意地の悪い万野は「お紺はいない」と嘘をついて会わせようとしない。
というのも、徳島城下の商人藍玉屋北六(じつは阿波の悪臣徳島岩次がお紺に執心で、
仲を取り持とうとする万野にとっては貢は邪魔な存在なのだ。
しかし万次郎を待つために、帰るわけにもいかない貢は、
「代わりの遊女を呼べ」とうるさい万野の言うなりに代わり妓を呼ぶことにする。
さて、廓に上がり込むなら刀を預けるのが習い。大事な刀は
料理人の喜助(貢の父親に奉公した縁がある)が預かってくれることになった。
ところが、北六になりすました岩次が、その刀の中身を自分の刀とすり替えてしまう。
が、それを見ていた喜助は気転をきかして、ただのなまくらにすり替えておく。
そうとも知らぬ貢の前に、代わり妓としてあらわれたのは不器量なお鹿
以前から貢に惚れ込んでいたお鹿は「手紙のやりとりもして金も用立てているのにぃ、
つれない」と泣きつくのだが、さっぱし身に覚えがない貢は困惑する。
間の悪いことに、そこへ、お紺が北六たちと入ってくる。すべては万野のしわざ
お鹿にあてた貢の手紙というのも真っ赤な偽物。が、万野はあくまでもシラを切り、
北六たちも貢をののしる。そのうえ、お紺までもが貢に愛想づかしをする!
さすがに辛抱たまらん貢は、喜助から刀を受け取るや、荒々しくこの場を出ていく。
後に残ったお紺は、北六を安心させて、青江下坂の折紙を手に入れた
愛想づかしは、惚れた貢のために役に立ちたい女心から出た演技だったのだ・・・。
だが、残った下坂の鞘に収まった刀がなまくらだと知った万野が、
「刀を取り替えて来い」と喜助に命じる。駆け出していった喜助を見て、
ちぃ、しまった!やつは貢の家来筋だった!と気づいた万野は、あわてて後を追う。
しかし、入れ違いに、刀を間違えたと思い込んだ貢が引き返してきた。
戻ってきた万野と出くわし争ううち、刀の鞘が割れて、貢は万野を斬ってしまう
驚く貢だったが、何かに憑かれたように、北六たちも次々と斬り捨てていく。

この後は「奥庭」の場になりまする。
貢の姿を見つけたお紺は、北六から手に入れた青江下坂折紙を渡す。
その働きに感謝する貢だったが、肝心の中身をすり替えられてしまったうえに、
大勢の人を殺してしまったからには申し訳がない、と腹を斬ろうとする。
が、そこに喜助が駆けつけて、手にしている刀こそが本物と知る。
貢は後を喜助に託すと、伊勢音頭の聞こえる中、大事な二品もって国元へと急ぐ。
(あんれ〜〜〜、これでメデタシメデタシなわけぇ? 人殺しの罪はどうなる?! 苦笑)

【うんちく】
寛政八年(1796年)、大坂で初演。だから、もともとは上方の芝居ですな。
近松徳二作の世話物で、四幕七場だったらしい。
で、この芝居、初演のわずか二ヶ月前に、伊勢古市の遊廓「油屋」で
医師の孫福斎宮とかゆー人が仲居のおまんをはじめ数人を殺傷したという
実際に起こった殺人事件を脚色したものなんだそうです。
ドラマ仕立てのワイドショーのり、か?!(笑)
ところで、人形浄瑠璃にも同じ「伊勢音頭恋寝刃」という演目があるらしいんですが、
その初演は天保九年(1838年)っつーから、なんと歌舞伎が元なんですねー。
歌舞伎が原作で人形浄瑠璃に移植されたのって珍しいんじゃ?
なお、人形浄瑠璃でも現在上演されるのは「油屋」のとこだけみたいでする。