だんのうらかぶとぐんき
壇浦兜軍記
【別の名前】
あこや
現在上演される段の俗称が 阿古屋
【見どころ】
「阿古屋琴責」と俗に呼ばれるからには、阿古屋を演じる女形が
琴、三味線、胡弓の3つの楽器を舞台で実際に演奏するところが
見どころ(聞きどころ、か?)のいのいちなんでしょうなぁ。
主役の阿古屋は出端からして、よござんす。
伊達兵庫のかつらにキラキラ飾りも目にまぶしい阿古屋が、
派手な裲襠(うちかけ)姿で、前後を捕手に挟まれながら登場するとこから、
何ごとかが待ち受けてる感じがして、わくわくします。
芝居の眼目である琴責めのとこになったら、
もう舞台上の重忠と同じく耳と目を澄ませているだけですな。
でぇ、こっからが、わっちがおすすめのいのいち。
この作品はえらい古いんですよ。だからなのかも知らんのですが、
いかにも人形浄瑠璃から移された作品ですよ的まんまな演出が目につきまする。
赤っ面の岩永は、なぁんと、後ろに黒衣をふたり従えての人形振り。
(このときの黒衣は姿が見えててもいいわけで、そうゆー意味じゃひとつの役でもあるな)
眉毛まで人形みたいに動くざんす!(これにゃぁ笑った)
あと、でぇれぇビックラこいちゃったのが竹田奴とか言われる端役の衆。
文楽での端役の人形をマネているらしいんだが、
これが、あ〜た、ちびまるこちゃんの落書きみたいな顔でもって
「ウキャキャキャキャキャ」と猿のような奇声を発しながら出てきたと思ったら、
美しい阿古屋を取り囲み、くねっくねっと妙なしぐさで踊るのさ。
奇妙きてれつ摩訶不思議。これをシュールと言わずして何と言う?!
しかし、いーのか、こんな対極とも言える
全く異なったイメージがひとつの舞台に同居して・・・。
う〜む。いってぇ何考えてたんだ、江戸の衆?
歌舞伎の奥深さを改めて認識させられた凄い芝居でやんすよ。
【あらすじ】
頼朝を仇とつけ狙い姿を消した悪七兵衛景清の行方詮議のために
恋人の傾城阿古屋が問注所に引き立てられてきた。
詮議の指揮をとるのは、正義感にあふれ分別のある人物と評判の秩父庄司重忠。
しかし、補佐役として同席した岩永左衛門致連は底意地の悪い人物で、
自分の手で拷問にかけて吐かせてみせると意気込む。
そうは言われても、知らぬものは知らぬのだから答えようがない阿古屋。
理不尽な脅しを怖がっていたのでは苦界は勤められない、
いっそ殺してくれ、と身を投げ出す。
仕方がない、このうえは・・・と重忠が用意した拷問は、
なんと琴、三味線、胡弓の3つを順に弾くというもの。
よこしまな心で弾くと楽器の音色が狂うことを知っての詮議だったのだ。
その理由を知っていたとしても理解のできない岩永はあきれかえり、
また阿古屋も重忠の真意が計りかねて当惑するのだが、
言われたとおりに、琴、三味線、胡弓を弾いた。
その音色には微塵のかげりもなかった。かくして阿古屋の疑いは晴れる。
【うんちく】
享保十七年(1732年)、大坂で人形浄瑠璃で初演された月に、
早くも京都で歌舞伎として初演された。
源平の戦いを題材にした、文耕堂と長谷川千四の合作。
もともとは、滅ぼされた平家の仇を討とうと頼朝をつけ狙う
悪七兵衛景清を主人公とした五段ものの芝居らしいのだが、そのうちの
三段目にあたる部分だけが「阿古屋」として上演されている。
琴、三味線、胡弓の3種類の楽器を、
阿古屋として演技しながら上手に弾ける役者さんはそうそういないみたいで、
玉三郎さんが演じるまでは歌右衛門さんの独壇場だったみたい。
演じられる役者が極端に少ないということは、
上演される機会も少なくなるという予想が立てられまする。
めちゃ面白い芝居だから、もっと上演してほしいなぁ、と思いまふ。