第10話  −岸壁の母−



お四国の途中で出会った人たちの中から、印象に残っている人たちを何人か紹介してみようと思います。本日は、「岸壁の母」を歌う陽気な女性の登場です。

5月12日(土)、33番雪渓寺の門前の宿を出て、34番種間寺・35番清滝寺・36番青竜寺を巡拝しました。その日もよい天気で暑い五月の日差しが照り付けるなかを、約32キロ歩きました。

種間寺は、青果を栽培する温室やビニールハウスが多い高知県吾川郡春野町にあります。春野町には競馬場があり、プロ野球の球団が春のキャンプをしているので、地名をご存知の方も多いと思います。

清滝寺はちょっとした山の中腹、H=130mの所にあり、一汗かきながら登りました。ところが、なんとタクシーが境内まで乗りつけてくるのです。しかしこれが気になるようでは歩き遍路は出来ません。そんな光景を横目で見ながら、〈自分には関係ない〉と、平常心を保つのみです。

35番清滝寺から36番青竜寺へ向かう途中、塚地峠というのがあります。その入口で休憩を終えて出発しようとしているところに、その女性は歌をうたいながらやってきたのです。〈ヘンなばあさん〉と思いながら、言葉を交わすこともなく入れ替わりにそこをあとにしました。それから約二時間後、浦ノ内湾という入り江にかかる宇佐大橋という長い橋を渡り、海岸沿いの道を歩いていました。

道路に向かって歌をうたいながら、砂浜を歩いてくるのは「なんと先ほどのおばあさん」、と気が付いた途端、同時に向こうもわたしに気がつきました。
「一日に二度も会うなんてよほど縁があるねえ」てなことからそこで立ち話になりました。少し腰が曲がっているそのおばあさんは、じっと立っているのがつらいのか、話している間中、わたしの片腕につかまってなんともなれなれしいのです。
彼女は娘さんの車で、貝細工に使う貝殻や流木を集めにきたそうです。家に来てくれたら貝で作ったその人形を見せるからと言われて、翌日少し回り道をして須崎にある彼女の家を訪ねることになりました。陽気であけっぴろげな彼女はわたしを自分の部屋に案内して、作品を見せ、身の上話まで聞かせてくれました。その間、昨日一緒だった娘さんも傍でニコニコしながら自分の母親の話を聞いています。

彼女はご主人と料理屋をしていたそうです。ご主人が亡くなって店を止め、しばらくはパチンコ通いをしたが、思い立って貝細工でお大師さんをイメージした人形作りを始めたそうです。
既に何百という人形を作り、地元の老人会はじめ、そこら中に寄贈しているそうです。誰に教わるでもなく、全て自分で工夫しながら製作工程に改良を加えて、今の作品が出来るようになったと言います。
帰りがけには、その人形を数個いただきました。遍路途中だからと断りましたが、宅急便で送ればいいと、箱に詰めてくれました。我が家の玄関に飾ってあります。こういう時にデジカメがあれば、ここに画像を添えられるんですが・・・。
注)このメールを送信したときはまだデジカメを持っていませんでした。

80歳になるという彼女の毎日は、大声で歌をうたい、人形つくりに精を出すことだそうです。彼女の「人なつっこさ」と「陽気さ」と「気持の若さ」は、接する者まで陽気にし、元気を与えてくれます。わたしもまた元気をもらって遍路を続けました。

また遍路をすることがあれば必ず立ち寄ろうと思います。それまで元気でいてくれることを願っています。


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