15. 顔料による着色と堅牢度

繊維の着色に、 染料と同様広く使われているのが顔料です。  顔料も光の吸収により色を与えるところは、染料と同じですが、その使い方は染料と大きく違います。 この章では、その違いと、堅牢度面でのメリット、デメリットについて分かりやすく説明します。

顔料 の構造

顔料には大きく分けて無機顔料と有機顔料があります。無機顔料の代表的なものは、油脂の煤を利用したカーボンブラックで、私たちの生活の中で目にする黒色の多くに使われています。 あるいは、「フェルメールの青」として有名なウルトラマリーンは、 鉱石のラピスラズリを粉砕して顔料としたもので、 これも数万あると言われる無機顔料の一つです。合成して作り出される無機顔料には、*遷移元素または遷移金属と呼ばれる元素が使われます。 遷移元素には、それぞれ違った色を与える性質がありそれを組み合わせて使用する事により無限の色を持つ顔料が作り出されます。

これら無機顔料に対して、古くは植物や動物から採取し、そのまま、あるいは金属塩として使われたのが有機顔料です。 古いタイプの有機顔料には、日光堅牢度や耐候性が低いものも多く、 近代の有機化学の発展の中で、そうした弱点をカバーする様々な合成有機顔料が作り出されました。

  * 遷移元素: 周期表のくびれた部分、 いわゆる d−ブロックと f−ブロックの元素を指します。12族(亜鉛等)は通常は遷移元素に入れませんが遷移元素として扱っている本もあります。 原子の電子配置を組み立てるときは、エネルギーの低い方つまり内殻から電子を詰めていきますので、3d軌道が全部詰まってから、 4s軌道に電子を入れるのが普通の考え方ですが、 遷移元素ではそうはなっていません。遷移元素の電子配置は、例えば第4周期(遷移元素の中では最も原子番号の小さい一群)では、 3dn4s2(又はdn4s1)となっていて 3d軌道が全部埋まっていないのに、4s軌道に電子が入っています。次の列のYから始まる一群は4dn5sm、最後の一群は 5dn6smとなっています。つまり、 1つ内側のd軌道が全部埋まる前に外側のs軌道に電子が入っていきます。 これが遷移元素の特徴で、たとえば最初の1群では最外殻の子配置はほとんどの元素は4s2となっていて、 違いは内側の3d軌道の電子数に出てきます。こうして、最外殻の電子配置が似ている事で、 これらの元素としての性質が似てくる事になります。 遷移元素のこうした構造上の特質が、それぞれに特定の光だけを反射して違った色を与える要因になっています。

















     下に無機顔料、有機顔料の性質を列挙します。


無機顔料
旧有機顔料
高級有機顔料 
  色相
濁っているものも多い
通常鮮明
通常鮮明
  遮蔽性
高い
若干の透過性有り
若干の透過性有り
  濃度
低〜中
通常高い
通常高い
  日光堅牢度
高い (7-8級)
低〜中 (7級以下)
高い (7-8級)
  耐熱性
通常 500℃以上
150℃〜220℃
200℃〜300℃

  (200℃以下のものも有り)


  耐溶剤性
優れる
中〜良
良〜優
  耐薬品性
構造により様々
金属塩類を除き有り
優れる

繊維用途には、 無機有機にかかわらず、金属箔や畜光や感温性のあるものまで、様々なタイプの物がその用途に合わせて使われています。 従って、合成有機顔料の基本構造も様々で、 染料と同じようにアゾ基を持つものやアントラキノン骨格の顔料もあります。 また、直接染料や反応染料のフタロシアニンターキスの様にスルホン基を多くつけ水溶化した染料の母体となっている顔料もあります。 基本的に顔料は、数十万〜数百万の分子の集合体ですので、その分子の大きさも様々です。





顔料と染料の違いについてよく聞かれ ますが、 水に対する溶解度が根本的に異なります。無機顔料が水に溶けない事は想像できると思いますが、有機顔料の場合にも基本的には水に不要です。 また通常染料に比べてより強固な結晶体を作る事がますますその性質を高めます。 つまり、親水性の繊維にも疎水性の繊維にも応用できないと言う事になります。 その構造自体も、繊維に親和性を持ちやすい構造にはなっていません。

(油溶性顔料の一部には、高温で僅かに水に溶けるものがあります。例えば、ポリエステルに使用される CI Solvent Yellow 163 (旧 Miketon Polyester Yellow HLS) がこれに当たります。しかし、これは、日光堅牢度の高さにのみ焦点を当てた起用で、染色性は無視されています。 即ち、分散染料の章で取り上げたレベルの対水溶解度には及ぶべくもありません。)
顔料はまた、バット染料の様に還元・酸化を経て染色する事や、昇華性を利用して繊維に入れ込む事もできません。


顔料による繊維の着色 (合成有機顔料として)

合成有機顔料の製造工程は、 分散染料の製造工程とほぼ同じで、繊維への着色を目的とする場合、一般に分散状態での液状品として供給されます。 この時の顔料の大きさは 通常、ミクロンのサイズ まで粉砕・微粒化されています。 顔料の場合着色、工程で染料の様に可溶化・単分子化する事はありませんので、繊維へのカバー率で考えると、より多くの顔料が必要となります。

具体的に計算してみましょう。仮に、顔料の大きさを直径1ミクロンの球とします。これに対して、染料を直径 2nm の球とします。顔料は1個で、500nmx500nmx3.14 の面積をカバーします。従って、直径2nm (=半径1nm) の染料で同じ面積を覆うためには、25万個の染料が必要となります。 しかし、実際には、顔料は球体ですので、この面積比より更に500倍のファクターがかかってきます。つまり、単純に考えると1gr. の染料と同じ濃度を出すには、500gr.の顔料が必要と言う訳です。実際には、染料は顔料より透過性が高いため、そこまでの差はありませんが、 顔料で濃色を出せない理由の根本がここにあります。また、染料と比べて鮮明さに欠ける理由の一つもここにあります。

さて、繊維に対して親和性を持たない顔料でどの様にして繊維を着色するのでしょう。 熱可塑性を持つ合成繊維では、顔料を多く含んだマスターバッチを作っておき、濃度や色相に応じて、紡糸時に練り込む「原着」と言う方法があります。 染色工場では、そんな方法は採れませんので、顔料を繊維表面に樹脂で固定する方法をとります。 具体的には樹脂を溶かした水溶液の中に顔料を分散し、その中に繊維を浸け絞った後乾燥し、150℃〜160℃の熱で樹脂を固め顔料を固定します。 つまり連続染色と同じ方法で着色する訳です。別の方法として、捺染法やコーティング法もあります。 捺染法やコーティング法では、片面だけ着色したり両面別々の色で着色する事も可能です。



顔料ではこうした方法 で繊維を着色しますので、丁度ペンキで色を塗る様なものですから、対象となる繊維を選ぶ必要はありません。 違った種類の繊維を混紡・交織した生地にも一つの条件で同じ色に着色できます。 また。基質に少しぐらい色がついていても遮蔽効果でカバーしてくれます。
ただし、樹脂の硬化により色素を固定しますのでどうしても風合いは硬くなってしまいます。

顔料着色における堅牢度

単純に 言えば、 一つ一つが独立して存在する染料に対して、色分子の集合体である顔料は、一千万倍以上の大きさをしています。 (上の球形対照図参照)このため、染料と比較すると、酸化や還元による破壊作用に対して大きな耐性を持っています。 つまり、日光や塩素やガスに対して染料よりはるかに良好な堅牢度を有しています。

その一方で、顔料を固定している樹脂層が破壊されれば、他の繊維への汚染が始まります。 この破壊は、光や酸化物による経時劣化でも起こりますが、もっと直接的なものは摩擦による物理的な破壊です。 この摩擦堅牢度は、顔料が繊維表面に留まっている事で、より深刻なトラブルをもたらします。
また、樹脂層を溶かす溶媒がかかれば、フリーになる顔料が出てきます。  いずれにしても、フリーになった顔料は、元の繊維に対して親和性を持っていませんので、 そばに別の繊維があれば、容易に付着し汚染が起こります。
この汚染を物理的に100% 取る事は難しく、かといって化学処理で脱色することもできません。



<追補>
上で樹脂層の溶剤による破壊を上げましたが、有機顔料の中には溶剤に溶けやすい物もあります。そうした顔料を使用すると、 ドライクリーニングで色が褪せたり。配合使用で特定の色だけが抜け変色の原因になったりします。 総合的に、ドライクリーニングを前提とする高級品の企画では顔料を避けた方が無難です。

繊維用顔料の新展開

既に一 部説明しましたが、 繊維製品を、顔料を使用して樹脂着色した場合のメリット・デメリットを列挙します。

メリット
・長時間の高温炊き込み工程がなく、着色工程が単純。
・染色後のソーピングが不要。
・イオン性を持たないため他の助剤との相容性が良く、固着条件が合えば、着色と後加工を一度に行なう事が出来る。
・塩素、日光。汗日光などの堅牢度に気を使う必要がない。

デメリット
・風合いが硬くなる。
・濃度が出にくい。
・鮮明な色に欠ける。
・濃度を高くすると摩擦堅牢度が問題となる。
・洗濯堅牢度で添布汚染・液汚染が起こる。
・染色方法を選ぶ. - 連続染色に準じた設備が必要。
・染色機に汚染した汚れが取れにくい。
・幾つかの顔料の配合使用において、(乾燥時のマイグレーションが均一でないため)思う色が出にくい。 - 再現性が良くない。
・カーボンブラックを使うと、赤外線を吸収し熱を持つ。

こうしたデメリットを解決するため、新世代の繊維着色用顔料が開発されています。その一つが樹脂一体型顔料です。 こうした樹脂一体型顔料では、一体となった大きさのまま、糸や織物構造の深部に入って行かなければなりませんので、 全体を小さく保つため、芯となる顔料を数百nmのオーダーまで小さくしています。 この細粒化に付随するメリットとして、幾分かの色の鮮明性がもたらされます。
この樹脂一体型顔料は、それぞれが繊維と固着し、繊維全体を樹脂で固める訳ではありませんので、風合いの硬化を和らげます。 また、摩擦堅牢度や洗濯堅牢度も向上します。

顔料着色でのもう一つの取り組みは、カチオン性の樹脂と顔料を一体で分散し、吸尽法で繊維に乗せる方法です。 この場合樹脂として紫外線硬化型のポリマーと光触媒を含有させれば、製品染めやニット染めにも応用可能となります。 また、カチオン性が与える大きな繊維親和力のため、乾燥段階での顔料の大きなマイグレーションも生じず、 複数の品目を配合して使用しても良好な色再現が得られます。同じく、この繊維親和力の大きさは、 (過度に使用しない限り)顔料の完全吸着を可能にし排水中の色素成分を大幅に減らす事に役立ちます。

前者の樹脂一体型顔料は、松井色素(株)からダイストーンとして、後者のカチオン性顔料分散体は、山陽色素(株)から Emacol CT Color としてそれぞれ販売されています。インクジェットの分野にもハンツマンなどから樹脂一体型の顔料が上市されています。 (当然ながらこうした新世代の顔料を使用したからと言って濃度が上がると言う事はありません。)

<補足>
紡糸する前の樹脂に高濃度の顔料を加えマスターバッチを作り、未着色の樹脂と希釈混合し紡糸する原料着色(ゲルダイイング)と呼ばれる着色法があり、 難染性の繊維や同一色で大量生産する繊維に適用される。特に、熔融紡糸の場合には、耐熱性・耐昇華性のある顔料が有効である。 顔料のこうした使用においては紡糸時の口金ノズルの詰まりや延伸時の糸切れを防ぐため高度な微粒化が必要となる。

特殊顔料と特殊色素

最後に、 染料では対応できない分野のための顔料や、 新分野へ向けた特殊効果色素としての染料について説明します。

特殊顔料

1. 金属箔
・金箔・・・ポリエステルフィルムに離型剤を塗布し、アルミニウムを真空蒸着、更に赤黄色の着色コーティングを施し、 保護膜をコーティングしたもの。
・銀箔・・・金箔の着色コーティングを省いたもの。
・多色箔・・ポリエステルフィルムに離型剤を塗布した後、着色コーテイングを行ないその後にアルミニウムを蒸着させ、 保護コーティングで仕上げる。布帛への転写は、先に熱軟化型樹脂を乗せておき、金属箔を重ね加熱転写する。条件は、160〜210℃で数秒。

2.金属粉
・金粉・・真鍮の粉末  青色系金粉・・銅75%・亜鉛25%の合金の粉末    赤色系金粉・・銅90%・亜鉛10%の合金の粉末。
・銀粉・・高純度アルミニウムの粉末。

3.グリッター
金属箔を細かく裁断したもの。ウレタン、アクリル系などのバインダー、 架橋剤・触媒・防さび剤(例:ベンゾトリアゾール)などと共に捺染し熱固着を行なう。


4.パール顔料
   白色パールは、雲母にニ酸化チタンをコーテイング、金色パールは白色パールを更に酸化鉄でコーティングし作る。
   ニ酸化チタンのコーティング層の厚いものは虹色効果を持っている。

5.蛍光顔料
・低分子ポリマーをローダミンなど蛍光性塩基染料で着色した後微細粉砕したもの。 紫外光を吸収し可視蛍光として発色する。
   アルカリで変色したり、染料で汚染する事があるので注意する。

6.畜光顔料
   硫化亜鉛化合物を主成分とする。他に、アルミン酸ストロンチウム、硫化カルシウムストロンチウムなどがあり、 賦活剤として、銅、ビスマス、ユウロビウム、シスプロシウムなどが加えられている。紫外線を吸収し励起状態となった後、可視光としてエネルギーを放出基底 状態に戻る。

7.再帰性反射剤
   微細ガラスもしくはジルコニアの真球ビーズで、光を元来た方向に反射させる。

8.蓄熱顔料
   遠赤外線を吸収、及び再放射しやすい物質を、 繊維の外部にコーティングすると元の繊維よりもより広い波長範囲の遠赤外線に対して吸収・再放射特性を示す。 カーボンブラック、酸化ジルコニウム系セラミック、 アルミナ系セラミックなどが使われている。
(練り込みで繊維そのものに蓄熱性を持たせる場合には、酸化錫アンチモンや炭化ジルコニウム、カーボンブラック などが使われている。カーボンブラックや炭化ジルコニウムは蓄熱性は大きいが、着色があるため淡色や鮮明色の染色には向かない。)

特殊色素
           
1.感熱色素
    マイクロカプセルとして供給される。電子供与性を有するカラーフォーマー及び電子受容性の顕色剤 (フェノール系酸性物質)及び減感剤(アルコール等)の三要素で構成され、 減感剤の温度による溶解度差で色相が可逆的に変化する。
    その他、酸化エチレン基を含むポリエーテル化合物、酸化エチレン基を含む湿潤剤の構成など様々な方法がある。
 (水銀と銀や銅の錯塩を利用して、温度による結晶転移による色の変化を利用する方法もあるが、 水銀の毒性と色を選べない不自由があり現実的ではない。)


2.感光色素
    感光色素として最もよく知られているのは、スピロピラン系化合物。 紫外線を吸収・蓄積すると構造変化を起こし、可視光線下で紫色、暗所で褐色となる。
スピロピランより光耐性が大きい感光色素としては、スピロオキサジンがある。

3.感湿色素
   塩化コバルト/顔料/アクリル系バインダーで構成。塩化コバルトの結晶水含有量で色が変化する。
   塩化コバルト(無水塩)「無色」 → 青色 → →  → (6水塩)赤紫色。

4.液晶インク
    液晶を構成する分子が不斉炭素を持ち、対掌性を有する場合に液晶の分子軸の配向方向が空間で連続的に変化し、その結果として螺旋構造が出じる。 螺旋の周期は分子種により異なるが、周期に対応した光を反射する性質があるので、螺旋周期が可視光の波長程度となると呈色する。
    この螺旋周期が温度によって変化する液晶を顔料と配合しマイクロカプセルとして使用するとわずかな温度変化でも色が変化する。

5.二色性
    液晶の技術とも関連するが、物理的に平面性が高くπ電子系の直線性の高い染料を、螺旋構造を持つPVA フィルムに入れ込み延伸すると、螺旋構造を維持したまま伸びるPVAに合わせ染料分子も延伸方向に並んで来る。こうした長い平板状の染料では、 長軸方向と短軸方向で光の吸収性が違う事から延伸後のフィルムに一定方向の光を透しやすい偏光性が出て来る。 この様に光の透過性が、入射光の偏光振動面により違ってくる現象を二色性 (=dichroism) と呼ぶ。
 
 こうした分野で使われる染料の幾つかを CI ナンバーで上げると共に、代表的な骨格及び染料構造を示す。


CI Direct
Yellow
12, 28, 29, 44, 50, 142

CI Direct Orange
6, 26, 39, 72, 107

CI Direct
Red
2,8, 31, 39, 79, 81, 83, 89, 247

CI Direct Violet
48

CI Direct Blue
1, 67, 71, 78, 90, 168, 193, 202, 237

CI Direct Green
51, 59, 63, 80, 85

CI Direct Brown
19, 106, 223

CI Direct Black
17, 19

CI Acid Yellow
121

CI Acid
Orange
122, 149

CI Acid Red
8, 37, 138

CI Acid Blue
138

CI Acid Green
12, 76


  ・芳香加工
   香料をマイクロカプセルに封入したもので、 加工後、摩擦によりカプセルが破壊されたり、細孔を持つカプセル膜を使うことにより芳香を徐々に発散させる。 バインダーとして強度と柔らかさが同時に必要なため通常シリコン系のバインダーが使われる。