7月15日  腹痛に耐えながら死海に浮く! 今日の一枚を見る

 昨日は久しぶりに酒を飲んでちょっと遅くまで色々と話をしたが、朝は自然に目が覚めた。時間は6時40分。
 ちょっとのどが痛いのはほこりっぽい街だからだろう。これは中東全域にいえることかもしれない。
 約束の7時にロビーへ行くと既にナカヤマさんがスタンバっていた。
 早速サミールに教えてもらった通り、キング・フセイン・モスクの方向にあるバス停に向かう。そこから小さなターミナルへ行き、そして死海方面行きのバスに乗り換えるのがルートの第一歩。
 バス停らしき場所で、やって来たバスにサミールメモを見せて無事乗車、1人0.15JDでターミナル(警察署前)に到着、死海方面行きバスの出発を待つ。その間チャイを飲んだりして過すが、どうやら軽くお腹が急降下らしい。昨日はしゃぎすぎたかな。

 バスが走り出す前から結構やばい感じがしていたが、途中ついに限界に達し、停車場で乗客が降りたのをさらに延長してバスを止めてもらいトイレに走りこむ。近くに売店があったからよかったものの、もしなかったらと思うとそれだけで冷や汗が出てくる。
 ナカヤマさんに「顔色悪いよ」と言われながらもバスは快調に死海へ向かう。

見えた死海  写真(左)は走るクルマから見えた死海です。かすかに見える向こう側はあのイスラエル。

 サミールの指示通り、死海方面行きバスに乗り途中で降りる。降りる場所はサミールがアラビア語でメモしてくれている。根性のひん曲がったドライバーに当たらない限り何の心配もいらないはずだ。

 「ひん曲がっていない」ドライバーに言われて降りた場所は大きな交差点で、角に2件はす向かいで売店がある。そこで冷たい飲み物を飲みながら、話しかけてくる現地の人に「でっどしー」とか「やぱん」などと応えながらまた待つ。
 そしてその「でっどしー」へ向かうバスに乗り、アンマンビーチという国営の死海リゾート遊泳場まで移動。とここまでは完全に公的機関でルートをトレース。ここからヒッチハイクで、無料で泳げてしかも近くに温泉まであるザッカマインというところまで行くのが今日の本来の予定。
 アンマンビーチの前でヒッチハイクを慣行。2台パスされた3台目、大きなトラックが来て乗せてもらう。交通量はほとんどないのだが、無視される率が低いので基本的にはすぐ見つかるようだ。ぼくらは始めてから10分かからなかった。

 この辺りだという場所でトラックを降ろされたが、海岸を見ると誰も泳いでいない。近くでは道路工事をやっている。
 しかしレストハウスらしき建物もあるので、とりあえず海岸まで降りて入ってみることにする。ちなみにトラックのにーちゃんにはチップを要求されたので1JD払った。実際はもっとくれという感じだったが局地的な日本語で「あほかおまえ」と言えば直ぐにトラックを走らせて去っていった。

死海1 死海2+ぼく
 写真(上)は死海の様子です。ヨルダンの人はこんなところで泳いだりしないので誰もいない。水着姿のナカヤマさんを道路工事しながらチラチラ見る現地の人がいるが、これに関しては流石に気が引けた。
 禁欲を旨とする宗教の国、欲を煽ることはしちゃいかん。それはナカヤマさんもわかっているらしく、ビキニを持ってくるつもりだったのをワンピースにしたということだそうだ(ぼくはそういう問題じゃないと思うけど)。
 そして写真(右上)で無様な裸体をさらけ出しているのが元水泳部のぼく。本当に申し訳無い。。。
 写真をみてもわかるように、かなり浮いている。足が浮くので平泳ぎができない。さらに顔をつけることも中々難しい。つけてみると痛くて痛くてたまらんらしいので勇気が無かったが・・・

 軽く口に入れてみると塩辛いというより苦い感じ。あちらこちらから温泉が流れ出しているということで、あったかくてまさに死海温泉ともいうべき場所もあったし、危険なことに熱すぎる場所もあった。さらに日差しが強烈で頭と肩からジリジリと音が聞こえてきそうなほど。

 1時間ほど浮いて(泳いでではない)温泉に塩を流しに行き、レストハウスでぬるいペプシを飲む。冷たいのが無いのが痛いが、それでも癒しを感じるくらい暑い。
 最初はサンセットを死海で見て帰る予定だったが、浮く以外に何もすることが無いし、浮いてるだけでは時間を潰せそうにないし、なにしろヒッチハイクなので帰れる可能性があるうちに戻ろうということで意見が一致した。実際はサンセットに未練があるナカヤマさんが吹っ切れるのをぼくが待っていたという状態だったが。

 帰りにヒッチしたのはバンで、彼らにもチップを要求され1JD支払う。サミールは無料だと言っていたし、何人もタダで行けたと聞いていたが現実はこんな感じだ。だた、隠そうとしても隠しきれない高貴なオーラがぼくの体から出ていたのかもしれない。うん、多分そうだろう。
 さて(笑)、バンでアンマンビーチを素通りして最初に降りた大きな交差点まで戻ってくることができた。
 朝と同じように冷たい飲み物(このときはコーラだったと記憶してます)を飲んでアンマン行きバスに乗り、3時ごろ宿に戻ってきた。疲れはほとんど暑さからくるものでエアコンの冷風は本当にありがたいと感じる。

正直屋  写真(右)が「正直屋」です。ヤオ君やナカヤマさん、ぼくと同席した日本人はみんなこの店に「正直」を求めて買い物に行く。店はコンビニみたいなものだが、ぼくを初めヤオ君などは特にそうで、ここ以外ではほとんどモノを買わなかった。

マンゴージュース  写真(左)がヨルダン滞在中に毎日お世話になったマンゴージュースです。トロトロでめちゃくちゃ濃い飲み口だが、水をセットにして飲むと正に生き返る心地。他にも何種類かフルーツがあったが、マンゴーが最高に美味かった。台湾といいアラブといいマンゴーが美味い土地を旅できたことは自分にとってかなりラッキーなことと思う。

 本日の晩飯はサミールが作ってくれるというので、何人かの宿に宿泊しているみんなで一緒に食べる。この男が本当にすごいと思わせるのは、その食事もすべて自費で作り全員に振る舞い、そして後片付けから何から何まで全て自分でやろうとするとこだ。
 ぼくがアリガトウのつもりで洗い物をしようとすると、たたたっとやってきて「おーけーおーけーのーぷろぶれむ」「あいらいくわっしん[I like Washing]」と言って手伝いさえさせてくれない。ありがとうと言えばかならず笑顔で「どーいたしまして」と答える。
 こんなアラブ人みたことない、いやこんな外人みたことない、いやいや日本人でももはや絶滅したのではないかとさえ思う。
 故にぼくは彼のことをスーパーアラブ人サミールと尊敬の念を込めてそう呼ぶ。

 夕食が終わり、ナカヤマさんがお土産を買いに[SAFEWAY]というアンマンで一番大きなスーパーに行きたいというので、ぼくもついて行く事になった。例によって行き方はサミールにお任せ。
 タクシーで交渉1.5JD、ぼくもついでに死海グッズを1つお土産で買うが、ナカヤマさんはかなりの買い物をしていた。
 戻って(タクシーメータで1.1JDだった)から昨日に引き続いて小さな宴会を始める。サミールらはムスリムなので酒は飲めないがこういうときは遠慮してはいけない。向こうもわかっている。
 誰彼が持ち寄った品で楽しい盛り上がり。ドンちゃん騒ぎはぼくが嫌いなので節度を持った宴会だったと思う。
 途中ビールが足りなくて買い足しにも行ったりしてそれなりに酔い、中々いい時間になったのでそれぞれ眠りにつく・・・いい夜だった。

 ヨルダン ヨルダン/アンマン クリフホステル 2004年7月14,15,16日泊
クリフホステル クリフホステル
宿泊料3泊で9ヨルダンディナール、バス・トイレ共同、ファン付
バックパッカーでアンマンに宿を取る際に、誰もが必ずここを選択肢の一つとするであろう有名ホステル。イラクで拉致されたあの3人がバグダッドへ向けて出発した宿(3人ともが宿泊していたわけではない)として日本のTVでも何度も登場した。
それよりもどうして人気宿なのかという明確な理由がある。それはここの従業員であるサミールの人柄の良さに負うところが多い。彼と接した人間(日本人は特に好きらしい)は彼の人柄に感動し、そしてリピーターとしてこのホステルではなく彼に会いに戻ってくる。シェアルームで3ヨルダンディナールという相場的には普通の値段ではあるが、あのオーナーの態度を見ていると、このホステルがもっているのはひとえにサミールのお陰であると断言できる。
チェックアウト時にオーナーがいるとシャワー代1回0.5ヨルダンディナール余分に取られるが、サミールはそれをおまけしてタダにしてくれる。本当に最高の男です。気の利き方がアラブ人(パレスチナ難民の二世です)ではなく日本人なのです。最近増加の一方を辿るマナーの欠落した日本人と交換で彼を日本に移民させてやりたいと思う(詳しくは「サミールを救う会」まで)。

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