薄暗い森の中を、二つの人影が急ぎ足で進んでいく。
 あたりはまだ暗いが、東の空の端がうっすらと明るんでいた。もうすぐ夜明けだ。
 歩いているのは一人の少女と、そして二十代前半の男だった。

「思ったよりも森をぬけるのに時間がかかっちゃったね。もうすぐ日が昇っちゃう」

 少女――イリスは焦り気味にそう言った。日の出ていない今は、その紅い髪と瞳もくすんで見えた。

「……お前が道を間違えたのだろう」

 対するシアンの銀の髪と瞳は、薄暗い中でもその輝きを失っていない。

「仕方ないじゃない、仕事仲間にもらった地図が間違ってたんだから!……フォルクの奴、覚えてなさいよ」

 イリスはバツが悪そうに顔をしかめた。

「それよりもどうしよう。太陽が出て身動き取れなくなる前に、日の当たらないところに行かないと」

 イリスの後ろを歩くシアンは人間ではない。
 人の形をした魔物、吸血鬼だ。人とはかけはなれた力を持つ彼らは、日の光を浴びると灰になり滅びてしまう。
 そのためイリスは焦っていた。このままでは森を抜ける前に太陽が昇りきってしまう。いくら森の中で日が遮られるとは言っても、日の光を浴びてしまうことに違いはない。自分のミスのせいでシアンが灰になってしまうのは嫌だった。

「森を抜けるのは諦めよう。もっと奥のほうに行けばここよりはマシなはず……、ってどうしたの?」

 言いながら振り返ると、シアンは立ち止まって明後日の方向を見ていた。

「……人が住んでいるようだな」
「え?」

 シアンの視線の先をたどると、かすかに明かりのようなものが木々の間に見えた。

「本当だ。こんなところに家があるなんて」

 だが、悩んでいても仕方がない。
 イリスとシアンはその明かりに向かって進んでいった。






「なんだか思ってたよりも立派だね」

 もっと粗末な小屋のようなものを想像していたイリスは、煉瓦造りのその館を見上げながら言った。シアンからの返事はないが、もとよりそんなものは期待していない。
 館には門も庭もなく、いきなり表玄関がある。
 イリスは獅子をかたどったノッカーを数回打ち鳴らした。
 しばらくして、人の動く気配がした。

「……どちら様でしょうか」

 扉の内から姿を現したのは、茶色の髪をした二十代後半の青年だった。服装からこの館の使用人だとうかがえた。

「道に迷ってしまって、よろしければお邪魔させていただけないでしょうか」
「……それでしたら、もうすぐ夜も明けますし道をお教えします」
「あ、いえそれが、連れが肌が弱くてあまり日の光をあびることができないんです。本当に勝手なんですけれど、どこでもいいので入れてもらえないでしょうか」
「はぁ………」

 青年は訝しげにシアンを見ると、しぶしぶといった風に頷いた。

「それでは、主人に伺ってまいります。とりあえず中へどうぞ」

 イリスとシアンを玄関ホールに招き入れると、青年は屋敷の奥に消えていった。
 とりあえずも館に入れたことに、イリスは安堵の溜息をついた。

「なんとかなりそうでよかったね。あまり迷惑掛けるわけにもいかないから、日が沈んだらすぐに出発しなくちゃ」

 シアンはそれに答えずに、屋敷の奥をじっと睨んでいる。シアンの返事がないのはいつものことだが、いつもと様子が違う。

「シアン?どうしたの?」
「お前、何か気づかないか?」

 青年が去っていった方を睨みながら、シアンが言う。だが特に変わったものは見当たらず、イリスは首を傾げた。

「何かって?」
「……いや、いい」

 それきりシアンは黙り込んでしまった。

「それにしても、人が住んでるとは思えないね」

 イリスは思わずそう言った。
 本来なら磨かれているであろう床には分厚い埃がつもり、シャンデリアはまるで一度も火を灯されたことがないかのように輝きを失っている。おそらくは長い間換気をされていないのだろう。空気が淀んでいた。

「人の気配もしないし、もしかして使用人はさっきの人だけなのかな」

 黙りこんだままのシアンに、さすがに気まずくなったイリスは話しかける。だが、シアンはイリスの声など聞こえていないように聞き流し、さらに青年が戻ってくる足音が聞こえたのでイリスは話しかけることを諦めた。

「どうぞこちらへ。主人がお二人にお会いしたいと申しています」

 青年はそれだけ言うと、さっさと背を向けて歩き出した。






「主人のトリシア・メイスフィールド様です」

 案内された部屋は、玄関ホールや先ほど通ってきた廊下と違い、綺麗に整えられていた。暖かな木の家具を基調としたその部屋は、ほこり一つないほど掃除がされていた。だが、その窓には分厚いカーテンがかかり、玄関ホールと同じように換気されていないのか、空気がこもっていた。

「道に迷われたそうですね。何もない家ですが、どうぞごゆっくりなさってください」

 部屋の中央に置かれた天蓋つきのベッドの中から、この館の主である少女は言った。
 病気なのだろうか。異常なほどに肌が白い。そして、その肌以上に少女の腰まである神は真っ白だった。十七、八の外見とかけ離れた老婆のようなその髪から目が離せない。
 自分を見つめるイリスの視線を不思議に思ったのか、トリシアはイリスを見つめ返した。

「あ、ありがとうございます。私はイリス・ウィンスレットといいます。こっちはシアン・ヴォルフィーヌ」

 トリシアは微笑むことなく頷いた。

「お部屋にご案内します。こちらへ」

 青年の言葉に、ようやくイリスはトリシアから目をはずした。






「申し遅れました。私、この館の使用人のクレイグ・レストンと申します」

 トリシアの部屋から出た青年は、二人にそう言った。

「あの、失礼ですけれど、クレイグさん達はどうしてこんな所に?」
「……トリシアお嬢様をご覧になれば分かると思いますが、お嬢様はご病気です。その療養のため、人里離れたこの森に」

 療養ならばこんな森の奥などではなく、ほかにもっと適した場所がありそうだと思ったが、いきなり押しかけた上に好奇心で色々尋ねるのはさすがに失礼だと思い、イリスは口をつぐんだ。
 クレイグも、それ以上聞かれたくないのか答えた後は何もしゃべらなかった。

「こちらです。このような部屋で申し訳ありません。何分お客様をお迎えすることもありませんし手入れが行き届いておりませんので。お寝みならベッドの用意をいたします」
「すみません、お願いします」

 屋敷の端の、狭い二部屋に二人はそれぞれ通された。どうやら使用人の部屋らしいが、狭い割りに他の部屋と比べるとまだきれいだ。
 クレイグはベッドを整えると、さっさとそこから去っていった。

「ねえ、シアン?さっき言っていたのって結局なんだったの?」

 イリスはシアンの部屋の扉をあけると、部屋に入らず戸口からそう言った。

「何がだ」
「何か気づかないかって言ったじゃない」
「あぁ。……お前あの女をどう思う」
「あの女って、トリシアさん?別に、何も。あの髪はびっくりしたけれど」
「そうではない。普通の人間に見えたか?」
「……どういうこと?」

 シアンはイリスが本当に何も気づいていないのを感じて、諦めたのかイリスに背を向けた。

「ねえ、ちょっと」
「何もない。気づいていないのなら気にするな。もう寝る」

 話はおしまいだというシアンの様子に、イリスは仕方なく引き下がった。






 ハンターはいつ吸血鬼に襲われるとも知れない危険な職業だ。自然、眠っていてもまわりの気配には敏感になった。人が近づいてくれば目が覚めるし、眠るときはいつも銃を枕元に置いている。その上、シアンが言っていたことが気になり、イリスはいつもより警戒しながら眠りについた。
 だから、その叫び声にすぐに気づいた。

「ぇっ?」

 布団にも入らずベッドの上で壁に寄りかかるように眠っていたイリスは、突然聞こえてきた女の叫び声に瞬時に覚醒した。
 時々途切れるその叫び声は、館の中から聞こえてくる。

「トリシアさん……?」

 叫び声はどんどん大きくなっていく。何が起こったのかはわからないが、イリスはベッドから飛び降りると、様子を見に行くために部屋を飛び出した。
 シアンも起こそうかと考えたが、窓からオレンジ色の光が差し込んでいる。もう夕方のようだがまだ日が出ているため、シアンを起こすのはためらわれた。

「トリシアさん!?」

 トリシアの部屋の扉を開くと、凄まじい絶叫が部屋の中に溢れていた。
 トリシアはベッドの上で体をくの字に折り、頭を抱えながら何かに耐えるように叫んでいる。

「トリシアさん!!」

 予想以上の凄まじさにイリスは思わずトリシアに駆け寄った。

「トリシアさん!一体どうし……」

 イリスの手がトリシアに触れる前に止まった。
 頭を抱えているトリシアの白い指の爪が、異常なほどに伸びている。力を入れすぎたのか、爪が頭皮に食い込み白い髪が所々赤く汚れていた。更にはその指自体が、力に耐え切れずぱきぱきと音を立てて折れ、そのすぐ側から再生していっている。

「まさか……」

 イリスは咄嗟にトリシアから距離をとった。背中に、いつものぞわりとした感覚が蘇る。間違いない。

「吸血鬼……」

 トリシアが勢いよく顔を上げた。
 その目は正気を失いつつも爛々と輝き、大きく開かれた口からは鋭く尖った牙がのぞいている。
 獲物を定めたトリシアは、獣のような叫び声をあげながらベッドから飛び降りるとイリスに向かってきた。

「っ……!!」

 イリスは銃を抜いた。この至近距離なら外すことはない。照準をあわせるよりさきにトリガーを引こうとしたその腕は、突然後ろから捕まれた。

「なっ、何を!!」

 いつの間にやってきたのか、クレイグが後ろからイリスを羽交い絞めにした。銃はあらぬ方に向けられ、放たれた弾はトリシアに当たらずベッドの脇の壁に当たった。
 トリシアがイリスの首筋に噛み付こうとした瞬間、クレイグは自分の右腕をトリシアの口に押しこんだ。

「ク、クレイグさん!?腕が!!」
「大丈夫です。吸血鬼にはなりません」

 クレイグはイリスを拘束していた左腕を解いた。イリスは再びトリシアに銃を向けた。

「お止め下さい」

 だが、クレイグがそれを止めた。
 トリシアが牙を立てている腕からは、ぼとぼとと鮮血が滴り落ちている。

「すぐに、おさまります」

 苦痛に耐えながら静かにそう言ったクレイグに、イリスはトリガーを引くことができなかった。
 クレイグが言ったとおり、トリシアはクレイグの腕から口を離すとそのまま床に倒れこんだ。
 クレイグは倒れこんだトリシアの背と膝の後ろに手を回すと、そのまま抱き起こしてベッドに運んだ。
 ベッドに寝かされたトリシアは、閉じていた目を静かに開いた。そこにはイリスに襲いかかったときの面影などない。感じていたはずの吸血鬼の気配もなくなっている。

「クレイグ……ごめんなさい。また……」
「気にしないで下さい」

 開かれた口からは、牙も見えなかった。
 そんなトリシアの頭を、クレイグはなだめるようにゆっくりと優しくなでた。

「……どういうことか、お聞きしても?」

 銃をホルダーに戻さず右手に握ったまま、イリスは二人を見つめた。

「トリシアさんは、吸血鬼なんですか?」
「……いいえ」
「なら、どうして」
「恐らく、吸血鬼の血でも飲んだのだろう」

 戸口から、シアンが姿を現した。

「えぇ」

 クレイグは頷くと、疲れたのかベッドに座り込んだ。その手を、トリシアがぎゅっと握った。

「吸血鬼の血を飲んだって………」
「吸血鬼の血は毒性が強く摂取すればほとんどの人間は死に至る。が、稀にそこの女のように半端に吸血鬼かすることもある。お前が気づかなかったのも、この女が完全には吸血鬼化していなかったせいだろう」

 淡々とそう言うシアンに、イリスは安堵と共に苛立ちを覚えた。

「じゃあ、あなたそのこと知ってて黙ってたの!?」
「気づかなければそれに越したことはない。無闇に害を与えるのでなければ、放っておいても支障はないと思ったまでだ。関わるのも面倒だしな」
「あなたねえ……!!」

 それがどうしたと言わんばかりの態度に、イリスは思わずシアンを怒鳴りつけようとしたが、クレイグとトリシアが自分を見ていることに気づき、思いとどまった。

「でも、どうして吸血鬼の血を……?」

 イリスの問いに、クレイグはトリシアを見つめた。トリシアは静かに頷いた。

「お嬢様と、心中をするためです」

 とつとつと、クレイグは語り始めた。

「お嬢様はメイスフィールド男爵の一人娘。私は旦那様つきの従者でした。許されぬことですが私とお嬢様は互いに惹かれ合っていったのです。ほどなくそれが旦那様に知られ、私は屋敷を追い出され、お嬢様は結婚させられることになりました」

 昔を思い出すように、クレイグの目が細められる。

「心中を、最初に持ちかけたのは私でした。旅の商人から毒薬だと血を譲り受けたのです。それを持って屋敷に忍び込み、お嬢様と一緒に死のうと………」

 クレイグは祈るように手を組み合わせた。

「でも、できなかった……!先に飲んだのはお嬢様でした。血を口に含んだ瞬間にお嬢様は苦しみだして。金色だった髪も、一瞬で白く染まって。ただごとではないその様子に、私は思わず血の入った瓶を取り落としてしまったのです。……その後のことは、よく覚えていません。気がついたら旦那様をはじめ屋敷の人間は全て死んでいて。私は震えながら血で染まった屋敷の中でお嬢様を抱きしめていました。それから、逃げるようにこの打ち棄てられた館にやってきたのです」
「私は日の光を浴びることも、神様に祈ることもできなくなりました。時々さっきみたいに、発作のように血が欲しくなる……。クレイグは私だけに吸血鬼の血を飲ませたことを悔やんで、こうして私の世話をしてくれています。それでも、クレイグと二人きりでいられる今は、とても幸せなんです。だから、お願いします。さっきのことも私たちのことも見なかったことにしていただけませんか!」

 トリシアはイリスに哀願した。

「……ごめんなさい。それは、できません。私にもサントシエーヌ教会のハンターという立場があります」

 ハンターという単語に、トリシアとクレイグは肩を震わせた。

「………そう、ですか」
「ねえ、シアン。半端に吸血鬼化するってことは、吸血鬼ではなくてダンピールのようなものだと考えていいんだよね?」
「……あぁ」
「だったら教会に保護してもらえると思う。それに、教会は吸血鬼について研究をしているから、もしかしたら治療の方法が見つかるかもしれない」

 イリスは二人に向かって微笑んだ。

「安心してください。あなた達を引き離すつもりはありません」






「よぅ」

 男はイリスを見るなり短くそう言った。
 教会からトリシアとクレイグを引き取りに来たのは、三十代半ばに見える男だった。黒髪をオールバック風にまとめているが、所々髪が垂れ下がっていた。そしてよく言えば切れ長の、悪く言えば人相が悪く見える鋭い目を隠すように眼鏡をかけていた。

「フォルク!この間あんたにもらった地図!間違ってたわよ!!」

 イリスはイリスで男――フォルクマールを見るなり掴みかかった。

「そうか?そりゃあ悪かった。なんせ十年前のものだからな」
「そんなもの渡さないでよ!!」

 悪びれた様子のないフォルクマールに、イリスの怒りは募る。

「まぁ落ち着けよ。とりあえず、あの二人は教会に連れて行きゃいいんだな?」
「……ええ、そうよ」

 イリスはむっとしながらも、本題に戻った。
 トリシアとクレイグはすでに馬車に乗せられて、出発を待っている状態だ。

「私も一緒に行くわ」
「そいつは無理だぜ」
「え?」

 飄々としていたフォルクマールの顔に真剣な表情が浮かんだ。

「リヒテンダルク副司祭長から直々に特別命令だ。今回の件に絡んでいる吸血鬼の血を売った奴を突き止めろだそうだ」
「どうして、私がそんな重要任務を……。上からはあまり信用されていないのに」
「お前が当事者だからだろう。それに、お前から報告があったダンピールの件。あれにももしかしたらそいつが後ろにいるかもしれん」
「どういうこと?」
「ダンピールが吸血鬼化する事例は以前にも報告されている。だが、お前の報告にあったようにいきなり短時間で吸血鬼化したなんざ聞いたことがねえ。何らかの経緯でそのダンピールのガキが吸血鬼の血を摂取したとも考えられる」
「分かったわ。どっちにしろ命令には逆らえないしね」
「もう一つ。逆らえないものがあるぞ。監察部から呼び出しがかかってるぞ」
「は?」

 監察部という言葉にイリスは愕然とした。

「何それ」
「査問会だとよ。さっきちらっとみたお前の連れの優男、あれ吸血鬼だろ。吸血鬼を滅ぼすはずのハンターが吸血鬼と一緒に行動してちゃ、呼び出しがかかるに決まってるだろ。」
「……驚いた。さすがうちの監察部は優秀ね」
「どちらも重要だが、とりあえずは任務を優先しろとのことだ。任務の結果によっては、出頭取り消しもあるかもしれん」
「何がなんでも、血の元締めを捜し出せってことね。ほんと嫌な職場だわ」

 苛立たしげに眉を寄せるイリスに、フォルクマールは宥めるような視線を送った。

「あまり自分に不利になるような行動をとるな。お前が目的のために焦るのは分かるが、早まるなよ」
「………分かってる」

 フォルクマールの言葉に、イリスは力なく頷いた。
 そして、気合を入れるように首を振ると、先ほどとは打って変わった力強い表情をフォルクマールに向けた。

「じゃあ、あの二人のこと頼むね」
「おぅ」

 フォルクマールはそんなイリスになぜか複雑な表情を向けた。






「あの、私たちはサントシエーヌ教会に向かっているのですよね」
「………どうした」

 毛布にくるまれたトリシアを抱えながら、クレイグは向かいに座るフォルクマールに問いかけた。
 舗装されていないでこぼこの道を走る振動が、車輪を伝って直接三人に届く。それすらも体の弱いトリシアには辛いようだった。

「あ、いえ。教会は首都の中心にあると聞いていたのですが、さっきからやけに人気のない所を通っているなと思いまして」
「………そうか」

 フォルクマールはクレイグの問いには答えずに、走っている馬車の扉を開くと、前にいる御者に何かを話しかけた。
 馬車の速度がゆっくり落ちていく。

「あの……」
「休憩だ。そっちのお嬢さんも辛そうだしな。馬車を降りて外の空気を吸った方がいいだろう」

 有無を言わさないフォルクマールの口調に、クレイグは黙って頷いた。
 やがて馬車は人気のない小さな川のほとりで止まった。
 毛布にくるまったままのトリシアを、クレイグはゆっくりと草の上に降ろした。

「お嬢様、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫」

 白い顔を更に青白くさせたトリシアを、クレイグは心配そうに覗き込んだ。
 その二人の顔先に、銃が突きつけられた。
 あまりのことに声も出せず呆然としている二人に、フォルクマールは冷ややかに言った。

「悪いな。吸血鬼化した人間を生かしておくなと上の命令だ」
「私たちを殺すのですか!?そんな、イリスさんは治療の方法があるかもと!!」
「そんなもんねえよ」

 切々としたクレイグの訴えを、フォルクマールはばっさりと切り捨てた。

「イリスは何も知らねえんだ。教会も昔は結構あくどいことをやっててな。吸血鬼の血が人間にどんな影響を与えるか、人体実験をしてたことがあるんだ。一度吸血鬼化をはじめた人間は、最終的にはほぼ確実に完全な吸血鬼になっちまうんだよ」
「そんな……!!」

 トリシアとクレイグの目が、絶望と恐怖に彩られる。

「安心しろ。二人一緒に逝かせてやるよ」

 静かな夜に二発の銃声が鳴り響いた。