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ブツブツ!つぶやき

国宝の茶室を拝見

風炉になりましたね

茶道で胎教?

久しぶりのお稽古(千歳盆・炭点前)*4月

お茶の研究会に行って来た(行の行台子)〜「人に厳しい人」

実際にいろいろ見たことや、お稽古のことなど

 

 

 国宝の茶室を拝見 

天気もいいことだし、哲学の道をゆったりと歩いてみようと思い立って京都へ行きました。哲学の道の近くに銀閣寺があり、賑わっていたのでなにげなく立ち寄ったのですが、これがまさにラッキーでした。普段は公開していない「東求堂」が公開されていたんです。与謝蕪村の直筆の襖絵や、義政公の像だとか、教科書で見たことのある逸品がザクザクと展示されており、うはうはものでした。なかでも、堂内にある四畳半のお茶室「同仁斎」(国宝!)は、ある理由でとても印象に残りました。他の畳のお部屋の続きにあるような、薄暗い、しかし落ちついたたたずまいのお茶室でした。ところがところがっ。床の間のそばに、本当なら掛け軸をかける場所に一見何の変哲もない両開きのふすまが有ったんです。専属のガイドさんが、そのふすまを掛け軸ぐらいの幅にすすっとあけると、青々と茂る木々の緑と、紅い葉(何の木かは分からない)と、立派な松が、目に飛び込んできて、眩しいくらいでした。その窓から見える掛け軸の幅の景色は、茶室に正座した角度からが一番美しく映るようにすべて計算されつくしたものだそうで、松の剪定も窓からの見栄えを重視してバランスよくなされているそうです。なんという粋な計らいなんだろう! 芸術に通じていた義政公に思いを馳せた初夏の一日でした。 

同仁斎について………(ガイドブックより)草庵流茶室の原型といわれ、現存する最古の書院造として有名。義政公の東山文化のサロンというべき書斎兼茶室として利用されていた。茶湯の開祖、村田珠光と点茶を楽しむなど芸術三昧の晩年を送った。[top]

 風炉になりましたね  

5月に入り、炉から風炉に変わりました。(念のため説明しますと、「炉」というのは地べたに掘ってあって、火をかけて釜がおいてあるほうで、「風炉」は、畳の上に大きな器を置いて、そこに火をかけて釜をおくほうです)ああ夏が近いなあとしみじみ感じます。10月いっぱいまでは「風炉」でのお稽古になります。火をかける位置が、お客さん側からさらに遠ざかり、これが一番涼しさを演出しているというか、お客さんへの心遣いになるんですよね。また、「風炉」になると、薄茶点前の時にはふすまを開けてお稽古するし、主菓子も水ようかんなどの夏にぴったりのお菓子が多くなるので、やはり全体的に涼しげになります。さてさて「風炉」でのお点前といえば、なんといっても柄杓の扱い(置き、切り、引き)ですが、ここだけの話、自分に酔いそうになるぐらい、すごく好きなんです。特に、トンと柄杓の合を釜にかけて、スーッと引く「引き柄杓」。親指の動きとか、引くときの角度とか、まだまだ「まねごと」のような状態なんですが、ごくたまに「ちょっとワタシ決まったんちゃう?」とカンチガイする一瞬みたいなのがあって、そこで酔いそうになります。このカンチガイする一瞬がうれしくて楽しくてお稽古が続けられてるような気がするんです。(98/5/29)[top]

 茶道で胎教??

2ヶ月ほど茶道のお稽古をお休みしてしまいました。子供が出来たのです。せっかく7月に浴衣の着付けを習っていたのですが、自分で着付けをしてのお稽古デビューも先延ばしになってしまいました。次のチャンスは子育てのくぎりがついてから、になっちゃうんでしょうか。ううむ。大分先になりそう。そういう感じで8月・9月は「つわり」の時期と重なって、茶道のお稽古はお休みしてしまいました。秋になりだんだんと「お茶のお稽古がしたい〜、あの緊張感をもう一度・・!」と思うようになって、また10月になって再開したんです。久しぶりに先生のお宅を訪ねて、「またムズムズとお茶がしたくなって」というようなことを言うと、ズバリ「あなたはお茶にとりつかれています(・_・)」と真顔で言われてしまいました。確かにそうかもしれません(笑)。お稽古ではふくさを挟むために普通のベルトを借りて付けるのですが、少しふくれたお腹ではそのベルトでは対応しきれず、困り果てて、仕方なくポケットにふくさを入れてお点前をしようとしたんですよ。すると、なんと「妊婦さん用に準備してあるのよ」と言って、着物の着付けに使うヒモのようなものを貸してもらえました。ちょうど腰に当たるところがゴムになっていて、後ろでチョウチョ結びにして使うようです。ヒモの長さに余裕が大分あり、よし、しばらくは続けられるな!ととても嬉しかったです。私よりも以前に結構出産ぎりぎりまでお稽古する人がちょこちょこいたのだそうです。茶道のお稽古で背筋を伸ばして心静かにお点前をするのって、胎教にいいような気がします。ただ、お腹が重くなってくるにつれ、お道具を運ぶのに立ったり座ったりするときは「ドッコイショ!」と気合いを入れてバランス良く振る舞うのがちょっと大変かもしれませんね〜。(98/11/3)  [top]

 久しぶりのお稽古(千歳盆・炭点前)*4月

子供を実家に預けて久しぶりのお稽古です。去年の3月にたんぽぽが生まれて、10月と11月と2回お稽古を受けにいったものの、その後、時期的にたんぽぽの人見知りが本格的になったため、またしばらくお休みをいただいていたのです。で、ばたばたしていたりして、今月に再デビューです。多分月1回の割合でしばらくは続ける予定です。

千歳盆のほうは、嫁入り前に一式買っておいたので、ちょうどおさらいできてよかったです。師匠(せんせい)も、「お客さんがおうちにきたときに千歳盆でおもてなしすると、こっちが思っている以上に(お点前が手軽で簡単な割にということらしい)豪華に見えるし、喜ばれますよ」とのことでした。でも、あばれんぼう将軍のたんぽぽ(現在1才)がいる我が家では、茶道具を出すなんて、ちょっと今は考えられないなあ。もうちょっとものの大切さが分かってからでないと・・・。 千歳盆のナルシストポイント(自分で「カッコイイ」と思う所作。勝手に命名)は、やっぱ、ふたの開け閉めですかね?あと、点前の後に茶杓を清める時に、茶杓をにぎりこんだままふくさを取る瞬間とか。お茶碗の下に敷く小袱紗を右から左にしゃっと広げるときもいいですよね〜。

もうひとつは「炭点前」。来月から風炉になるから、その前に練習しておきましょうということで。風炉での炭点前は何度もやっていたのですが、炉では去年から始めたようです。去年の今頃は私は欠席していたので、これが初めて。どぎまぎしながら、とにかく師匠の言うように動くことで精一杯でした。ひやひや。炭は本物そっくりのプラスチックで、灰は実際にふりかけずに真似だけ。釜(電磁式)には水が入っていず、火もかかってないので、安全です。そのほか、羽ぼきや火箸は本物です。これが全部ほんまもんだったらどうだろうと思ったらおそろしいです。だって、炭なんかも火箸ではさむけど、つるっと手がすべって落っことしそうになるし、釜だってホントは重いし熱いんだろうな〜。着物で炭点前なんて考えられないですね〜。無傷では帰ってこれないんじゃないかって思うよ・・・。で、炭点前って、お客さんが「お先に」と声をかけあって、炉の前に手をついて、みんなでのぞき込むらしいよね〜。で、会話をしながらお点前を進めるらしい。じ〜っと見つめらるだけでも、緊張して間違えそうなのに、声をかけられたらますますアカンっ(想像)。ちなみにこの炭点前の「ナルシストポイント」は、羽ぼきで炉をしゃっしゃと清めるとこでしょうね。清める場所の順番が決まっていて、それがまた合理的にできてるんですよね。あとは、火鉢を上から取って持ちかえるとことか。灰器を運ぶときの腕の角度とかでしょうか。

なんか、子育てとかの日常の雑多なことを忘れますね。忘れたいわけじゃないけど、ああ、自分の時間を過ごしているっって実感します。できれば間違えないように、そしてなるべく流れるように動きたいと思っているうちに背筋が伸びて、集中している自分に気づきますねえ。これだからお茶はやめられないです。(00/4/24)[top]
 

お茶の研究会に行って来た(行の行台子)〜「人に厳しい人」

昨日はお茶の研究会に行ってきた。いつものお稽古とはまた別で、社中(生徒)のなかでも師範の免状を持つ者ばかりが集まって、オーバーに言うと奥義を教えていただきに行って来たのだ。この奥義はなかなか教えられる先生はいないとのことなので、とっておきのお点前であるらしい。

私は午後の部ということだったのだが、ちょっぴり早めに行くと、とっくに終わっているはずの午前の部のお稽古がまだ続いていた。せっかくだから"拝見"をしていたのだが、いつになくみんな真剣そのもの、先生の指導の声だけが響くという感じで、その緊張感がびんびんと伝わってきた。見ているとかなりややこしい、複雑なお点前だ。

しかしこの緊張感はなんなんだろう?と思っていたのだが、ひとつのことが分かった。時折、社中(生徒)のひとり(以下"指摘マン")が、相手が先生だろうと他の社中であろうと、間違ったら即「それはちがう!○○じゃないの」とまるで「してやったり」といった風に指摘するのだ。先生がお点前中の社中の間違いをやんわりと指摘してるときも「うんうん」と小さな声を出して満足げにうなずいている。

ああ、これだこれだ。その"指摘マン"は、初めて見る顔だったので、おそらく私や他の社中よりも日が浅いだろうと思う。もうちょっと控えめにしてればいいのに・・・と思っているうちに、その"指摘マン"がお点前をする番になった。さぞかし上手なのだろうと見ていると、これが意外にもボロボロと間違えている。しかも「それはちがう!」と言った箇所をしっかりと間違えていたのである。(あ!おい!)と思っていると、先輩の社中が、ざっくばらんな感じで「あら〜、そこはあなたが間違いをはっきりと指摘したところじゃないの(笑)」と言い、われわれも「そーだそーだ」ということで場が騒然となった。

ここでひとつ教訓。「人に厳しい人に、人は厳しい。」

追記:以上の文章は、別コーナーの日記としてアップしていました。これを読んだ方のなかに、指摘をした人に対して「はっきりとモノを言える姿勢は評価できる」と仰った方もいましたし、最後に出てくるざっくばらんに一言を言った先輩の社中はいかがなものか・・・といったような感想を持った方もいたりして、さらに考えさせられました。(00/7/22)[top]

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