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茶道に接するにあたって、自分で自分に言い聞かせてる言葉があります。(これは茶道での言葉ではないかもしれないけど)「形は心を求め、心は形を求める」。必ずしも全てのことがこの言葉に当てはまる訳ではありませんが、身近な例でいえば、お辞儀一つとっても、それはいえると思います。どんなに深く丁寧にお辞儀しても、気持ちがこもっていなければ意味がありませんし、逆にどんなに尊敬していても、極端な話アゴでくいっと礼をする方法しか知らなければそれはもったいないことですよね〜。おそらく相手に尊敬の気持ちは伝わらないと思います。だから、ひとつでも多くの作法を覚えてそれをさりげなくさらりとできたら、どんなにいいだろうと思います。[top]
茶事というのは亭主にとっても客にとっても、普段のお稽古の集大成である、いわば発表会のようなものなのです。大ざっぱにいえば懐石をいただいてお濃茶をいただくものです。亭主の方のおもてなしや心遣いを、それぞれの所作や立ち居振る舞い(一つ一つの動作に意味があるんです)に始まって、お軸やお道具からちゃんと感じとって、それに素直に喜ぶ…。一見簡単なように見えて、実はむずかしい。なぜなら、お客側にもそれ相応の知識や感性がないとそのことに気づくことができないからなんですよね。私も、亭主の心遣いが「ほう」と気が付ける知識と、それをさりげなく伝わったということを、最も洗練された方法で伝えることができる力量が欲しいです。それには勉強勉強、それといいお茶事にたくさん出席させて頂くこと、そして感性を磨くことでしょうか。[top]
私にとって茶道にたずさわってる時っていうのは、最高に緊張するひとときであり、同時に最高にリラックスしているひとときのように感じます。緊張とリラックスは全然逆のように見えて実は紙一重なんだなと、しみじみ感じます。習いたての頃は、緊張というよりは「あがってしまう」という心境だったのが、だんだんと、「緊張感」に変わり、やがて快感に変わってくるんですね。普段のお稽古よりもお茶事の時、それを実感します。(お茶事はお稽古してる先生のお宅でするどちらかといえばくだけたものしか経験したことがないので、えらそうなことは言えないのですが…。)お茶事での「お客さん」としての立ち居振る舞いや作法を「こうだっけ?」と思い出しながら実行している時っていうのは、いい意味で緊張している時なんだろうなって思います。それが、亭主や他のお客さんといい具合に呼応したりそれに対して反応があったりすると、むちゃくちゃうれしいです。ぴんと張りつめた空間のようでいて、実はみんなが通じ合ってるんだと思えた瞬間、ほんわかとリラックスした気分になります。茶道でいうところの「和」を実感しているひとときなのかもしれません。[top]